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五、真秀。 (まほら。すぐれて良い所。素晴らしい場所)
(ニ)
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「手荒なことをして申し訳ない」
夜。わたしにあてがわれた室に入ってきた男が言った。
男――忍海彦と名乗っただろうか。かつて、森で倒れていたのを助けた相手。
わたしと兄さまに、宝を捜しに森に入ったと説明した男。大君に命じられて、十年前に失った宝を捜しに来たと言っていた。なのに。
(ウソつき)
心のなかでなじる。
兄さまは、この男の言葉を信じて、代わりに宝を捜すと約束した。それがどんなものかも知らないまま、それでも懸命に翼を羽ばたかせ、広い森のなかを飛び回った。
それなのに軍を動かし、森を攻めた。
鳥人が、人の宝を奪ったと、またウソを重ねて。ウソの大義を掲げて、兄さまを矢で射た。
(だから、人は嫌われるのよ)
約定を守らない。約束を違える。平気でウソを重ねる。
鳥人にだって、いじわるな者はいた。わたしのことを快く思ってない者もいた。
けど、こんなヒドいウソを重ねたりしなかった。こんなヒドいやり方で傷つけたりしなかった。
「でも、父上がおっしゃったんだ。十年前、神宝とともに奪われた姫の話を」
(神宝とともに奪われた姫ですって?)
忍海彦のその言葉に、動かすつもりのなかった眉がピクリと動いた。
「キミも知ってるんだね。キミとそのご両親のことを」
うなずくつもりはなかった。なぜなら――
「そう。十年前、剣の巫女姫は、私の父上に剣を授けるはずだったんだ。巫女姫が預かっていた剣は、人の神宝。それを持つは大君の証。なのに、父の弟が奪った。巫女姫の、由須良姫の美しさに目がくらんだ叔父上が、父に逆心を抱いて剣と姫を奪って逃げた」
なんて大ウソ。なんてデタラメ。
「それから長い間、父上は姫と剣を探しておられた。姫と剣が戻れば、弟の罪を許すとまでおっしゃっていた。なのに、叔父上は姫を殺し、剣を隠し、キミを鳥人どもに下げ渡し、それから自らの命も絶った。どこまでも悪心に満ちた叔父上だったんだ」
ウソつき。ウソつき。ウソつき。
父さまはそんな人じゃない。母さまと父さまは、互いに助け合って、互いに想い合っていらした。母さまは奪われたんじゃないわ。母さまは、父さまに愛されて妹背になったのよ。
言いたいけれど、言ったことでどうせ否定されて、あの二人のこと悪しくののしられるだけ。だから口をつぐむ。こんなウソつきたちに、父さまと母さまの思い出を、わずかな記憶にしかないお二人のことを穢されたくない。
「でも、叔父上は一つだけ良いことをなさった。それは――」
伸びてきた忍海彦の手が、わたしの手を取る。
「キミという宝を残してくれたことだよ。由須良姫を奪ったことは悪いことだけど、でもその結果、キミが生まれた。キミを残してくれたことは、叔父上に感謝してもいいと思っている」
(やめて。触らないで)
苛立ちと怒りをこめて、その手をパンッと払いのける。触れられたくない。こんなウソつきになんか。触れられたくない。兄さまを矢で射た手でなんか。
怒りをこめて、にらみつけてやる。
「あの鳥人を射たのは悪かったと思ってる。でも後悔はしてないよ。こうやってキミを取り戻すことができたのだから」
手を払っても、にらみつけてやっても、忍海彦の信じる正義は揺るがない。
「キミもいつかわかると思うよ。人は人の里で暮らすことが正しいことだってことが」
そんなことない。そんなことない。
わたしがここにこうしているのは、兄さまを守るため。これ以上矢を射かけられないようにするため。
――ボクが守ってやる。
生死の境をさまような大ケガをしたのに、それでもわたしを守ると言ってくれた人。ヒドいケガなのに、それでも社を出たわたしを追いかけて来てくれた人。
あの人と、あの人のいる世界を守りたくて、わたしはここに来た。
だから、ここにいることが正しいことだなんて、絶対思わない。
「――忍海彦」
キイッと室の入り口、戸が開いた。
「母上……」
室に入ってきたのは年配の女性。まとった絹の衣は、砧でしっかり打たれ、光沢を放っている。首元を彩る勾玉、管玉。高く結った髪には金のかんざし。戸の向こうには、先ほどまで女性に付き従っていたであろう侍女たちが頭を垂れている。かなりの身分であることは、その出で立ちからも察することができた。
「いくらそれが正しいとはいえ、姫にご両親の悪い話を聞かせるのはいかがなものかと思うが、どうじゃ?」
「そ、それは……」
忍海彦が口をつぐむ。
「姫よ。我が子が、申し訳ないことをした。許してたもれ」
女性が頭を下げる。
「聞くに耐えぬ、悪がことばかりであったであろう」
再び顔を上げた女性。その顔は、こちらを哀れと思っているのか、眉根を寄せ、どこか苦しそうでもあった。
「じゃが、それはすべて真のことではない。すべて、大君が流した、悪しき流言、すべて偽りのことじゃ」
「なんですって!?」
わたしが驚くより早く、忍海彦が声を上げた。
「ウソではない。妾は大后として、誰よりも近くで、誰よりも深く大君と由須良姫のことを見ておった。だからこそ、すべてが大君のウソだと言えるのじゃよ。大君が、己を守るためについたウソじゃとな」
知らず、喉がゴクリと音を立てた。
夜。わたしにあてがわれた室に入ってきた男が言った。
男――忍海彦と名乗っただろうか。かつて、森で倒れていたのを助けた相手。
わたしと兄さまに、宝を捜しに森に入ったと説明した男。大君に命じられて、十年前に失った宝を捜しに来たと言っていた。なのに。
(ウソつき)
心のなかでなじる。
兄さまは、この男の言葉を信じて、代わりに宝を捜すと約束した。それがどんなものかも知らないまま、それでも懸命に翼を羽ばたかせ、広い森のなかを飛び回った。
それなのに軍を動かし、森を攻めた。
鳥人が、人の宝を奪ったと、またウソを重ねて。ウソの大義を掲げて、兄さまを矢で射た。
(だから、人は嫌われるのよ)
約定を守らない。約束を違える。平気でウソを重ねる。
鳥人にだって、いじわるな者はいた。わたしのことを快く思ってない者もいた。
けど、こんなヒドいウソを重ねたりしなかった。こんなヒドいやり方で傷つけたりしなかった。
「でも、父上がおっしゃったんだ。十年前、神宝とともに奪われた姫の話を」
(神宝とともに奪われた姫ですって?)
忍海彦のその言葉に、動かすつもりのなかった眉がピクリと動いた。
「キミも知ってるんだね。キミとそのご両親のことを」
うなずくつもりはなかった。なぜなら――
「そう。十年前、剣の巫女姫は、私の父上に剣を授けるはずだったんだ。巫女姫が預かっていた剣は、人の神宝。それを持つは大君の証。なのに、父の弟が奪った。巫女姫の、由須良姫の美しさに目がくらんだ叔父上が、父に逆心を抱いて剣と姫を奪って逃げた」
なんて大ウソ。なんてデタラメ。
「それから長い間、父上は姫と剣を探しておられた。姫と剣が戻れば、弟の罪を許すとまでおっしゃっていた。なのに、叔父上は姫を殺し、剣を隠し、キミを鳥人どもに下げ渡し、それから自らの命も絶った。どこまでも悪心に満ちた叔父上だったんだ」
ウソつき。ウソつき。ウソつき。
父さまはそんな人じゃない。母さまと父さまは、互いに助け合って、互いに想い合っていらした。母さまは奪われたんじゃないわ。母さまは、父さまに愛されて妹背になったのよ。
言いたいけれど、言ったことでどうせ否定されて、あの二人のこと悪しくののしられるだけ。だから口をつぐむ。こんなウソつきたちに、父さまと母さまの思い出を、わずかな記憶にしかないお二人のことを穢されたくない。
「でも、叔父上は一つだけ良いことをなさった。それは――」
伸びてきた忍海彦の手が、わたしの手を取る。
「キミという宝を残してくれたことだよ。由須良姫を奪ったことは悪いことだけど、でもその結果、キミが生まれた。キミを残してくれたことは、叔父上に感謝してもいいと思っている」
(やめて。触らないで)
苛立ちと怒りをこめて、その手をパンッと払いのける。触れられたくない。こんなウソつきになんか。触れられたくない。兄さまを矢で射た手でなんか。
怒りをこめて、にらみつけてやる。
「あの鳥人を射たのは悪かったと思ってる。でも後悔はしてないよ。こうやってキミを取り戻すことができたのだから」
手を払っても、にらみつけてやっても、忍海彦の信じる正義は揺るがない。
「キミもいつかわかると思うよ。人は人の里で暮らすことが正しいことだってことが」
そんなことない。そんなことない。
わたしがここにこうしているのは、兄さまを守るため。これ以上矢を射かけられないようにするため。
――ボクが守ってやる。
生死の境をさまような大ケガをしたのに、それでもわたしを守ると言ってくれた人。ヒドいケガなのに、それでも社を出たわたしを追いかけて来てくれた人。
あの人と、あの人のいる世界を守りたくて、わたしはここに来た。
だから、ここにいることが正しいことだなんて、絶対思わない。
「――忍海彦」
キイッと室の入り口、戸が開いた。
「母上……」
室に入ってきたのは年配の女性。まとった絹の衣は、砧でしっかり打たれ、光沢を放っている。首元を彩る勾玉、管玉。高く結った髪には金のかんざし。戸の向こうには、先ほどまで女性に付き従っていたであろう侍女たちが頭を垂れている。かなりの身分であることは、その出で立ちからも察することができた。
「いくらそれが正しいとはいえ、姫にご両親の悪い話を聞かせるのはいかがなものかと思うが、どうじゃ?」
「そ、それは……」
忍海彦が口をつぐむ。
「姫よ。我が子が、申し訳ないことをした。許してたもれ」
女性が頭を下げる。
「聞くに耐えぬ、悪がことばかりであったであろう」
再び顔を上げた女性。その顔は、こちらを哀れと思っているのか、眉根を寄せ、どこか苦しそうでもあった。
「じゃが、それはすべて真のことではない。すべて、大君が流した、悪しき流言、すべて偽りのことじゃ」
「なんですって!?」
わたしが驚くより早く、忍海彦が声を上げた。
「ウソではない。妾は大后として、誰よりも近くで、誰よりも深く大君と由須良姫のことを見ておった。だからこそ、すべてが大君のウソだと言えるのじゃよ。大君が、己を守るためについたウソじゃとな」
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