ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~

若松だんご

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五、真秀。 (まほら。すぐれて良い所。素晴らしい場所)

(三)

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 「由須良ゆすら姫が、剣の巫女だというのは本当じゃ。姫は斎宮いつきのみやで育った、特別な存在だったのだよ」

 忍海彦おしみひこの母親、大后おおきさきは淡々と話し始めた。

 「忍海彦おしみひこ、そなたは知っておろう。この大王家は、代々神宝かんだからの剣を得た者が大君おおきみの座に就くのだということを」

 「はい。だから、剣の姫は父に剣を授けようとしたところ、それを叔父上が奪ったと。叔父は謀反むほんを企て、剣と姫を父から奪い去ったのだと聞いております」

 「それは違う」

 大后おおきさきが、大きく息を吐き出し、息子の言葉を否定した。

 「由須良ゆすら姫は、たしかに、新たな剣の担い手を選んだ。しかしそれは、そなたの父ではなく、そこの沙那さな姫の父御ててご菟道彦うぢひこ王だったのだよ」

 「そんな……」

 忍海彦おしみひこが言葉を失った。

 「剣と巫女姫に選ばれた者が次の大君おおきみとなる。菟道彦うぢひこ王が選ばれたことに、最初に不満を漏らしたのは、長兄大利根彦おおとねひこ王じゃった」

 「大利根彦おおとねひこ王?」

 「今の大君の実の兄じゃ。大利根彦おおとねひこ王、大君、菟道彦うぢひこ王。先の大君は、三兄弟の末子、菟道彦うぢひこ王を、ことのほかかわいがっておられた。そのことも不満を焚きつける原因となったのであろう。大利根彦おおとねひこ王は、弟菟道彦うぢひこ王に弓引く、反逆者となったのじゃよ」

 父親からの愛情に差があれば、それは兄弟が争うキッカケとなる。それも、父親に一番愛された末子すえごが、自分より高い地位に就く、どこまでも恵まれた環境にいるとなれば、なおさらだ。

 「その反逆者となった大利根彦おおとねひこ王を倒したのが大君じゃよ。大君は、弟菟道彦うぢひこ王とその妻、由須良ゆすら姫のため、大王家を守るため、泣く泣く兄を討ち取ったと、病床にいた先の大君に報告した。そしてこうも申した。『弟はまだ若い。ゆえに、自分が身命を賭して彼を補佐していく』とな」

 自分がもたらした愛情の差で、兄弟が争うことになった。
 そのことを、亡き祖父はどう思ったのだろう。

 「じゃが、それはいつわり、虚言きょげんであったと、後にわかる」

 (え?)

 「先の大君が崩御ほうぎょされた後、夫は誓いをひるがえした。本来、剣の姫は自分を選んでいた。剣を授かるのは、自分だった。それを先の大君が末子かわいさに捻じ曲げ、父親の愛情に慢心まんしんしていた弟が、姫を略奪した、と」
 
 (なんですって?)

 「それじゃあ、私が聞いていたことは……」

 「そうじゃ。忍海彦おしみひこ、そなたが信じていたものは、すべてあの男のまいたウソ偽りの出来事じゃ」

 「そんな……」

 愕然がくぜんとする忍海彦おしみひこ。信じていたことが打ち砕かれ、言葉を失い、体が震える。

 「実の兄を殺したのは、己の野心を兄に気づかれていたためじゃ。殺された大利根彦おおとねひこ王は、そのことを父親に告げようとして、大君に殺されたのよ」

 「口封じ……ですか」

 「そうじゃ。大君は、自分のためならなんでもする。そういう残虐な男よ。そのことに気づいた菟道彦うぢひこ王は、幼い姫と妻、そして剣を持って逃げた。ここに留まっていたら、自分だけでなく、娘も殺されると感じたのであろうな」

 「なぜ姫まで……」

 「菟道彦うぢひこ王の娘じゃからじゃよ。敵の血は、相手が幼子であっても一滴たりとも残さない。大利根彦おおとねひこ王の家族も、そうして殺された」

 背筋が凍りつく。
 父の血を引く。それだけで、わたしは殺されるところだったのだろうか。
 森を出る時、一度だけ見た、あの冷たく近寄りがたい印象の実の伯父に。
 そんな身の危険を感じたから、父は母とともに逃げたのだろうか。母は、取り戻した剣の姫として、残っても生きながらえたかもしれない。けれど、母は父とともに逃げることを選んだ。
 それは、父を愛していたからではないのか。父とともにありたいと願ったから。父とともに、幼いわたしを守ることを決意したから。

 (父さま、母さま……)

 大后おおきさきが話すことが本当なら。それが本当なら、わたしは、なんて深い愛情に包まれていたのだろう。
 顔もあまり覚えてない、おぼろげな印象の両親に、胸が熱くなる。

 「今の大君は、事実をねじ曲げ、その御位みくらいに就いておる。姫よ。そなたは父御ててごの無念を晴らし、大王家を正しき姿に戻すのじゃ」
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