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六、風早。 (かざはや。風が強く吹くこと。風の激しい土地)
(七)
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真新しい木の香りに満ちた社の階。
そこで、風に髪を遊ばせながら、その人を待つ。
翼のないわたしは、飛んで迎えに行くことはできないから。でも、その代わりにこうして胸を鳴らして待つことができる。
「お。戻ってきたな」
わたしと一緒に待ちわびていた父が、手をひさし代わりにして遠くを見る。キラリと陽光をはね返した青みがかった黒灰色の小さな翼。その翼に覆いかぶさるように広げられた黒い翼。裾にいくほど白くなっていくその翼は、何よりも誰よりも力強く、美しい。
「おかえりなさい」
両手を広げて受け止める。
「アー、バッ!」
うれしそうに声を上げて、飛びこんできた小さな翼。抱きとめると、そのままわたしの胸に頭をこすりつけた。
「おかえりなさい、ハヤブサ」
少し遅れて階に着いた大きな翼。羽根を二、三度震わせてたたんだ彼にも声をかける。
「どうでした、オオタカの初めての空は」
腕のなかの子とともに、ハヤブサを見る。
「まあまあじゃないか。最初はあぶなっかしかったけど、なんとか風をつかまえてたよ」
「よかった」
わたしとハヤブサの子、オオタカ。
今日は、去年生まれたわたしたちの子の巣立ちの日。
わたしの翼となってくれていた大鷹は、わたしたちが妹背になることを見届けると、安らかに寿命を迎えた。
その恩人(恩鳥?)である大鷹の名をもらった息子は、人であるわたしとの間の子だからか、飛び立つのが他の鳥人の子よりも遅かった。だから、この日を迎えられてとてもうれしく思うし、母として落っこちないか、とても心配した。
「いやいや、ハヤブサよ。このオオタカの飛び方はとても素晴らしかったぞ」
「父さん……」
「他のどの鳥人よりも美しく、力強く、速く、高く。オオタカが一番だ!」
「父さん。それはジジバカって言うんですよ。ジジの欲目です」
夫があきれる。
実際、舅となった鳥人の父がほめるほど、オオタカの飛び方は立派なものじゃなかった。時折風をつかまえそびれ、落っこちかけたのを何度もハヤブサに助けられているのを見た。
だから、ここでハラハラしながら帰りを待っていたのだけれど。
「いんや。この子は将来誰にも負けない、素晴らしい鳥人になる! なんならハヤブサ、お前より速く飛べるようになる! わしにはわかる!」
孫をベタ褒めしながら、父がオオタカをわたしの腕から抱きとった。オオタカも、自分を溺愛してくれる祖父が好きなのだろう。抱き上げられ頬ずりされて、キャッキャと笑い声を上げた。
「まったく、父さんは。メドリの次はオオタカか」
夫が顔をしかめ、ボリボリと頭をかいた。
わたしと結婚したときのことを思い出しているのだろう。あの時の父は、わたしが嫁に行くと聞くや、オイオイボロボロと大粒の涙を流して泣いた。
「ハヤブサのもとに嫁ぐなら……。それなら娘であることに代わりはないし? いやいや、メドリが誰かのものになるなんて……。いやいやいや」みたいなことを言って、周囲を困惑させた父。最後は「息子の結婚を喜ばないんですか!」と、ハヤブサに叱られていた。
そんな父だから、生まれた孫を大事にしてくれるのは、うれしいのだけれど。
「メドリ、これを」
夫に声をかけられ、手渡された一輪の花。
「……ムラサキ?」
濃い緑の葉に埋もれるようにして咲く、小さな白い花。ムラサキ。
「あっちに、咲いてるのを見つけたんだ」
かつて歌垣の夜に二人で見た花。
夫となった兄はあのときのことを、ちゃんと覚えていてくれたらしい。あのときは、咲き乱れる美しさをそのままにしておきたかったけど、今はこうして一輪だけでも贈られたことがとてもうれしい。
「似合う?」
そのムラサキを髪に挿して問う。
「……うん。まあまあじゃないかな」
プイッとそっぽを向いた夫。その頬が赤い。彼が照れ屋で不器用で、父のように愛情を示してくれることはあまりない。けど。
「ん」
両手を広げてせがむ。
すると、無言のまま、夫がわたしを抱き上げてくれた。
「しっかりつかまってろよ」
バサッと広げられた大きな翼。
わたしがどうして欲しいのか、わたしがどこに連れて行って欲しいのか。彼はよくわかってくれている。
だから。広げられた翼を見ると、それだけでわたしの胸はドキンと弾む。これから空を飛ぶのだと思うとワクワクしてくる。
「アー」
わたしたちに気づいたオオタカが、こちらに手をのばす。
「お前は、ジイジと留守番だ、オオタカ」
父がオオタカを抱きしめ直す。
「お前の母さんは、父さんに甘えたくてしかたないんだよ」
そう。
わたしは夫を独り占めしたい。
この新しい鳥人の里で長となった夫。ぶっきらぼうで、甘くもないけど、でも真面目で、わたしを大切にしてくれる鳥人。
初めて会った時からずっとずっと好きだった、わたしだけの大きな翼。
妹から妻になって、子が生まれて母になっても、この気持ちは変わらない。
ハヤブサの翼が風をとらえ、わたしたちは高く青い空に舞い上がる。高鳴る胸を抑えるように、キュッとその体に抱きつく。
「こら、そんなにしがみつくなよ。苦しい」
夫の文句に、声を上げて笑う。
天高く澄み渡った空。そこに、誰かが筆で描いたような白い雲が浮かぶ。
わたしの胸元で、薄桃色の勾玉が、夏の陽光をはね返し、光り輝いた。
そこで、風に髪を遊ばせながら、その人を待つ。
翼のないわたしは、飛んで迎えに行くことはできないから。でも、その代わりにこうして胸を鳴らして待つことができる。
「お。戻ってきたな」
わたしと一緒に待ちわびていた父が、手をひさし代わりにして遠くを見る。キラリと陽光をはね返した青みがかった黒灰色の小さな翼。その翼に覆いかぶさるように広げられた黒い翼。裾にいくほど白くなっていくその翼は、何よりも誰よりも力強く、美しい。
「おかえりなさい」
両手を広げて受け止める。
「アー、バッ!」
うれしそうに声を上げて、飛びこんできた小さな翼。抱きとめると、そのままわたしの胸に頭をこすりつけた。
「おかえりなさい、ハヤブサ」
少し遅れて階に着いた大きな翼。羽根を二、三度震わせてたたんだ彼にも声をかける。
「どうでした、オオタカの初めての空は」
腕のなかの子とともに、ハヤブサを見る。
「まあまあじゃないか。最初はあぶなっかしかったけど、なんとか風をつかまえてたよ」
「よかった」
わたしとハヤブサの子、オオタカ。
今日は、去年生まれたわたしたちの子の巣立ちの日。
わたしの翼となってくれていた大鷹は、わたしたちが妹背になることを見届けると、安らかに寿命を迎えた。
その恩人(恩鳥?)である大鷹の名をもらった息子は、人であるわたしとの間の子だからか、飛び立つのが他の鳥人の子よりも遅かった。だから、この日を迎えられてとてもうれしく思うし、母として落っこちないか、とても心配した。
「いやいや、ハヤブサよ。このオオタカの飛び方はとても素晴らしかったぞ」
「父さん……」
「他のどの鳥人よりも美しく、力強く、速く、高く。オオタカが一番だ!」
「父さん。それはジジバカって言うんですよ。ジジの欲目です」
夫があきれる。
実際、舅となった鳥人の父がほめるほど、オオタカの飛び方は立派なものじゃなかった。時折風をつかまえそびれ、落っこちかけたのを何度もハヤブサに助けられているのを見た。
だから、ここでハラハラしながら帰りを待っていたのだけれど。
「いんや。この子は将来誰にも負けない、素晴らしい鳥人になる! なんならハヤブサ、お前より速く飛べるようになる! わしにはわかる!」
孫をベタ褒めしながら、父がオオタカをわたしの腕から抱きとった。オオタカも、自分を溺愛してくれる祖父が好きなのだろう。抱き上げられ頬ずりされて、キャッキャと笑い声を上げた。
「まったく、父さんは。メドリの次はオオタカか」
夫が顔をしかめ、ボリボリと頭をかいた。
わたしと結婚したときのことを思い出しているのだろう。あの時の父は、わたしが嫁に行くと聞くや、オイオイボロボロと大粒の涙を流して泣いた。
「ハヤブサのもとに嫁ぐなら……。それなら娘であることに代わりはないし? いやいや、メドリが誰かのものになるなんて……。いやいやいや」みたいなことを言って、周囲を困惑させた父。最後は「息子の結婚を喜ばないんですか!」と、ハヤブサに叱られていた。
そんな父だから、生まれた孫を大事にしてくれるのは、うれしいのだけれど。
「メドリ、これを」
夫に声をかけられ、手渡された一輪の花。
「……ムラサキ?」
濃い緑の葉に埋もれるようにして咲く、小さな白い花。ムラサキ。
「あっちに、咲いてるのを見つけたんだ」
かつて歌垣の夜に二人で見た花。
夫となった兄はあのときのことを、ちゃんと覚えていてくれたらしい。あのときは、咲き乱れる美しさをそのままにしておきたかったけど、今はこうして一輪だけでも贈られたことがとてもうれしい。
「似合う?」
そのムラサキを髪に挿して問う。
「……うん。まあまあじゃないかな」
プイッとそっぽを向いた夫。その頬が赤い。彼が照れ屋で不器用で、父のように愛情を示してくれることはあまりない。けど。
「ん」
両手を広げてせがむ。
すると、無言のまま、夫がわたしを抱き上げてくれた。
「しっかりつかまってろよ」
バサッと広げられた大きな翼。
わたしがどうして欲しいのか、わたしがどこに連れて行って欲しいのか。彼はよくわかってくれている。
だから。広げられた翼を見ると、それだけでわたしの胸はドキンと弾む。これから空を飛ぶのだと思うとワクワクしてくる。
「アー」
わたしたちに気づいたオオタカが、こちらに手をのばす。
「お前は、ジイジと留守番だ、オオタカ」
父がオオタカを抱きしめ直す。
「お前の母さんは、父さんに甘えたくてしかたないんだよ」
そう。
わたしは夫を独り占めしたい。
この新しい鳥人の里で長となった夫。ぶっきらぼうで、甘くもないけど、でも真面目で、わたしを大切にしてくれる鳥人。
初めて会った時からずっとずっと好きだった、わたしだけの大きな翼。
妹から妻になって、子が生まれて母になっても、この気持ちは変わらない。
ハヤブサの翼が風をとらえ、わたしたちは高く青い空に舞い上がる。高鳴る胸を抑えるように、キュッとその体に抱きつく。
「こら、そんなにしがみつくなよ。苦しい」
夫の文句に、声を上げて笑う。
天高く澄み渡った空。そこに、誰かが筆で描いたような白い雲が浮かぶ。
わたしの胸元で、薄桃色の勾玉が、夏の陽光をはね返し、光り輝いた。
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