追放された聖騎士は《武具分解》と《武具融合》を駆使して成り上がる

くぬぎ

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リリの嫉妬

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 地下墓地での死闘から数日。街はすっかり平穏を取り戻し、俺とリリもまた、穏やかな日常へと帰っていた。
 しかし、以前と一つ決定的に違うことがあった。俺、アルゼストという名がこの街で、ある種の「英雄」として知られるようになってしまったのだ。

 アンデッドの群れから街を守った鉄壁の盾役。一夜限りの討伐隊を見事に率いた、敏腕指揮官。
 それが世間の評判だった。

 俺たちの噂は尾ひれがついて街中を駆け巡り、冒険者ギルドへ行けば、遠巻きに賞賛と好奇の視線を向けられ、市場を歩けば、店の主人から「英雄さん、これはサービスだよ」と、果物を一つおまけしてもらえたりする。
 正直、居心地はあまり良くなかったが、リリがその度に少しだけ得意げな顔をするので、悪い気ばかりもしなかった。

 だがその名声は、俺の日常に、予期せぬ変化をもたらし始めていた。

「あの……アルゼストさん、ですよね?」

 その日ギルドで依頼を探していると、一人の若い女性魔術師に声をかけられた。彼女は頬を上気させ、少し潤んだ瞳で俺を見つめている。

「先日のアンデッドの事件、本当にすごかったです! あなたの盾がなければ、この街は……。もし、もしよろしければ、今度、お食事でもご一緒していただけませんか? あの時のこと、もっと詳しくお聞きしたくて……」

 俺がどう断ったものかと困っていると、俺の服の裾が、くいっと強く引かれた。
 見ると、リリが、むすっとした顔で、俺と女性魔術師を交互に睨みつけている。

「……だめ」
「え?」

 女性魔術師が、不思議そうな顔でリリを見る。

「おにいちゃんは、これからリリと、新しい依頼を探すから忙しいの。だから、だめなの」

 リリは俺の腕にぎゅっとしがみつくと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。そのあからさまな拒絶に、女性魔術師は驚き、

「そ、そうですよね! すみません!」

 と、慌てて走り去っていった。

「……リリ。あまり、ああいう態度をとるものじゃないぞ」
「……だって」

 リリは、まだ不満そうな顔で、俺を見上げている。

「あの人、キラキラが、変だったもん。『おにいちゃんと、仲良くなりたいなー』って、下心まるだしの、ピンク色のキラキラしてた」
「したごころ……」

 どこでそんな言葉を覚えてきたんだか。
 俺は苦笑するしかなかった。

 だがそんな出来事は、一度や二度ではなかった。
 可憐なヒーラーの少女から、「回復魔法の練習に付き合ってほしい」と上目遣いで頼まれたり、活発な女盗賊から、「今度、一緒にダンジョンに潜らない?」と、やけに距離の近い誘いを受けたり。

 その度に、リリは俺と相手の間に割って入り、「おにいちゃんは忙しいの!」「おにいちゃんはリリと一緒に行くところがあるの!」と、あらゆる理由をつけて、彼女たちを追い払うのだった。
 その姿はまるで自分の宝物を守ろうとする、小さな番犬のようだった。



 その夜、宿屋の部屋でのできごとだ。
 俺が剣の手入れをしていると、リリはベッドの上で膝を抱え、じっと俺の背中を見つめていた。いつもなら、隣に座って「剣さん、喜んでるね」などと話しかけてくるのに、今日はやけに静かだ。

「どうした、リリ。何かあったか?」

 俺が振り返ると、リリは少しだけ俯いたまま、ぽつりと言った。

「……おにいちゃんは、リリといるより、あのお姉さんたちといるほうが楽しい?」

 その声はいつもの元気な響きを失い、か細く震えていた。

「馬鹿なこと言うな。俺が一番楽しいのは、お前と一緒にいる時だ。決まってるだろ」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」

 俺が真剣な目で言うと、リリは少しだけ安心したような顔をした。だが、その表情はまだ晴れない。

「でも……みんな、おにいちゃんのこと、英雄だって言う。リリはただの子供で、おにいちゃんの隣にいるだけ。いつかおにいちゃん、もっとすごくて、綺麗な女の人のところに行っちゃうんじゃないかって……」

 リリの瞳から大粒の涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。

 その涙を見て、俺はようやくリリの不安の正体を理解した。
 嫉妬。そして、失うことへの恐怖。
 俺が自分以外の誰かのものになってしまうのではないか。その不安が、ずっとリリを苛んでいたのだ。

 俺はリリに近づいて隣に座り、その小さな体を優しく抱きしめた。

「……リリ。俺が、なぜ戦うか知ってるか?」
「……リリを、守るため?」
「それもある。だが一番の理由は、お前とのこの何でもない毎日を守るためだ。俺にとって、どんな名声や、どんな綺麗な女の人よりも、お前と過ごすこの時間の方がずっと、ずっと大事なんだ」

 俺はリリの濡れた頬を、指で優しく拭ってやった。

「俺の相棒はお前だ。これからもずっと。約束する」

 俺の言葉にリリはしゃくりあげながら、俺の胸に顔をうずめてきた。

「……ほんとに?」
「ああ、本当だ。だからもう泣くな」

 俺はリリが落ち着くまで、ずっとその背中を優しくさすり続けた。

 英雄なんて、柄じゃない。
 俺はただ、この腕の中にいる、一人の大切な相棒の、騎士であれば、それでいい。

 やがて泣き疲れたのか、リリは俺の腕の中で、すーすーと安らかな寝息を立て始めた。
 その無防備な寝顔を見ながら、リリをそっとベッドに寝かせ、その隣に横になった。

 この小さな焼きもち焼きの、愛しい相棒。
 彼女の穏やかな寝顔を守るためなら、俺はどんな面倒だって引き受けてやる。
 俺はリリの小さな手をそっと握りしめた。その温もりだけが、俺の真実だった
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