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第15話
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しおりを挟む車道脇に車が寄ってすぐに乱暴にドアが開き、ふてぶてしい態度で鷹津が後部座席に乗り込んでくる。その様子を横目で一瞥した和彦は、ふいっと顔を背けた。
必要があってのことだとわかってはいるのだが、鷹津主導で物事が進み、それに自分が応じるしかないというのは、複雑な気持ちだ。
「機嫌が悪そうだな」
車が走り出すと、鷹津が揶揄するように声をかけてくる。
「あんたに会うために、わざわざ車を乗り換えた。刑事と密会するのは手間がかかる」
「手間をかけてまで、俺に会いたかったんだろ」
顔を背けたばかりだというのに、和彦はつい鷹津を睨みつける。勝ったとばかりに鷹津はニヤリと笑った。
「……話なら、電話で済むだろ。こうして会わなくても――」
「ふざけるなよ、佐伯。俺は、タダ働きはしない。刑事の立場で、ヤクザのオンナの犬になったのは、相応の餌をもらうためだ。今日はしっかりと、美味い餌を食わせてもらうからな」
下卑た口調に嫌悪感を覚えながらも、胸の奥が妖しくざわつく。このざわつきがなんであるか、和彦にはわかっている。わかってはいるが、今は認めたくなかった。そうではないと、まともに鷹津の顔を見られない。
鷹津に会うことは賢吾に報告済みだが、さすがに電話で直接告げることはためらわれ、メールを送っただけだ。いまだに返信はないが、チェックしていないということはないだろう。
ここで鷹津が馴れ馴れしく肩を抱いてくる。和彦は反射的に運転席に視線を向けるが、組員は前を見据えたままだ。ただし、賢吾が一緒のときは、自分の存在感を消そうとする組員が、鷹津に対しては警戒心を隠そうともしていない。
和彦が賢吾に何も言わなくても、組員が詳細に報告してくれそうだ。
「――それで、何かわかったのか」
あえて素っ気ない口調で問いかけると、あごを掴まれ、強引に鷹津のほうを向かされた。
ドロドロとした感情の澱が透けて見える鷹津の目には、興奮による熱っぽさが宿っていた。あからさまな欲望を示されるよりも生々しさを感じてしまい、密かに和彦はうろたえる。
「なんだ……」
「人と話すときは、しっかり顔を見ろよ」
「……見てもらいたいなら、ひげぐらい剃って、身ぎれいにしてこい」
「俺のひげを気にかける奴なんて、お前ぐらいだろ」
無精ひげが生えたあごを撫でて、ぼそりと鷹津が呟く。妙な言い方をするなと思いつつ、和彦は厳しい表情で促した。
「わかったことを早く言え。言う気がないなら、次の信号でさっさと車から降りろ」
「年末時期は、組長のオンナも忙しそうだな」
「あんたは暇そうだ」
「俺は、忙しいぜ? 刑事の仕事の合間に、餌をもらうためにせっせと探偵ごっこをしてるんだから」
次の瞬間、鷹津の唇が耳元に寄せられた。
「――お前の兄貴が、国政選挙に出馬する、という噂があるようだ」
鷹津の言葉を頭の中でじっくり反芻してから、和彦は目を見開く。その反応に満足したように、鷹津は唇を歪めるようにして笑った。
「佐伯家と昵懇の間柄と言われる大物政治家が引退を考えていて、その地盤を継がせたがっているらしい。お前の兄貴なら血統的に問題はないし、官僚としての実績も十分。写真を見たが、お前によく似たとびきりの色男だった。そのうえ父親は、審議官ポストにいる高級官僚だ。〈勉強会〉なんてものを開いて、子飼いの官僚も多いらしいな。影響力を持った大物二人は、さぞかし話も合うだろう」
「……噂としてなら、おもしろい話だな」
「事実だとしたら、もっとおもしろいか? このネタは、昔馴染みの新聞記者から聞き出した。噂だとしても、なかなかの精度だと思うぜ」
「そうだとしても、ぼくには関係ない」
半ば強がりのように言った和彦だが、鷹津には見抜かれていた。
「やっぱり気になるか? 自分の実家の動きが」
和彦は鋭く睨みつけたが、かまわず鷹津は言葉を続ける。
「国政に打って出るなら、エリート一家としては、一人だけ疎遠になっている次男のことが気になるはずだ。その次男は所在不明となり、なおかつ自分から身を隠している節がある。そして、トラブルに巻き込まれている匂いがプンプンする――」
「あんた、他人事だと思って、おもしろがってるだろ」
「完全に他人事とは言えない。一応俺は、お前の番犬だからな」
鷹津が顔を寄せてきたので、和彦は押し退けようとする。思いがけないことを告げられて、少し気持ちが混乱していた。すぐにでも落ち着いた場所で考えを整理したいところだが、サソリに例えられるほど嫌な男は、そういった気遣いを一切してこない。
まずは、自分の欲望を果たすのが先だと言わんばかりに、和彦のあごを掴み上げ、威圧的に迫ってきた。
「お前のために情報を取ってきてやったんだ。賢い番犬だろ? なんなら、少し遅れたクリスマスプレゼントと思ってくれてもかまわねーぜ」
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