血と束縛と

北川とも

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第15話

(16)

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「……自分で言うな。しかも、しっかり見返りを求めるくせに、何がプレゼントだ」
「当たり前だろ。さっきも言ったが、俺はタダ働きはしない」
 こんな会話を交わしながら和彦は、これから数時間は身動きが取れなくなることを覚悟していた。
 働いた番犬には、褒めて、餌を与えなければいけない。そう自分に言い聞かせて、鷹津に抱き寄せられ、唇を塞がれた。
 痛いほど激しく唇を吸われ、口腔に舌が押し込まれる。小さく呻き声を洩らした和彦は、さすがにこの場では自重するよう諌めたかったが、頭を抱え込まれるように深い口づけを与えられると、何も言えない。肩を押し退けようとしても、無駄だった。鷹津は、飢えた獣そのものだ。
「ふっ……」
 口腔深くまで犯そうとするかのように鷹津の舌が蠢き、感じやすい粘膜を舐め回される。吐き気がするような強烈な肉の疼きが、和彦の体の中で暴れ始めていた。


 鷹津の気遣いは、よくわからないところで発揮されると、自販機のボタンを押しながら和彦は、心の中で呟く。
 ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、ついでにフロントに視線を向ける。チェックインの手続きを終えた鷹津が、部屋のキーを受け取るところだった。
 車中では欲望を抑えきれないようだったが、さすがに多くの人目があるところでは、そんな気配を微塵もうかがわせない。そのため、少しばかり柄の悪い、身を持ち崩した男にしか見えない。顔立ちそのものは悪くないだけに、シニカルな雰囲気も含めて、鷹津に惹かれる女も少なからずいるだろう。世の中には、一定数の物好きはいるものだ。
 努めて客観的に鷹津を分析しながら和彦は、二本のペットボトルを抱える。部屋のキーを振りながら鷹津がエレベーターホールのほうに向かい、和彦も他人のふりをしながらあとに続く。
 エレベーターに乗り込んで二人きりになると、和彦はぼそりと洩らした。
「……わざわざ、きちんとしたホテルに部屋を取らなくてもよかっただろ」
「ラブホテルでよかったか?」
「あんたなら、そうすると思った」
「ヤクザの組長のオンナを、組員が見ている前で、ラブホテルに連れ込むのも悪いかと思ってな。――お前を、安く扱いたくない」
 冗談なのか本気なのかわからない口調で、鷹津は言い切る。そんな鷹津を横目で見つめながら、和彦はもう一度心の中で呟く。
 鷹津の気遣いは、よくわからないところで発揮される、と。
 だが、鷹津の気遣いなど、所詮はささやかなものだ。そのことを、部屋に連れ込まれ、ベッドに押し倒されて和彦は思い知らされた。
 まるで辱めるように手荒く下肢を剥かれ、続いてワイシャツの前を開かれたところで、鷹津がわずかに目を細める。その反応の意味がすぐには理解できなかった和彦だが、胸元にてのひらを押し当てられたところで、カッと体が熱くなった。
 慌てて身を捩ろうとしたがすでに遅く、乱暴に肩を押さえつけられる。
「たっぷり男に愛されました、って体だな。まだこんなに派手なキスマークが残ってるってことは……クリスマスか?」
 和彦は、ワイシャツを脱がされながら顔を背ける。
「……あんたには、関係ない」
「相手は長嶺か? それとも、その息子――、いや、お前の〈オトコ〉か」
「うるさい……」
 低く笑い声を洩らした鷹津にベロリと胸元を舐め上げられ、不快さに鳥肌が立つ。肌を這う濡れた感触が気持ち悪く、すぐにでもシーツで拭いたい衝動に駆られる。身を強張らせる和彦にかまわず、鷹津は肌を舐め回していたが、ふいに、きつく吸い上げてきた。
 一度ではなく、何度も同じ行為を繰り返されているうちに、和彦は鷹津の行為の意味を知る。三田村が残した愛撫の痕跡を辿り、その上から自分の痕跡を刻みつけているのだ。
 思わず鷹津を睨みつけたが、反応が気に入らないとばかりに腕の付け根に噛みつかれたあと、傲慢に唇を塞がれた。
 口腔に鷹津の唾液を流し込まれ、コクリと喉を鳴らして飲んでしまう。そのまま口腔を舌で犯されているうちに、和彦は狂おしい情欲の高まりを覚えた。
 鷹津と交わす口づけも、肌に触れられる感触も、最初はひどく抵抗感があるのだ。だが厄介なことに、その抵抗感が妖しい媚薬として、溢れるような官能を生み出す。
 唇を離したあと、和彦が息を乱しながらもおとなしくしていることに満足したのか、体を起こした鷹津がブルゾンを脱ぎ捨てる。引き締まった上半身が露になるところまでは見ていられた和彦だが、さすがに、すでに高ぶった欲望を見せられたときは、慌てて顔を反らす。
「いまさら初めて見たものじゃないだろ。初心な小娘みたいな反応をするな」
 和彦の反応をそうせせら笑った鷹津は、その高ぶりを腿に擦りつけてきた。和彦は睨みつけ、吐き捨てる。

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