300 / 1,289
第15話
(19)
しおりを挟む
不思議な感じだった。一昨日、三田村と求め合って体を重ねたばかりの自分が、〈嫌な男〉そのものの鷹津と、今はこうして繋がっている。反発心や嫌悪感もねじ伏せて、感じているのだ。
「――……嫌な、男だ……」
ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言ってるんだ」
「ああ、そうだな」
鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜かれる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
大きく息を吐き出しながら、突然快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくないからな」
この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけていた。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、長嶺に回してやる」
ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるように部屋を出た。
自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけが掴めなくなっていた。
スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
体の奥でまだ、鷹津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うことになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
慌てて姿勢を戻した瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽しげに口元を緩め、和彦を見つめていた。
偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握しているだろう。
その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
心臓がじわじわと締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれても、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけなのか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけかも――」
「わからないっ」
思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
本当に、わからないのだ。佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許されない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろうな」
和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探らせる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかるのか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
少しふざけたような賢吾の口調に、和彦はちらりと笑ってみせる。
すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
こんな言葉を本気で受け止めるのもどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そのまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ごせ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
賢吾の背に両腕を回した和彦は、静かな喜びを感じながら頷いた。
「――……嫌な、男だ……」
ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言ってるんだ」
「ああ、そうだな」
鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜かれる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
大きく息を吐き出しながら、突然快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくないからな」
この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけていた。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、長嶺に回してやる」
ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるように部屋を出た。
自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけが掴めなくなっていた。
スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
体の奥でまだ、鷹津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うことになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
慌てて姿勢を戻した瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽しげに口元を緩め、和彦を見つめていた。
偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握しているだろう。
その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
心臓がじわじわと締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれても、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけなのか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけかも――」
「わからないっ」
思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
本当に、わからないのだ。佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許されない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろうな」
和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探らせる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかるのか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
少しふざけたような賢吾の口調に、和彦はちらりと笑ってみせる。
すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
こんな言葉を本気で受け止めるのもどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そのまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ごせ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
賢吾の背に両腕を回した和彦は、静かな喜びを感じながら頷いた。
90
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
オム・ファタールと無いものねだり
狗空堂
BL
この世の全てが手に入る者たちが、永遠に手に入れられないたった一つのものの話。
前野の血を引く人間は、人を良くも悪くもぐちゃぐちゃにする。その血の呪いのせいで、後田宗介の主人兼親友である前野篤志はトラブルに巻き込まれてばかり。
この度編入した金持ち全寮制の男子校では、学園を牽引する眉目秀麗で優秀な生徒ばかり惹きつけて学内風紀を乱す日々。どうやら篤志の一挙手一投足は『大衆に求められすぎる』天才たちの心に刺さって抜けないらしい。
天才たちは蟻の如く篤志に群がるし、それを快く思わない天才たちのファンからはやっかみを買うし、でも主人は毎日能天気だし。
そんな主人を全てのものから護る為、今日も宗介は全方向に噛み付きながら学生生活を奔走する。
これは、天才の影に隠れたとるに足らない凡人が、凡人なりに走り続けて少しずつ認められ愛されていく話。
2025.10.30 第13回BL大賞に参加しています。応援していただけると嬉しいです。
※王道学園の脇役受け。
※主人公は従者の方です。
※序盤は主人の方が大勢に好かれています。
※嫌われ(?)→愛されですが、全員が従者を愛すわけではありません。
※呪いとかが平然と存在しているので若干ファンタジーです。
※pixivでも掲載しています。
色々と初めてなので、至らぬ点がありましたらご指摘いただけますと幸いです。
いいねやコメントは頂けましたら嬉しくて踊ります。
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる