430 / 1,289
第20話
(19)
しおりを挟む
「知ることで、どんどんこの世界の深みにハマる。そうやって、長嶺の男たちが大事にしている先生を、逃がさないようにしている」
本気とも冗談とも取れることを言って、守光は声を上げて笑った。さすがにその声に驚いたのか、店内の男たちが一斉にこちらに向き、和彦一人がうろたえてしまう。
視線を避けるようにグラスを取り上げ、水割りを飲もうとしたところで、膝の上に置かれたままの守光の手に気づいた。その手が意味ありげに動き、膝を撫でて離れる。たったそれだけのことだが、肌に直接触れられたような生々しさを感じ、和彦は体を硬直させる。
「――賢吾も千尋も、あんたをこの世界から逃すまいと、必死だ。そしてわしも、同じ気持ちだ」
片手を出すよう守光に言われ、おずおずと従う。てのひらにそっとカードキーがのせられた。それが何を意味しているか瞬時に理解した和彦は、顔を強張らせつつも、体が熱くなっていくのを止められなかった。
「あんたをもっと、この世界の奥深くに取り込みたい。わしの家で一泊したあとも、あんたは長嶺の庇護の下から逃げ出さなかった。つまり、こう解釈できる。あんたはどんな形であれ、長嶺の男〈たち〉を受け入れてくれる、と」
「……よく、わかりません……。いろいろと考えることが多くて、ぼくはどうすればいいのか……」
「だが、佐伯和彦という人間はここにいる。わしの隣に、こうして行儀よく座ってな。それはもう、流されているにせよ、一つの選択肢を選んだということだ」
守光が顔を寄せ、耳元にあることを囁いてくる。和彦は瞬きもせず守光の顔を凝視していた。
いつも賢吾に対してそうしているせいか、半ば習性のように目の奥にあるものを探る。息づいているのは大蛇ではなく、だが確かに物騒な気配を漂わせた〈何か〉だ。
怖いが、目を背けられず、触れてみたいとすら思ってしまう。
和彦は視線を伏せると、浅く頷いた。
バスローブ姿でベッドの隅に腰掛けた和彦は、閉じたカーテンをぼんやりと眺めていた。カーテンの向こうには、いくら眺めても飽きないほどの夜景が広がっているとわかっているが、今の和彦には必要ないものだ。
クラブを一人で出た和彦は、外で待っていた総和会の男に案内されて、ホテルの一室に入った。そこで何をしろと指示されたわけではないが、手早くシャワーを浴び、ただこうして待っていた。
賢吾が言うところの、『長嶺の守り神』を。
こんな状況であろうが――こんな状況だからこそ、和彦にはやはり布一枚分とはいえ、屁理屈は必要だ。決心はまだつかなくても、それで受け入れられるものがある。
ここで、部屋のドアが開く気配を感じ取り、ビクリと体を震わせる。反射的に背後を振り返りたくなったが、ギリギリのところでその衝動を抑える。今の和彦が見る必要はないのだ。
相手も、手順をしっかり心得ていた。すぐ傍らまでやってきたかと思うと、次の瞬間には和彦の視界は遮断される。目隠しをされたのだ。頭の後ろできつくない程度に布が結ばれ、これで和彦は相手を見なくて済む。
腕を取られて促され、ベッドに上がって身を横たえる。すぐに相手が覆い被さってきて、バスローブの紐を解かれた。
一度体験して、事情も建前もわかっているからこそ、余計に緊張してしまう。心臓の鼓動は大きく速く鳴り、呼吸が浅く速くなる。手足すら自分のものではないような気がして、和彦は試しにわずかに腕を動かしてみた。
「あっ」
ふいに、バスローブの前を開かれる。ひんやりとした指先に胸元をなぞられ、声を洩らした和彦はゾクリと身震いする。恐怖も嫌悪もあるが、それだけではない。
バスローブを脱がされて被虐的な気持ちに陥りながら、興奮の高まりを感じていた。
冷たく硬い感触のてのひらに肌を撫で回されているうちに、和彦の脳裏には、凛々しく美しい若武者の姿が鮮やかに浮かび上がる。生々しい行為によって記憶に刻みつけられたせいか、掛け軸に画かれていた若武者の存在は、和彦の中でしっかりと息づいていた。
この瞬間、違和感を覚えたが、その正体はすぐにわかった。
先日、顔を布で覆われての行為のとき、形だけとはいえ和彦は両手首を縛められていた。しかも、明かりはごく抑えられていた。しかし今は両手は自由で、目隠しのわずかな隙間から見る限りでは、部屋も明るいままだ。
和彦を相手に、もう慎重になる必要はないと言っているようだ。だからといって、雑に扱う気はないらしい。
最初は体を硬くしたまま、体をまさぐる手の動きに神経を尖らせていたが、そのうち指先が、同じ部分を何度となく擦るように触れてくる。首の付け根に腕の内側、胸元に触れて、腰骨のラインをなぞり、両足を開かされて内腿にも。
本気とも冗談とも取れることを言って、守光は声を上げて笑った。さすがにその声に驚いたのか、店内の男たちが一斉にこちらに向き、和彦一人がうろたえてしまう。
視線を避けるようにグラスを取り上げ、水割りを飲もうとしたところで、膝の上に置かれたままの守光の手に気づいた。その手が意味ありげに動き、膝を撫でて離れる。たったそれだけのことだが、肌に直接触れられたような生々しさを感じ、和彦は体を硬直させる。
「――賢吾も千尋も、あんたをこの世界から逃すまいと、必死だ。そしてわしも、同じ気持ちだ」
片手を出すよう守光に言われ、おずおずと従う。てのひらにそっとカードキーがのせられた。それが何を意味しているか瞬時に理解した和彦は、顔を強張らせつつも、体が熱くなっていくのを止められなかった。
「あんたをもっと、この世界の奥深くに取り込みたい。わしの家で一泊したあとも、あんたは長嶺の庇護の下から逃げ出さなかった。つまり、こう解釈できる。あんたはどんな形であれ、長嶺の男〈たち〉を受け入れてくれる、と」
「……よく、わかりません……。いろいろと考えることが多くて、ぼくはどうすればいいのか……」
「だが、佐伯和彦という人間はここにいる。わしの隣に、こうして行儀よく座ってな。それはもう、流されているにせよ、一つの選択肢を選んだということだ」
守光が顔を寄せ、耳元にあることを囁いてくる。和彦は瞬きもせず守光の顔を凝視していた。
いつも賢吾に対してそうしているせいか、半ば習性のように目の奥にあるものを探る。息づいているのは大蛇ではなく、だが確かに物騒な気配を漂わせた〈何か〉だ。
怖いが、目を背けられず、触れてみたいとすら思ってしまう。
和彦は視線を伏せると、浅く頷いた。
バスローブ姿でベッドの隅に腰掛けた和彦は、閉じたカーテンをぼんやりと眺めていた。カーテンの向こうには、いくら眺めても飽きないほどの夜景が広がっているとわかっているが、今の和彦には必要ないものだ。
クラブを一人で出た和彦は、外で待っていた総和会の男に案内されて、ホテルの一室に入った。そこで何をしろと指示されたわけではないが、手早くシャワーを浴び、ただこうして待っていた。
賢吾が言うところの、『長嶺の守り神』を。
こんな状況であろうが――こんな状況だからこそ、和彦にはやはり布一枚分とはいえ、屁理屈は必要だ。決心はまだつかなくても、それで受け入れられるものがある。
ここで、部屋のドアが開く気配を感じ取り、ビクリと体を震わせる。反射的に背後を振り返りたくなったが、ギリギリのところでその衝動を抑える。今の和彦が見る必要はないのだ。
相手も、手順をしっかり心得ていた。すぐ傍らまでやってきたかと思うと、次の瞬間には和彦の視界は遮断される。目隠しをされたのだ。頭の後ろできつくない程度に布が結ばれ、これで和彦は相手を見なくて済む。
腕を取られて促され、ベッドに上がって身を横たえる。すぐに相手が覆い被さってきて、バスローブの紐を解かれた。
一度体験して、事情も建前もわかっているからこそ、余計に緊張してしまう。心臓の鼓動は大きく速く鳴り、呼吸が浅く速くなる。手足すら自分のものではないような気がして、和彦は試しにわずかに腕を動かしてみた。
「あっ」
ふいに、バスローブの前を開かれる。ひんやりとした指先に胸元をなぞられ、声を洩らした和彦はゾクリと身震いする。恐怖も嫌悪もあるが、それだけではない。
バスローブを脱がされて被虐的な気持ちに陥りながら、興奮の高まりを感じていた。
冷たく硬い感触のてのひらに肌を撫で回されているうちに、和彦の脳裏には、凛々しく美しい若武者の姿が鮮やかに浮かび上がる。生々しい行為によって記憶に刻みつけられたせいか、掛け軸に画かれていた若武者の存在は、和彦の中でしっかりと息づいていた。
この瞬間、違和感を覚えたが、その正体はすぐにわかった。
先日、顔を布で覆われての行為のとき、形だけとはいえ和彦は両手首を縛められていた。しかも、明かりはごく抑えられていた。しかし今は両手は自由で、目隠しのわずかな隙間から見る限りでは、部屋も明るいままだ。
和彦を相手に、もう慎重になる必要はないと言っているようだ。だからといって、雑に扱う気はないらしい。
最初は体を硬くしたまま、体をまさぐる手の動きに神経を尖らせていたが、そのうち指先が、同じ部分を何度となく擦るように触れてくる。首の付け根に腕の内側、胸元に触れて、腰骨のラインをなぞり、両足を開かされて内腿にも。
73
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる