452 / 1,289
第21話
(14)
しおりを挟むベッドに転がって本を読んでいた和彦は、何げなく窓を見る。いつからなのか、雨が降っていた。
珍しくのんびりとした日曜日を過ごしている和彦としては、こんな天気の中、絶対に外出はしたくなかった。それでなくても今日はひどく気温が低い。雨はさぞかし冷たいだろうと、想像するだけで身震いしたくなる。
今日はひたすら部屋に閉じこもり、夕方まで本を読み、夜はワインを飲みつつDVDをダラダラと観る予定なのだ。
秘密を抱えた自分は、沈滞しかかっている――。
和彦は、なんとなく人に会いたくない心境を、そう分析している。今の環境で、秘密を抱えるのはそれだけでストレスになり、プレッシャーもかかる。なんといっても、和彦を取り巻くのは食えない男たちばかりなのだ。
顔を合わせて、いつもとは違うと指摘されるのが、怖いのかもしれない。
今日はこのまま、自分を放っておいてほしいという和彦の願いは、見事に一蹴された。
本を読んでいたはずが、降りが強くなった雨に意識を奪われていると、閉めたドアの向こうで人の気配を感じる。
和彦が体を起こしたのと、ドアが開いたのは、同じタイミングだった。
スーツの上からコートを羽織った賢吾が姿を見せ、ベッドの上の和彦を見るなり、口元に笑みを刻む。
「寛いでるな、先生」
「日曜日だからな。……あんたは、出かけていたのか?」
上体を起こしただけの姿で話すのもだらしないので、和彦はベッドの上に座る。それを待っていたように賢吾が側にやってきた。濡れている様子はないが、賢吾からはいつものコロンだけではなく、雨の匂いもした。
「仕事だ。土日は、先生とゆっくりしたいから、あまり動きたくねーんだがな」
「……あんたには悪いが、たった今まで、ぼくはゆっくりできていた」
「そのおかげで俺は、こうして先生を捕まえることができたわけか。――誰かと出かけようと思わなかったのか?」
コートを脱ぎながらさらりと賢吾に言われ、和彦は警戒する。和彦が複数の男と関係を持つことを容認している賢吾だが、決して寛大というわけではない。他愛ない言葉の端から、和彦を試すような響きを感じ取ることがある。このとき和彦は、蛇がチロリと舌を出す姿をどうしても連想してしまう。
「今日は、どこにも出かける気はない。のんびりしたいんだ」
「だったら俺も、ここでのんびりと過ごすことにしよう」
そう言って賢吾が腰を屈め、髪を撫でてくる。和彦はじっとされるがままになりながら、大蛇が潜んだ男の目をじっと見つめる。
息も止まりそうな圧迫感を胸の辺りに感じ、和彦はぎこちなく視線を逸らしてベッドを下りる。賢吾が脱いだコートを抱えてリビングへと向かった。
「先生、昼メシは食ったのか?」
コートハンガーにコートをかけていると、背後から賢吾に軽く抱き締められる。
「宅配ピザを頼んだ。寒いから、外に出るのが億劫だったんだ」
「だったら晩メシは、俺と一緒にいいものを食いに出るぞ」
「……ということは、確実に夕方まではここにいるということか」
「なんだ、俺がいると困るか?」
また反応を試すようなことを言われ、和彦は振り返って賢吾にきつい眼差しを向ける。
「さっきから、なんなんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ」
「――鷹津との、夜景を見ながらのデートは楽しかったか?」
この瞬間、和彦はわずかに動揺していた。鷹津と会ったことは、賢吾にメールで報告してある。ただし余計なことは一切省き、あくまで簡潔に。もちろん夜景を見たなどとは、言っていない。つまり、細かな状況を賢吾に報告した人物がいるということだ。
「中嶋くんか……」
「先生の護衛につく人間には、きちんと行動報告をさせている。それが例え総和会の人間であろうが、先生の側にいるからには、そのルールは守ってもらう。中嶋の報告は詳細なだけじゃなく、なかなか詩的で、俺もその場にいるような感覚を味わえた」
賢吾がジャケットのボタンを外そうとしたので、和彦も手伝ってやる。
「鷹津があの場所を選んだのは、別に詩的な感覚からじゃない。……会ったのは、誕生日に奢ってもらった礼もしたかったからだ。それと――」
「佐伯家の動向が気になるか?」
顔を上げた和彦に、賢吾が薄く笑いかけてくる。
「珍しいことに、鷹津から組に連絡が入って、佐伯家の最近の動向について聞かれた。あいつはあいつで、独自のルートで佐伯家を探っている……と、俺は感じた」
「餌が欲しくて、ぼくが頼まなくても勝手に動いているようだ」
「モテる〈オンナ〉は大変だな」
92
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる