血と束縛と

北川とも

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第22話

(26)

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 思わず笑みを交わし合ってから、和彦はゆっくりと腰を進め、中嶋の内奥に欲望を沈めていく。
 初めて味わう感触だった。和彦を受け止めてくれる部分はひどく狭いが、だからといって頑なというわけではなく、うねるように蠢き、熱く滑っている。和彦自身が指で解したおかげだ。
 深々と中嶋と繋がり、大きく息を吐き出す。蠢く襞や、吸い付いてくるような粘膜の感触をじっくりと堪能できるだけの余裕はあった。いままで体験したことのない感覚は新鮮で、中嶋の上で和彦は背をしならせる。そんな和彦を見上げて、中嶋は目を細めた。
「色っぽいですね、先生。俺の中に先生がいるのに、たまらなく先生を抱きたくなる」
「なんだか……恥ずかしいな」
 中嶋に頭を引き寄せられ、じゃれ合うような軽いキスを交わす。そのうちキスは熱を帯び、深い口づけとなり、差し出した舌を濃厚に絡め合う。和彦は狂おしい衝動に背を押されるように、慎重に腰を動かし始めていた。
「あっ、あっ……」
 中嶋の唇から声が洩れる。収縮を繰り返す内奥に欲望をきつく締め付けられ、和彦も呻き声を洩らす。
 いままで男たちは、自分をどんなふうに愛して、快感を与えてくれたか、頭ではわかっているのに体が思うように動かない。こんな形で同性の体に触れることに、少し戸惑っているのだ。
 和彦の気持ちを見抜いたように、中嶋が息を喘がせて言った。
「先生は、俺に〈オンナ〉の悦びを教えてくれて、秦さんと関係を持つ後押しをしてくれた。だったら俺が今度は、先生の望みを叶えますよ。――先生は、今何を望んでいます?」
 和彦は、下肢に絡みつくようだった守光の愛撫を思い出し、肉の疼きを覚える。
「……少しだけ、オンナの立場を忘れたい……」
「堅苦しいですよ。もっと楽な気持ちで、俺とセックスしましょう」
 思わず顔を綻ばせた和彦だが、次の瞬間には表情を引き締める。中嶋の片足を抱えると、ゆっくりと律動を刻み始めた。
 内奥を擦り上げるたびに、身震いしたくなるような感覚が和彦の背筋を這い上がる。中嶋も、身を捩り、仰け反りながら反応してくれる。演技でないのは、和彦の中で一度は精を放った欲望が再び反り返り、先端から透明なしずくを垂らしていることからもわかる。
 和彦は、中嶋のものをてのひらに包み込むようにして上下に扱く。
「あうっ」
 中嶋が声を上げると同時に、内奥を激しく収縮させる。たまらず和彦も声を洩らしていた。
「ぼくも……、今みたいな反応をしているのかな。絞り上げるように締まったんだ」
「気持ちよかったですよ、先生の中」
 あっさり中嶋に返され、急に和彦は羞恥に襲われる。行為を中断したい心境にもなったが、まるで和彦の欲望を駆り立てるように中嶋の内奥が蠢き、欲望を締め付けてくる。その感触に促されるように、再びゆっくりと腰を動かす。
 熱い肉を押し広げるように突き上げる合間に、反り返った中嶋のものを愛撫し、先端から透明なしずくがこぼれ落ちる様子を愛でる。気まぐれに、胸元に顔を伏せて突起を舌先でくすぐってやると、中嶋が掠れた声を上げる。
「――……は、あぁ……。あっ、あっ……」
 その声に誘われるように中嶋の唇を啄ばみ、誘い込まれるままに口腔に舌を侵入させる。舌を吸われながら和彦は、律動を繰り返す。もう、中嶋のものを愛撫する余裕はなかった。今度はしっかりと両足を抱え上げ、しっかりと己の欲望を内奥深くに埋め込み、抉る。
「うあっ」
 中嶋が喉元を反らし、一方の和彦は、押し寄せてくる快感に身震いして、背を反らす。
 頭の片隅で、自分と体を重ねてきた男たちはこんなとき、どんなことをして自分を悦ばせてくれただろうかと考えてはみるのだが、初めて味わう感覚に思考力すら奪われてしまう。
 中嶋を犯していながら、まるで自分が犯されているようだ――。
 そんなことを思った次の瞬間、和彦は呆気なく絶頂を迎え、低く呻き声を洩らして中嶋の内奥深くに精を放つ。
 一気に体の力が抜け、中嶋の胸に倒れ込んでいた。
「俺の中は、よかったですか?」
 中嶋からの露骨な問いかけに、息を乱しながらも和彦は顔を上げ、苦笑する。
「いつも秦にも、そんなふうに聞いているのか?」
「あの人が相手だと、俺はこんなふうに口を開く体力は残っていませんよ」
「……それは、悪かった。ぼくが相手だと物足りなかっただろ……」
「身震いするほど、興奮しました。倒錯した感覚っていうか、先生に抱かれているようで、ずっと抱いているような感じで」
 汗で額に張り付いた髪を、中嶋が指先で掬い取ってくれる。なんとなく察するものがあり、和彦は誘われるように中嶋と唇を触れ合わせる。次第に口づけは熱を帯び、いまだ消えることのない互いの欲情を煽る。
 汗に濡れた互いの熱い体を擦りつけるように、狂おしく抱き合う。和彦が内奥から欲望を引き抜くと、すかさず体の位置が入れ替わり、中嶋が上となる。
「あっ……」
 さきほど犯されたばかりの内奥に、熱く硬いものを浅く含まされる。この瞬間、和彦の全身には電流にも似た感覚が駆け抜けた。逞しいもので貫かれたいと、本能的に思ったのだ。和彦にとっては馴染みのある、オンナとしての欲望だ。
「――……性質が悪いな、先生は。怖い男たちが骨抜きになるわけだ」
 中嶋はどこか楽しげな様子でそう呟くと、やや強引に和彦の体をうつ伏せにする。腰を抱え上げられた拍子に注ぎ込まれていた中嶋の精が溢れ出し、その感触に和彦は動揺する。羞恥のため腰を捩って逃れようとしたが、そのときには中嶋が背後からのしかかってきて、一息に欲望を挿入された。
「うああっ」
 何度も擦られて脆くなっている襞と粘膜が、歓喜するように中嶋のものにまとわりつく。
 自分はこうされることが好きなのだと、和彦は体で痛感していた。男に求められ、熱い欲望を内奥にねじ込まれるのが好きなのだ。〈オンナ〉という呼称も立場も関係ない。和彦は、そういう人間なのだ。
 何を勘違いしていたのだろうかと、背後から突き上げられながら和彦はつい笑みをこぼす。
 自分を高尚だとも、高潔だとも思ったことは一度もないが、裏の世界の男たちに大事にされ、求められ続けているうちに、〈オンナ〉という存在が和彦の中で主張を持ち始めたのかもしれない。和彦の一部でありながら。
 意識しないまま、中嶋の律動に合わせて腰を揺らし、求めてしまう。内奥で精を放つ悦びを知ったからこそ、こうして内奥を愛されて得る悦びが、深みを増したようだ。
 和彦の内奥深くを丹念に突きながら、中嶋が息を弾ませて言う。
「俺ばかり、楽しんでますか?」
 和彦は枕を握り締めて、小さく首を横に振った。
「……そんなこと、ない……。ぼくも、楽しんでいる。君と、こうしていること――」
 中嶋と体を重ねることで、何かが解決するということはない。ただ、とても気持ちは楽になっていた。油断ならないこの世界で、誰かに身を委ねることはできても、気持ちを委ねることは容易ではない。みんな、和彦とは違う種類の男たちだ。
 しかし中嶋は、その違う人種の男ながら、少しだけ和彦に近いものを持っている。そんな男とこうして体を重ねるのは、どんなに親身な言葉をかけられるより気が休まる。
 自分は受け入れることで、裏の世界を生きている――。
 和彦は強くそう実感すると、快感に身を委ねるために目を閉じた。

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