血と束縛と

北川とも

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第29話

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「あんたは、いかにも都会育ちという感じだが、俺がガキの頃に住んでいたのは、こういうところだった。俺が生まれてすぐに母親が育児放棄ってやつをして、そんなロクでなしの母親を育てた連中――つまり、俺の祖父母が仕方なく俺を引き取ったんだ。物心ついたときには、もう厄介者扱いされていたな。俺としても、こいつら早く死なねーかなと思っていたから、お互い様というんだろうな。この世界じゃ、珍しくない話だ。ロクでもない環境で育って、ロクでもない人間が出来上がったというだけだ」
 南郷の話を聞きながら和彦は、自分が育った環境は非常に恵まれていたのだろうなと思いはするものの、だからといって幸福であるとは限らないのだと、ささやかな毒を心の中に溜める。
 すると、南郷に指摘された。
「優しげな色男のあんたは、ときどきゾクリとするような冷たい目をするときがある。人を殺しそうな目というわけじゃなく……、なんというんだろうな。自分と、それ以外の存在を切り離したような、孤高――っていうのか。俺は学がないから、上手い表現が思いつかない」
 とぼけたような口調の南郷だが、和彦に向けてくる眼差しは、心の奥底までまさぐってくるかのように鋭い。
 物騒な世界で生きる男たちは、共通した勘のよさを持っているのかもしれない。いつだったか、賢吾にも似たようなことを指摘されたことを思い出し、和彦は苦々しい気持ちになる。
「……あなたの生い立ちの話をしてたんじゃないですか?」
 露骨に話題を逸らされたとわかったのだろう。南郷は微苦笑のようなものを唇に浮かべた。
「生い立ちなんて立派なものじゃない。まさに絵に描いたような、ありがちなヤクザの成り上がり話だ。俺はとっとと田舎を飛び出し、ささやかな伝手を頼って仕事にありつき、そこから実入りのいい仕事へと転々としていく中で、オヤジさんに出会った」
「長嶺会長ですか」
「俺が知り合ったときは、長嶺組長だった。……ヤクザらしくない見た目で、惚れ惚れするほど鋭くて、優しかった。が、怖くもあった。俺はまだ十代のガキだったが、声をかけられただけで舞い上がって、組に入れてほしいと、頭を下げて頼み込んだ。そこでまあ、いろいろとあって、俺は他の組へと預けられたが、それでも十分すぎるほどに目をかけてもらった。そして、今の立場だ」
 南郷の話は簡潔にまとまっているが、だからこそ肝心な部分が省略されている。和彦に話して聞かせるほどではないと考えているのか、誰に対してもこうなのか。
 隠し子ではないかという噂が流れるほど、守光は南郷を信頼し、側に置いているのだ。そこまでさせるほどの何かが、二人の間にはあるはずだが、今の南郷の話を聞く限りでは、見当がつかない。まるで、目の前に薄い幕を垂らされているような、もどかしさを感じる。
 ふいに南郷に顔を覗き込まれる。
「――俺に興味を持ってくれたか、先生」
「そうだと言えば、なんでも教えてくれるんですか?」
「あんたに覚悟さえあるんなら、なんでも教えてやる」
 そう答えた南郷の声は、怖い響きを帯びていた。これ以上踏み込んではいけないと、和彦の本能が訴える。
「別に、そこまでは……」
「遠慮することはないんだぜ。なんといっても、俺とあんたはもう、特別な仲だ――」
 頬に獣の息遣いが触れる。和彦がハッとしたとき、南郷の顔が眼前に迫っていた。和彦は悲鳴に近い声を上げ、肩に回された逞しい腕を払いのけて逃れる。そんな和彦を見て、南郷は大仰に肩を竦めた。
「あんたには、とことん嫌われたもんだ」
 キッと南郷を睨みつけた和彦は、足早に歩き出す。来た道を引き返すのは簡単だが、あの家に戻りたくはなかったし、何よりもう、南郷の顔を見たくなかった。
「おい先生、一人で行くと危ないぞ」
 背後から声をかけられたが、かまわず和彦は歩き続け、水溜りに足を突っ込もうが歩調を緩めなかった。それどころか、角を曲がって南郷の姿が見えなくなった途端、一気に駆け出す。
 道の状態は最悪に近かった。かつてはそれなりに整備されていたのだろうが、長年放置されているせいで雑草が伸び、ところどころ陥没もしている。それでも進んでいれば、まともな道路に出るはずだった。
 そこから山を下りれば、と考えたところで和彦は、舌打ちする。携帯電話を持ってこなかったことを思い出したのだ。当然、スウェットパンツのポケットに小銭も入っていない。
「あっ」
 一瞬、足元への注意を怠った拍子に、何かにつまずいて体のバランスを崩す。倒れ込むというほどではなかったが、ぬかるんだ地面に両手と両膝を突いていた。動揺していたとはいえ、和彦は自分の失態にショックを受ける。すぐに立ち上がることもできなかった。
「だから言っただろ。危ないと」

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