血と束縛と

北川とも

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第31話

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 和彦の足掻きなどものともせず、南郷は悠々と背に覆い被さってきて、肩に唇を押し当ててきた。腰を抱え上げられ、胸元から腹部にかけて荒々しくてのひらを這わされる。
「あっ……」
 尻の肉を鷲掴まれて声が洩れる。内奥に三本もの指を挿入してきながら、南郷が背骨のラインをベロリと舐めてくる。和彦を襲った鳥肌が立つような感覚は、おぞましさと、肉欲の疼きだった。
「――もう少ししたら、吾川が呼びに来るかもな」
 南郷の言葉に、内奥に収まった指をきつく締め付ける。背後で南郷が低く笑い声を洩らした。
「先生、艶やかで浅ましいオンナらしく、乱れて見せてくれ。俺が満足したら、吾川が来る前に解放してやる。……俺は別に、見られても気にしないが、あんたはそうでもないだろ。外面ぐらいは、取り繕っておきたいはずだ」
 煽られた和彦は、唇を噛み締める。南郷は、和彦が本気で抵抗をしないとよく知っているうえで、言っている。返事ができない和彦にかまわず、南郷は両足の間に片手を差し込み、欲望に触れてきた。
「あんたは本当に、物騒な男好みの性質だな。……屈辱を与えられて――感じてやがる」
 南郷の手の中で、和彦のものは形を変えつつあった。なんとか愛撫の手から逃れようとしたが、腰が甘く痺れて動かない。内奥で揃って三本の指を曲げられると、もう限界だった。
「あうっ、ううっ」
 鼻にかかった呻き声を洩らすと、南郷に唆されるまま自ら足を開いて楽な姿勢を取る。すると南郷に片手を取られ、自分の両足の間に導かれた。
「自分で弄ってみてくれ。あんたの全身を撫で回したいが、手が足りない」
 頭で考えるより先に、和彦は首を横に振る。すると南郷の手が欲望にかかり、たまらず和彦は弱音を吐いていた。
「もっ……、嫌、だ……」
 次の瞬間、体をひっくり返されて、間近から射抜かれそうな鋭い視線を向けられた。縊り殺されるのではないかと、本能的な危機感に和彦は息を詰め、南郷をじっと見つめ返す。
 何秒か――何十秒だったかもしれないが、二人の間に緊迫した時間が流れていると、前触れもなく、単調な着信音が響いた。和彦には聞き覚えのない着信音で、考えられるのは南郷しかいないが、当の南郷はピクリとも動かない。その間に和彦の欲望の熱が、じわじわと冷めていく。
 南郷がふっと息を吐き出し、和彦の上から退いた。助かった、と率直に思った。
 まるで獲物をいたぶるような南郷の愛撫は、和彦の体から確かに快感を引き出しはするが、同時に痛いのだ。体ではなく、心が。
 慌てて起き上った和彦だが、頭がふらつく。布団に手を突き、じっとしていると、南郷の話し声が耳に届く。仕事の打ち合わせを始めたようだが、その口調は、さきほどまで卑猥な言葉を囁いていたとは思えないほど淡々としていた。
 和彦は、何も身につけていない自分の姿と、服を着ている南郷の姿を見比べて、惨めさに襲われる。布団の傍らでぐしゃぐしゃになっている浴衣を急いで掴み、羽織った。そんな和彦を、南郷は横目で眺めていた。目が合うと、薄い笑みを向けられる。
「ああ、午前中の委員会には顔を出す。できる限り目を光らせておかないとな。……本部から直接向かうから、迎えは必要ない」
 少しずつ南郷と距離を取りながら慌しく帯を巻き、なんとか立ち上がる。このとき漆塗りの文箱が目に入り、反射的に顔を背けた。蓋がわずかにずれており、中に入っているものを見ることができたが、朝から目にするには、あまりに卑猥すぎる。
 ふらりとした足取りで客間を出ようとする。南郷はもう、和彦を捕まえようとはしなかった。さんざん嬲って気が済んだのか、互いに遅刻はまずいと思っているのか。
 吾川がやってくる前に、和彦は浴室へと逃げ込む。熱いシャワーを浴びながら、とにかく必死に全身を洗う。仕事がなければ、いつまででも閉じこもっていたいところだが、そうもいかない。
 髪を乾かしてから、勇気を振り絞って客間に戻ってみたが、南郷の姿はなかった。それに、漆塗りの文箱も。布団も一見整えられており、何もかも悪い夢だったのだと錯覚を起こしそうになる。
 嵐に巻き込まれたようだと、大きく息を吐き出した和彦はその場に座り込んだ。

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