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第41話
(9)
しおりを挟む移動する車中で、和彦と南郷は一言も口を利かなかった。
どこに連れて行かれるのかという不安に駆られながらも和彦は、同時に投げ遣りな気持ちにもなっていた。あまりに様々なことを知って、とにかく疲弊しきっていたのだ。心が擦り切れて、いまさら南郷に傷つけられたところで、どうでもいいという心境にすら陥っている。
頭は痛み続け、吐き気は治まらない。シートに身を預けたまま、外の様子をうかがうために視線を動かすことすら、つらい。それでも心は葛藤し続けていた。コートのポケットに入れてある携帯電話を取り出し、せめて電源ぐらい入れるべきではないだろうかと。
しかし、即座にかかってくるはずの電話に出て、事情を話す勇気はなかった。今の自分の言葉には、きっと毒が滲み出ていると和彦は思うのだ。誰にも触れさせたくない、物心ついたときから心の底に溜まり続けていた毒だ。それは、和彦の本性ともいえる。
一人で抱え、苦しむべきなのだ――。
和彦は知らず知らずのうちに、暗い眼差しを目の前の運転席へと向けていた。南郷になら、むしろ毒を叩き込んでやりたいと、ふっと考え、そんな自分にゾッとする。
和彦が身じろぎをするたびに、南郷がこちらの様子をうかがう素振りを見せる。だが、やはり声はかけてこない。
伏せ続けていた視線をようやく上げると、車はいつの間にかまったく見覚えのない場所を走っていた。郊外の住宅街といった景観で、どこか画一的な住宅が並んでいる。
そこを抜けると、昔ながらの町並みが残っているようだが、ぽつぽつと灯った街灯だけでは、辺りの様子すべてを把握することはできない。
向かっている先の見当がまったくつかず、押し潰されそうな不安に耐えかねた和彦は、とうとうコートのポケットに手を忍び込ませる。携帯電話に指先が触れた瞬間、唐突に南郷が話しかけてきた。
「――黄色っぽい建物が見えるか?」
ビクリと体を震わせた和彦は、反射的に背筋を伸ばす。
「えっ……」
「暗くて見えにくいが、黄色くて四角い建物だ。あんたの今夜の宿泊場所だ」
南郷が前方を指さした先には、確かに黄色っぽい角ばった二階建ての建物がある。住宅というより、小規模なアパート程度の大きさがあり、どういった場所なのだろうと和彦は目を凝らす。
そこで、黄色い建物の壁に、可愛らしい動物の絵が描かれていることに気づいた。
建物の前で一旦車を降りた南郷は、鉄門扉に巻きつけた鎖を解いて開ける。和彦は身を乗り出すようにして、ヘッドライトの明かりに照らし出される先を見つめる。そこにあるのは駐車場ではなく、いくらか雑草が伸びてはいるが、広々とした庭だった。しかも、ただの庭ではない。
鉄棒や滑り台、ジャングルジムにシーソーといった遊具を一つ一つ確認して、和彦は目を丸くする。その間に南郷が戻ってきて、遊具がある庭へと堂々と車を進めた。
「降りていいぞ、先生」
南郷に言われ、立てこもるわけにもいかず、おずおずと車を降りる。ヘッドライトに代わり、人の動きを感知したセンサーライトが庭を照らし、砂場らしきものの存在に気づく。
「南郷さん、ここ――」
「寒いから、早く中に入ってくれ」
もう少し観察したい気持ちもあったが、確かに寒い。暖かい車内から外に出たこともあり、吹きつけてくる風の冷たさが一層身に染みて、和彦は首を竦める。
南郷について暗い玄関に入ると、傍らには背の低い下駄箱が並んでいた。そこに、無骨なほど大きなサンダルや運動靴が突っ込まれている。
さっさと靴を脱いだ南郷は、和彦の分のスリッパを出すと、慣れた様子で廊下の電気をつけ、玄関から一番近い部屋に入っていく。一人残された和彦は戸惑いながらもスリッパに履き替え、辺りの様子をうかがう。
静かだった。それに、空気が冷え切っている。玄関の正面から伸びた廊下にはうっすらと足跡が残っており、しばらく掃除をしていないことをうかがわせる。庭に通じる窓にふらりと歩み寄ろうとしたが、すぐに南郷が戻ってきて、天井を指さした。二階に行くということらしい。
仕方なく南郷のあとに続いて階段を上ろうとした和彦だが、よろめき、咄嗟に手すりに掴まっていた。足元に感じた違和感の正体にはすぐに気づいた。
庭の遊具に、背の低い下駄箱、そして、子供の足に合わせたような段差の階段。
一段ずつ飛ばして階段を上りながら、和彦は自分の中で結論を出す。南郷のほうも、和彦が察しているという前提で話し始めた。
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