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第44話
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里見は、こちらの意図を探るように一瞬鋭い目つきとなったが、すぐに目元を和らげた。
「なかなか強烈な女性らしいね」
「知ってるのっ?」
反対に和彦のほうが驚いてしまい、つい声が大きくなる。店内は、夕食時にはまだ少し早く、さほど客は入っていない。誰もこちらに注意を向けていないのを確認して、和彦は声を落とした。
「里見さんも、会ったことが……」
「まさか。ただ、英俊くんがたまにこぼすのを、聞いていたんだ」
和彦も他人のことを言えないが、里見と英俊の関係はよくわからない。割り切った関係で、互いを利用し合っているだけだと里見は言っていたが、そんな簡単なものではないと、当事者でない和彦にも断言できる。今でもつき合いのある元上司の息子と関係を持つリスクは、ささやかな憂さ晴らしの見返りとしては、抱えるには大きすぎる。
かつての和彦と里見がそうだったように、英俊との間にも、きっと情が介在している。
「……里見さん、平気だったの、それ」
「それ、とは」
「兄さんが結婚するかも、という話」
「おれには、佐伯家のことで口出しする権利はないよ。英俊くんも納得して、出馬や結婚について話を進めているんだ」
そうではないと、本当は言ってしまいたかった。俊哉から聞いた話では、英俊は、そのどちらにも迷い始めている。
うな重が運ばれてきて、二人の前に置かれる。割り箸を手にしたものの和彦は、すぐには食べ始められなかった。自分でも意外なほど、昼間の出来事が澱のように重く心に沈んでいる。
「ぼくは、女性相手はスタッフや患者さんで慣れてると思ったけど、あの人は……、苦手かもしれない」
「兄弟で、感性が似ているんだね」
「どうだろ。でも、兄さんも何か感じてるのかな。だったら――」
あえて結婚しなくてもいいのではないか。そう思いはしたものの、口には出せない。佐伯家の家柄に見合う相手を、両親は慎重に探し出したはずだ。これまで部外者として生活し、ほんの数日、実家に里帰りをして事情に触れただけの和彦に、意見は許されない。
「ぼくに求められているのは、佐伯家のための駒としての役割だ。だったらいっそのこと、家族の事情なんて何も知りたくなかった。知ってしまったから、あれこれ考えてしまう」
「君を煩わせている原因の一つだな。おれは」
和彦は微苦笑を浮かべたあと、誤魔化すように食事を始める。
「――彼女は、何か言っていた?」
店に立て続けに客が入り、いくらかにぎやかになってきたところで、里見に問われる。和彦はそっと眉をひそめた。
俊哉からの口止めをあっさり反故にしたのは、英俊と関係を持つ里見には聞く権利があると思ったからだ。義務とすら言ってもいいかもしれない。
「兄さんの知らないところで、ぼくに会いたかったんだと言っていた。行方をくらましていた不肖の次男坊が、また姿を現したんだから、何かあると思われても仕方ない。どんな厄介事を抱えているのか、相手も探りたかったんだろう。まるで、尋問だったよ」
前に鷹津から、英俊の婚約者について簡単な報告を受けてはいたが、そのときはただ漠然と、世間知らずの箱入り娘を想像したものだ。しかし、実際目の前にすると、その想像はかけ離れたものだと痛感した。
華やかな雰囲気と顔立ちの、勝ち気そうな瞳が印象的な女性だった。将来、義父となるかもしれない俊哉が同席していることもあって、口調は丁寧ではあったが、ときおり高姿勢さも覗かせ、いくぶん和彦は気圧され気味だった。暴力を後ろ盾にした男たちの圧の強さとはまた違う、緩々と締め付けられるような息苦しさを覚えたのだ。
「……笑えるよ。ぼくは、医者として進む道に迷って、自分探しの旅に出ていたことになってた。父さんも兄さんも、ぼくの現状の説明には苦労したんだろうね」
じわりと怒りがこみ上げてきたのは、精神的疲労のせいだけではない。他人から注がれた毒に触発されて、和彦自身が毒を放ちたがっていた。それができる相手は今のところ、事情を知っている里見しかいない。
『あなたでもよかった』
電話に出るため俊哉が中座したとき、二人きりとなった場で婚約者は言った。最初は意味が理解できなかった和彦に、彼女は楽しげに説明してくれた。
「なかなか強烈な女性らしいね」
「知ってるのっ?」
反対に和彦のほうが驚いてしまい、つい声が大きくなる。店内は、夕食時にはまだ少し早く、さほど客は入っていない。誰もこちらに注意を向けていないのを確認して、和彦は声を落とした。
「里見さんも、会ったことが……」
「まさか。ただ、英俊くんがたまにこぼすのを、聞いていたんだ」
和彦も他人のことを言えないが、里見と英俊の関係はよくわからない。割り切った関係で、互いを利用し合っているだけだと里見は言っていたが、そんな簡単なものではないと、当事者でない和彦にも断言できる。今でもつき合いのある元上司の息子と関係を持つリスクは、ささやかな憂さ晴らしの見返りとしては、抱えるには大きすぎる。
かつての和彦と里見がそうだったように、英俊との間にも、きっと情が介在している。
「……里見さん、平気だったの、それ」
「それ、とは」
「兄さんが結婚するかも、という話」
「おれには、佐伯家のことで口出しする権利はないよ。英俊くんも納得して、出馬や結婚について話を進めているんだ」
そうではないと、本当は言ってしまいたかった。俊哉から聞いた話では、英俊は、そのどちらにも迷い始めている。
うな重が運ばれてきて、二人の前に置かれる。割り箸を手にしたものの和彦は、すぐには食べ始められなかった。自分でも意外なほど、昼間の出来事が澱のように重く心に沈んでいる。
「ぼくは、女性相手はスタッフや患者さんで慣れてると思ったけど、あの人は……、苦手かもしれない」
「兄弟で、感性が似ているんだね」
「どうだろ。でも、兄さんも何か感じてるのかな。だったら――」
あえて結婚しなくてもいいのではないか。そう思いはしたものの、口には出せない。佐伯家の家柄に見合う相手を、両親は慎重に探し出したはずだ。これまで部外者として生活し、ほんの数日、実家に里帰りをして事情に触れただけの和彦に、意見は許されない。
「ぼくに求められているのは、佐伯家のための駒としての役割だ。だったらいっそのこと、家族の事情なんて何も知りたくなかった。知ってしまったから、あれこれ考えてしまう」
「君を煩わせている原因の一つだな。おれは」
和彦は微苦笑を浮かべたあと、誤魔化すように食事を始める。
「――彼女は、何か言っていた?」
店に立て続けに客が入り、いくらかにぎやかになってきたところで、里見に問われる。和彦はそっと眉をひそめた。
俊哉からの口止めをあっさり反故にしたのは、英俊と関係を持つ里見には聞く権利があると思ったからだ。義務とすら言ってもいいかもしれない。
「兄さんの知らないところで、ぼくに会いたかったんだと言っていた。行方をくらましていた不肖の次男坊が、また姿を現したんだから、何かあると思われても仕方ない。どんな厄介事を抱えているのか、相手も探りたかったんだろう。まるで、尋問だったよ」
前に鷹津から、英俊の婚約者について簡単な報告を受けてはいたが、そのときはただ漠然と、世間知らずの箱入り娘を想像したものだ。しかし、実際目の前にすると、その想像はかけ離れたものだと痛感した。
華やかな雰囲気と顔立ちの、勝ち気そうな瞳が印象的な女性だった。将来、義父となるかもしれない俊哉が同席していることもあって、口調は丁寧ではあったが、ときおり高姿勢さも覗かせ、いくぶん和彦は気圧され気味だった。暴力を後ろ盾にした男たちの圧の強さとはまた違う、緩々と締め付けられるような息苦しさを覚えたのだ。
「……笑えるよ。ぼくは、医者として進む道に迷って、自分探しの旅に出ていたことになってた。父さんも兄さんも、ぼくの現状の説明には苦労したんだろうね」
じわりと怒りがこみ上げてきたのは、精神的疲労のせいだけではない。他人から注がれた毒に触発されて、和彦自身が毒を放ちたがっていた。それができる相手は今のところ、事情を知っている里見しかいない。
『あなたでもよかった』
電話に出るため俊哉が中座したとき、二人きりとなった場で婚約者は言った。最初は意味が理解できなかった和彦に、彼女は楽しげに説明してくれた。
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