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05 婚約者は行方不明(ラウル視点)
しおりを挟む ギルツ家が見えた時、「ドーン」という爆音が轟いた。街が騒然とする。
「何だ!」
「襲撃か!?」
そのままパニックに陥るかと思いきや、人々は周囲を見回すと「危険はないようだ」と話して、日常に戻って行った。
(……やけに順応しているな)
戦地にいるわけでもないのに、争い慣れしているのを不思議に思ったが、今はそれどころではない。心に湧き上がる疑問を投げ捨て、先を急ぐ。
門が開いていたのを、これ幸いに、玄関前まで乗りつけた。馬から飛び降りると、ドアを荒々しくノックして勝手に開ける。
「御免!」
驚いた家令が飛び出してきた。
「ラ、ラウル殿!? なぜ、こちらに!?」
「先触れもなく失礼します! アリス殿は、ご無事ですか!?」
(あ、彼女はいないのだった)
「いいえっ、何も問題ございません! ど、どうぞ、お引き取りを」
何もないわけがないだろう、花瓶が床で割れているし、貴婦人の像も倒れて粉々だ。爆発音の振動によるものならば、音の発生源はここで間違いないのに、なぜ隠す。
それに、いつもは冷静沈着な彼が、ここまで取り乱すとはおかしい。疑う俺の目を見て察したのか、背筋を正し、笑顔を作る。
「ラウル様、お仕事に差し支えては大変でございます。お見送りいたしましょう」
家令は必死に追い返そうとするが、納得のいく答えをもらうまでは、帰るつもりはない。
その時、二階から声が飛んできた。
「ジル! アリスがいないぞ!」
(行方不明だと? 彼女は誘拐されたのか!?)
その瞬間、俺の足は勝手に動いた。
「旦那様! ラウル殿がお見えになっております!」
「さ、先に言わんか!」
後ろでは慌てた家令が叫び、二階からは、まずいことになったと言わんばかりの声がする。
俺に見られなくないのなら、行くしかない。階段を駆け上がり、部屋に近づくと、ようやく現状が把握できた。
「……なんてことだ」
アリス殿の部屋は、ドアが無惨にも吹き飛ばされて、見る影もない。家具もめちゃくちゃな状態で転がっている。
念願の彼女の部屋を見られたというのに、喜びはなく、焦燥感に駆られる。無意識のうちに彼女の姿を探すが、どこにもいない。
(ああ、そうだった)
いないと分かっているのに、探してしまうとは、いかに自分が冷静さを失っているかを思い知る。
(落ち着け、俺)
非常事態に陥った時こそ、頭を冷やさなければいけない。感情に振り回されると、大切な事を見落としてしまう。
「部屋を破壊したのは何者ですか。アリス殿に何があったか、お聞かせください」
お父上に向かい、説明を求める。
「ドアを壊したのは、私だ。アリスから返事がなくてな。まさか、バリケードまで築かれていたとは」
ならば、家族の侵入を阻止するために、犯人が大型家具で入口を塞いだのだな。単独犯か複数かは不明だが、徹底している。
「アリス殿は、拐かされたのですね。すぐに、騎士団を派遣しましょう!」
「それには及びません。誘拐ではないからです」
家令が、ハッキリと否定した。
「では、何だと言うのですか!? アリス殿が自ら鍵をかけ、重い家具でドアを封鎖し、窓から逃げたとでも? か弱い女性が、そこまでするのは何のためですか?」
先ほどから、妙に違和感があると思ったが、ようやく分かった。
アリス殿が行方不明という緊急事態だというのに、二人からは、心配している様子が感じられない。あるとすれば、『苛立ち』だろうか。
父君と家令は黙ってしまった。
(……何かを隠している。言えない事なのか)
……人に話せば、アリス殿の命はないと、何者かに脅されているのか? 「言うことを聞けば、娘の命だけは助けてやる」と言われたら、何があろうと口を割らないだろう。
これ以上は、時間の無駄だ。
「捜索にあたります。失礼!」
走りながらペンダントを握り、指輪の場所を探った。どうやら、特定の場所で止まっているようだが、ここなら目を閉じても行ける。
馬に飛び乗ると、行き先を告げた。
「学園だ。急いでくれ。最悪の事態は回避せねば」
俺は、一つの仮説を立てた。
彼女の部屋に何者かが侵入し、彼女を誘拐した。
そいつは、家族に口止めした後、怯えるアリス殿とともに、学園へ侵入する。ギルツ家の従者に扮すれば、怪しまれる事はない。
奴らの狙いは、王侯貴族の子どもたちだ。
(彼らを人質にされたら、非常に厄介な事になる)
人質の安全を最優先にするのは当たり前だし、誰の命も等しく大切だ。
だが、未来の王になられる、王女殿下も在籍していることは、絶対に無視できない。
国家を揺るがすクーデターや内乱、他国の陰謀など、考え始めたらキリがない。下手をすれば、大勢の人が命を落とし、国が崩壊してしまう。
(俺の悪い癖だ。常に、最悪の事態を想定して動く)
杞憂であって欲しいが、アリス殿の無事を確認するまでは、とても安心できない。
「頼むから、間に合ってくれ」
彼女の無事を祈りながら、俺は全力で馬を走らせた。
「何だ!」
「襲撃か!?」
そのままパニックに陥るかと思いきや、人々は周囲を見回すと「危険はないようだ」と話して、日常に戻って行った。
(……やけに順応しているな)
戦地にいるわけでもないのに、争い慣れしているのを不思議に思ったが、今はそれどころではない。心に湧き上がる疑問を投げ捨て、先を急ぐ。
門が開いていたのを、これ幸いに、玄関前まで乗りつけた。馬から飛び降りると、ドアを荒々しくノックして勝手に開ける。
「御免!」
驚いた家令が飛び出してきた。
「ラ、ラウル殿!? なぜ、こちらに!?」
「先触れもなく失礼します! アリス殿は、ご無事ですか!?」
(あ、彼女はいないのだった)
「いいえっ、何も問題ございません! ど、どうぞ、お引き取りを」
何もないわけがないだろう、花瓶が床で割れているし、貴婦人の像も倒れて粉々だ。爆発音の振動によるものならば、音の発生源はここで間違いないのに、なぜ隠す。
それに、いつもは冷静沈着な彼が、ここまで取り乱すとはおかしい。疑う俺の目を見て察したのか、背筋を正し、笑顔を作る。
「ラウル様、お仕事に差し支えては大変でございます。お見送りいたしましょう」
家令は必死に追い返そうとするが、納得のいく答えをもらうまでは、帰るつもりはない。
その時、二階から声が飛んできた。
「ジル! アリスがいないぞ!」
(行方不明だと? 彼女は誘拐されたのか!?)
その瞬間、俺の足は勝手に動いた。
「旦那様! ラウル殿がお見えになっております!」
「さ、先に言わんか!」
後ろでは慌てた家令が叫び、二階からは、まずいことになったと言わんばかりの声がする。
俺に見られなくないのなら、行くしかない。階段を駆け上がり、部屋に近づくと、ようやく現状が把握できた。
「……なんてことだ」
アリス殿の部屋は、ドアが無惨にも吹き飛ばされて、見る影もない。家具もめちゃくちゃな状態で転がっている。
念願の彼女の部屋を見られたというのに、喜びはなく、焦燥感に駆られる。無意識のうちに彼女の姿を探すが、どこにもいない。
(ああ、そうだった)
いないと分かっているのに、探してしまうとは、いかに自分が冷静さを失っているかを思い知る。
(落ち着け、俺)
非常事態に陥った時こそ、頭を冷やさなければいけない。感情に振り回されると、大切な事を見落としてしまう。
「部屋を破壊したのは何者ですか。アリス殿に何があったか、お聞かせください」
お父上に向かい、説明を求める。
「ドアを壊したのは、私だ。アリスから返事がなくてな。まさか、バリケードまで築かれていたとは」
ならば、家族の侵入を阻止するために、犯人が大型家具で入口を塞いだのだな。単独犯か複数かは不明だが、徹底している。
「アリス殿は、拐かされたのですね。すぐに、騎士団を派遣しましょう!」
「それには及びません。誘拐ではないからです」
家令が、ハッキリと否定した。
「では、何だと言うのですか!? アリス殿が自ら鍵をかけ、重い家具でドアを封鎖し、窓から逃げたとでも? か弱い女性が、そこまでするのは何のためですか?」
先ほどから、妙に違和感があると思ったが、ようやく分かった。
アリス殿が行方不明という緊急事態だというのに、二人からは、心配している様子が感じられない。あるとすれば、『苛立ち』だろうか。
父君と家令は黙ってしまった。
(……何かを隠している。言えない事なのか)
……人に話せば、アリス殿の命はないと、何者かに脅されているのか? 「言うことを聞けば、娘の命だけは助けてやる」と言われたら、何があろうと口を割らないだろう。
これ以上は、時間の無駄だ。
「捜索にあたります。失礼!」
走りながらペンダントを握り、指輪の場所を探った。どうやら、特定の場所で止まっているようだが、ここなら目を閉じても行ける。
馬に飛び乗ると、行き先を告げた。
「学園だ。急いでくれ。最悪の事態は回避せねば」
俺は、一つの仮説を立てた。
彼女の部屋に何者かが侵入し、彼女を誘拐した。
そいつは、家族に口止めした後、怯えるアリス殿とともに、学園へ侵入する。ギルツ家の従者に扮すれば、怪しまれる事はない。
奴らの狙いは、王侯貴族の子どもたちだ。
(彼らを人質にされたら、非常に厄介な事になる)
人質の安全を最優先にするのは当たり前だし、誰の命も等しく大切だ。
だが、未来の王になられる、王女殿下も在籍していることは、絶対に無視できない。
国家を揺るがすクーデターや内乱、他国の陰謀など、考え始めたらキリがない。下手をすれば、大勢の人が命を落とし、国が崩壊してしまう。
(俺の悪い癖だ。常に、最悪の事態を想定して動く)
杞憂であって欲しいが、アリス殿の無事を確認するまでは、とても安心できない。
「頼むから、間に合ってくれ」
彼女の無事を祈りながら、俺は全力で馬を走らせた。
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