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「ありがとう。後は、一人で大丈夫よ」
食い下がるレオンにお礼を言うと、半ば強引にドアを閉めた。鍵をかけ、ようやく一人になれたことにホッとする。
それにしても、いろいろあった。こんなに頭と体を酷使した日はない。明日は、知恵熱が出そうな予感がするが、私は家に帰れるのだろうか。ここで体調を崩しても看病してくれる人はいないぞ。
少しでも体を休めたいと思った私は、ドレスからワンピースに着替えようとして気付く。
しまった。
このドレス、一人じゃ脱げない。
その時、ドアをノックする音がした。
部屋付きのメイドが来たのかと思い「さすがはプロ、タイミングも完璧ね」と感動しながら声をかける。
「どなた?」
返事がない代わりに、カチャリと鍵を開ける音がした。心臓がドキリと跳ね、顔から血の気が引く。メイドがこんなことをするはずがないから、間違いなく不審者だ。バリケードを築きたくても、今からでは大型家具の移動が間に合わない。
「誰なの!?」
問いに答えるように、ドアが「バーン!」と大きな音を立てて開く。
そこには、怒りに震える小太りのおじさんがいた。髪は薄いし、私の胸の高さほどの身長しかないが、異様な存在感と迫力がある。服は上等だが、それを着ている本人に品性を感じられないのが残念だ。不思議なことに、おじさんの周りには、黒い影のようなものがまとわりついているように見えた。
「お前! よくも俺の邪魔をしてくれたな!」
初対面の人に、いきなり怒られた。心当たりはないから、人違いではないだろうか。
「忘れたとは言わせないぞ! 学園の門番、養い親と家具屋、それに古着屋の店員たちを逮捕させたな! レストランでも、俺の仲間を騎士に突き出しただろう! よくもやってくれたな! 長年温めてきた、俺の計画がぶち壊しだ! それで国を守ったつもりか! この偽善者が!」
えーと、ごめんなさいね。全部覚えがあるにはあるのだけれど、それは、私が悪いのだろうか。
たまたまその場に遭遇しただけなのに、一方的に責められても困ってしまう。それに、法を犯した人が捕まるのは当然であって、被害を受けた側が非難されるのはおかしい。
おじさんもお忘れなきよう。あなたが、ポロリとこぼした言葉を私は聞き逃さなかったぞ。一体、どんな計画を立てていらしたのか、ぜひともお伺いしたい。ただし、自警団のみなさまとご一緒に。
「やめろ! アリスは無関係だ!」
「黙れ! 部外者は口を挟むな! 出て行け!」
レオンが駆け付けてくれて、小太りのおじさんと部屋の入口で揉めている。おじさんは意外に強く、レオンが押されていた。そこへ、ダダダダと廊下を駆け抜ける音が近付いて来たので注意を向けると、現れたのはあの人だった。
「アリス殿! 誤解を解きたい! 話を聞いてくれ!」
今ですかー!
空気の読めない発言をしたラウル様は、小太りのおじさんとレオンを華麗にかわすと室内に駆け込み、その勢いのまま私を抱きしめた。
「やっと会えた! すまなかった! 全面的に俺が悪い! 許してくれ! 俺は、君が好きなんだ!」
……え、いま、なんて?
「何しとるんだ、貴様ら!」
「アリス、離れて!」
二人の声で、私たちは我に返った。
パッと離れると、彼は私の前に立ち、おじさんと対峙する。背中しか見えないから、どんな表情をしているか分からない。
さっき言ったことは、本当だろうか。
もう一度、聞かせて欲しい。
「若造! その娘を寄越せ! 邪魔をするなら容赦しないぞ!」
「全力で邪魔をさせてもらおう。同意を得ずに婦女子の部屋に侵入した罪で、あなたを連行する」
いかん、話が進んでいるではないか。
目の前のことに集中しなくては。
おじさんは、人が増えても強気の姿勢を崩さないのか。その精神力は尊敬に値するが、言っていることはダメダメだ。
「ハゥラス様! 何かの間違いだと言ってください!」
「なっ、クロード! なぜ、ここに!」
ここで、ようやくおじさんの名前が判明した。二人には深い事情があるようで、私が口を挟める雰囲気ではない。
レオンは、さりげなく私とラウル様を離すと、窓辺に誘導する。おじさんたちのケンカに巻き込まれないように、安全な距離を保ってくれたのだろうか。
「アリスは、外を何とかしなきゃね」
外とは?
そういえば、さっきから大勢の人が騒いでいる声がするとは思っていたのだ。私の耳に入っていないだけで、今夜は街でお祭でもあるのだろうか。
窓に近寄り下を見ると、予想の斜め上を遥かに超える光景が広がっていた。
「アリス様! アリス様!」
道いっぱいに人が溢れ、シュプレヒコールが起こっている。顔面蒼白の私が振り返ると、レオンはニッコリ笑う。
「さあ、ファンがお待ちかねだ。あそこまで盛り上がった参加者を、どう沈静化させるのか腕の見せどころだよ」
そんな腕など、私にはない。あるのは、ぷよぷよの二の腕だけだ。バルコニーに出てこれを見せても、ブーイングが起こるのは目に見えている。
でも、長い月日を費やしてくださった皆さまに、私も何らかの形で報いなければ申し訳が立たないのも事実だ。
こうして、たいした策もないまま、私はバルコニーに続く戸を開けた。
食い下がるレオンにお礼を言うと、半ば強引にドアを閉めた。鍵をかけ、ようやく一人になれたことにホッとする。
それにしても、いろいろあった。こんなに頭と体を酷使した日はない。明日は、知恵熱が出そうな予感がするが、私は家に帰れるのだろうか。ここで体調を崩しても看病してくれる人はいないぞ。
少しでも体を休めたいと思った私は、ドレスからワンピースに着替えようとして気付く。
しまった。
このドレス、一人じゃ脱げない。
その時、ドアをノックする音がした。
部屋付きのメイドが来たのかと思い「さすがはプロ、タイミングも完璧ね」と感動しながら声をかける。
「どなた?」
返事がない代わりに、カチャリと鍵を開ける音がした。心臓がドキリと跳ね、顔から血の気が引く。メイドがこんなことをするはずがないから、間違いなく不審者だ。バリケードを築きたくても、今からでは大型家具の移動が間に合わない。
「誰なの!?」
問いに答えるように、ドアが「バーン!」と大きな音を立てて開く。
そこには、怒りに震える小太りのおじさんがいた。髪は薄いし、私の胸の高さほどの身長しかないが、異様な存在感と迫力がある。服は上等だが、それを着ている本人に品性を感じられないのが残念だ。不思議なことに、おじさんの周りには、黒い影のようなものがまとわりついているように見えた。
「お前! よくも俺の邪魔をしてくれたな!」
初対面の人に、いきなり怒られた。心当たりはないから、人違いではないだろうか。
「忘れたとは言わせないぞ! 学園の門番、養い親と家具屋、それに古着屋の店員たちを逮捕させたな! レストランでも、俺の仲間を騎士に突き出しただろう! よくもやってくれたな! 長年温めてきた、俺の計画がぶち壊しだ! それで国を守ったつもりか! この偽善者が!」
えーと、ごめんなさいね。全部覚えがあるにはあるのだけれど、それは、私が悪いのだろうか。
たまたまその場に遭遇しただけなのに、一方的に責められても困ってしまう。それに、法を犯した人が捕まるのは当然であって、被害を受けた側が非難されるのはおかしい。
おじさんもお忘れなきよう。あなたが、ポロリとこぼした言葉を私は聞き逃さなかったぞ。一体、どんな計画を立てていらしたのか、ぜひともお伺いしたい。ただし、自警団のみなさまとご一緒に。
「やめろ! アリスは無関係だ!」
「黙れ! 部外者は口を挟むな! 出て行け!」
レオンが駆け付けてくれて、小太りのおじさんと部屋の入口で揉めている。おじさんは意外に強く、レオンが押されていた。そこへ、ダダダダと廊下を駆け抜ける音が近付いて来たので注意を向けると、現れたのはあの人だった。
「アリス殿! 誤解を解きたい! 話を聞いてくれ!」
今ですかー!
空気の読めない発言をしたラウル様は、小太りのおじさんとレオンを華麗にかわすと室内に駆け込み、その勢いのまま私を抱きしめた。
「やっと会えた! すまなかった! 全面的に俺が悪い! 許してくれ! 俺は、君が好きなんだ!」
……え、いま、なんて?
「何しとるんだ、貴様ら!」
「アリス、離れて!」
二人の声で、私たちは我に返った。
パッと離れると、彼は私の前に立ち、おじさんと対峙する。背中しか見えないから、どんな表情をしているか分からない。
さっき言ったことは、本当だろうか。
もう一度、聞かせて欲しい。
「若造! その娘を寄越せ! 邪魔をするなら容赦しないぞ!」
「全力で邪魔をさせてもらおう。同意を得ずに婦女子の部屋に侵入した罪で、あなたを連行する」
いかん、話が進んでいるではないか。
目の前のことに集中しなくては。
おじさんは、人が増えても強気の姿勢を崩さないのか。その精神力は尊敬に値するが、言っていることはダメダメだ。
「ハゥラス様! 何かの間違いだと言ってください!」
「なっ、クロード! なぜ、ここに!」
ここで、ようやくおじさんの名前が判明した。二人には深い事情があるようで、私が口を挟める雰囲気ではない。
レオンは、さりげなく私とラウル様を離すと、窓辺に誘導する。おじさんたちのケンカに巻き込まれないように、安全な距離を保ってくれたのだろうか。
「アリスは、外を何とかしなきゃね」
外とは?
そういえば、さっきから大勢の人が騒いでいる声がするとは思っていたのだ。私の耳に入っていないだけで、今夜は街でお祭でもあるのだろうか。
窓に近寄り下を見ると、予想の斜め上を遥かに超える光景が広がっていた。
「アリス様! アリス様!」
道いっぱいに人が溢れ、シュプレヒコールが起こっている。顔面蒼白の私が振り返ると、レオンはニッコリ笑う。
「さあ、ファンがお待ちかねだ。あそこまで盛り上がった参加者を、どう沈静化させるのか腕の見せどころだよ」
そんな腕など、私にはない。あるのは、ぷよぷよの二の腕だけだ。バルコニーに出てこれを見せても、ブーイングが起こるのは目に見えている。
でも、長い月日を費やしてくださった皆さまに、私も何らかの形で報いなければ申し訳が立たないのも事実だ。
こうして、たいした策もないまま、私はバルコニーに続く戸を開けた。
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