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番外編・小話集
閑話 秘すれば花、秘せねば花なるべからず 2
しおりを挟むその怒りの感情のままに貴美子はテーブルを回り、男の前まで来ると、相変わらず面白そうに目をきらめかせている雅史の腹に一発拳を見舞った。
ドスッ。
斜めからのフックとはいえ、みぞおちに綺麗に拳が入り込み―――。
「ぐぇ!」
とカエルが潰れたような声を出した男が、腹を抱えて机に屈伏すのを見守った貴美子はフンッと鼻息も荒く席に戻った。
せいせいした!
のたうち回るがいい!
そして、月曜日の会社のことを考えてそのイケメン顔でなかったことを感謝しろ!
「いてぇ……」
雅史が呻く。
席に着いた貴美子は、あちこちから驚愕の視線が飛んでくるのに気付いた。
どうやら一連のやり取りは夕食時の他の客の注目も浴びてしまったようだ。
美男美女のカップルが修羅場っぽい場面を演じているのだ。それも当然だろう。
だが頭に血が上っている上に普段から見られるのに慣れている貴美子は気にしなかった。
気にせず食事に戻ってフォークと取り上げた。向かいの席で腹を抱えている男を気にすることもなくだ。
そして当の殴られた本人である雅史もあまり他人の目は気にしないようだった。
なぜなら腹を抱えて痛みに呻きながらも笑い始めたのだから。
伏せながらくつくつ笑い出した男に、貴美子は胡乱な視線を送った。
腹の痛みが頭にでも回ってきておかしくなったのだろうか。
そんな視線の中で男は顔を上げた。
痛みのせいか笑ったためなのか、やや涙目になっている男は顔を若干歪ませているとはいえ、やっぱりイケメンで。
貴美子はさらにムカついた。
「あー、痛ぇ。空手を習っていた奴の拳はやっぱり女とはいえキツイ」
そう言いながらなぜか痛みに顔を歪ませつつ笑う上司に、貴美子はキツイ視線を送った。
どうして自分が護身術として空手をやっていたのを知っているのだろう。
……答えは聞くまでもない。
更にムカついた。
カタンと音をたてて手にしていたフォークをテーブルの置く。
貴美子が浮かべている剣呑な表情が分かったのだろうか、雅史は苦笑しながら両手を降参という風に上げた。
「言っておくけどお前のことを調べたわけじゃないぞ。水沢が以前ペラペラ喋っていたのを覚えていただけだ」
……確かに明美なら貴美子が護身術を習っていたことを知っている。
そして彼女なら、言っても大丈夫だと判断した情報は人にペラペラ喋ることも。
貴美子は剣呑な表情を和らげた。だが睨みつけるのをやめたわけじゃない。
「言っておくけど殴られたのは自業自得ですからね! 人の秘密を条件がわりにペラペラ曝露しようとするから!」
「まぁ、それは自覚してるよ」
雅史は苦笑しながらそう答え――その直後、またもや突然、くつくつ笑い出した。
「子供を守る雌ライオンみたいだな、お前。いや、上条が子猫っぽいから雌ネコか?」
「……何を笑ってるんですか!」
貴美子はキーっとキレかけた。自分を揶揄していると思ったからだ。
だけど、その次の言葉に怒りは矛先を失った。
「お前はそれでいい。だからこそお前にだけは話したんだ。そうやって上条を守ってやってくれ」
「―――え?」
――雅史はいつの間にか笑いを止めて、貴美子を見ていた。
その目はとても静かで、さっきまでの面白そうなきらめきは一切ない。
「……主任?」
「あいつはあれでも可愛い部下だからな。出来る範囲内で俺だって守ってやりたいが……」
そう言った後、雅史は苦笑する。
「だけど俺は彰人の補佐役で、友人だ。付き合いだって長い。だから、どうしたってあいつの方を優先する。この問題に限っては上条と彰人を両方守ることはできない。そして俺は――――彰人か上条のどっちかとなったら迷うことなく彰人を取る」
貴美子には雅史の言っていることがほとんど分からなかった。
守る? 係長と上条ちゃんのどっちかを?
……意味がわからない。
だけど、これだけは確かだ。ここに居るのはさっきまでのにやにや笑いを浮かべていた男とは――違う。
だからこそ、本音でそう言っているのを感じた。
「だけどそれじゃフェアじゃないからな。あいつが三条家の血を引く娘じゃなければこんなこと俺も考えないで済んだんだが……。だから上条にも全てを知った上で味方になってやれる奴がいればいいと思ってお前を選んだ。お前は俺とは反対に、彰人か上条のどっちかを守らなければならないとなったら絶対に上条を取るだろうから」
「……何を言ってるのかわからないけど、係長だったら自分で自分の身は守れるでしょう? 上条ちゃんを守ってあげるのは当然だわ」
そう切り返した貴美子に、雅史は笑った。
今度は面白そうに目を輝かせてだ。
「そう言うと思った。やっぱり俺の目に狂いはないな。お前なら全てを知った上で、上条を守るために彰人にだって牙をむくだろう。それでいいんだ。だからこそお前に上条の素性を話すことにしたんだ。まぁ、お前とデートしたかったってのもあるけどな」
「……言っていることがさっぱり分からないんだけど」
だけど、貴美子はさっきまでの怒りがすっかり霧散しているのを感じた。
この男は“守る”という言葉を使った。
そして言葉の端々から係長とそしてあの子――上条ちゃんに対する気遣いのようなものが感じられた。
だから悟らざるを得ない。
自分にこうして彼女の秘密を曝露したのは単にデートの口実に使いたかっただけではなくて。
……彼なりの考えがあってそうしたのだと。
―――まったく。
この男はいつもそうだ。
いつだって『この方が面白いだろ?』とふざけているのかと思わせて。
だけどいつだって、その言葉の裏にいろんな思惑や気遣いを隠してて――飄々としているのだ。
貴美子をいつも怒らせて、キリキリさせて。
後から本当のことがわかってばつの悪い思いをさせる。
いつだって。
今だって。
――――だからこの男は嫌い。
「どういうことなのか、分かるように話して下さい」
むっつりと貴美子は言った。
雅史は小さく笑う。
「話してやるから、手を動かしてろ。さっきから全然進んでないぞ」
その言葉に手元を見てみれば、この騒動のおかげでトマトクリームパスタも冷め始めていた。
男の前にあるピザもだ。
「そうね。まずは食べましょう。食事終わった後でキリキリ話してもらいますからね」
貴美子は頷いてフォークを手に取った。
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