4番目の許婚候補

富樫 聖夜

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番外編・小話集

閑話 秘すれば花、秘せねば花なるべからず 1

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主人公の先輩、川西貴美子視点の閑話です。
内容的には「閑話 秘する花を知ること 4」の続きになってます。
********************************************

「上条ちゃんが三条家の親戚!?」

 トマトクリームパスタを口に運ぼうとした川西貴美子の手が途中で止まった。
 その仰天の情報をもたらした男――貴美子の上司である田中雅史主任――は、ピザを豪快に口に運びながら軽く言いのけた。
「そ。正真正銘、嘘偽りなく、あの三条家の一員だ」
 な、面白い情報だろう?
 とピザを咀嚼しながら笑う目の前の男に、貴美子はムカッとした。

 面白い情報……?
 ……とんでもない!


 ――それは貴美子が妹のように可愛がっている会社の後輩について面白い情報があるからと強引にデートに連れ出された日の夜。 
 夕食時のイタリアンレストランでのことだった。



 ずっと気にはなっていた男だった。
 飄々としていて、面白いことが大好きで、だけど仕事はきっちりがっちり――しかも完ぺきにやるタイプ。
 おふざけ過ぎの面はあるけど、面倒見がよくて。
 まぁ、いってみれば面白い兄貴分みたいな感じで誰からも好かれていた。

 仁科係長には劣るものの、野性味あるイケメンで、けっこうモテるのを貴美子は知っている。
 だけど、係長のように彼女をとっかえひっかえということはなくて、同僚で友人の水沢明美の情報網でもここ数年は彼女らしき影はないようだった。
「俺は好みが激しいんだ」
 いつかの飲み会で『どうして恋人を作らないのか』といった質問を同僚にされてそう答えていたのを貴美子は覚えている。
 その後の、
「どんなのがタイプかって? そうだなぁ……ちょっと気が強くて、しっかりしてて、信頼できて話も合って……何より付き合ってて面白い女がいいな」
 という言葉も。
 なぜなら、その言葉で誰かが――今となっては思い出せないけど、うちの部署の男性社員の誰かが言ったからだ。
「じゃあ、川西さんなんかタイプじゃないですか?」
 って。
 
 ドキッとした。
 だけどそれ以上にドキッしたのは、その言葉に彼が貴美子の方を見たからだ。
 目が合った瞬間、彼が笑った。
「そうだな。川西女史なんかはもろにタイプだ」

 それは本気の言葉ではなくて、目が合ったからこそのお世辞だったのかもしれない。
 だけど顔には出なかったものの、貴美子を照れか羞恥かわからない熱が襲った。
 そんなお世辞言われるのには慣れていたハズなのに。
 こんなにも動揺するなんて、信じれらない。
 気のせいだと思い込もうとした。

 ……だけどなぜかずっとその言葉が頭の中に残った。

 本人もそのことを覚えていたらしい。
 例の賭けの条件を提示したとき、
「はぁ? 正気ですか? そんな馬鹿馬鹿しい条件出すなんて」
 と胡乱気に言った貴美子ににやりと笑って言ったからだ。
「前に言っただろう? 女史は俺の好みのタイプなんだって。だけど上司と部下だし、一歩間違えるとセクハラになるからな、攻めあぐねていたんだが、これはまたとないチャンスだろう? せっかくお前の方から近付いてきてくれたんだから」
「近付くって……私は真実を教えてもらいたいだけです!」
「で、俺に近付いてきたって訳だろう?」
 にやにや笑っているのがムカついた。
 だけど、こっちから近付いたのもまた事実だった。
 
 係長と主任。
 この二人は怪しい。何か重大なことを隠している。

 そう確信していたから。

 だけど、その疑問に答えてもらう相手として主任の方を選んだのは、係長に言っても絶対答えてもらえないと分かっていたからだけではなくて。
 自分がこの男に近付きたかったからなのかもしれない。
 このつかみ所のない男のことが知りたかった……多分、それが大きな理由。

 ――いや、正直に言えば、この二人が怪しいと気付いたのも、そもそもこの男に知らず知らずのうちに自分が注目していたせいだ。
 なぜかいつも視界に入ってて、その言動が気になっていたから。

 でもだからこそ例の条件には頷けなかった。

『係長に好き合って交際することのできる女性を探して、婚約話が破棄できたら教えてやる。……ああ、でも、俺と付き合ってくれるならすぐにでも話すけど?』

 ……条件のために付き合うだなんて冗談じゃなかった。
 気になっていた相手でも……いや、気になっている相手だからよけいに。
 そんなことを条件にされたくなかった。たとえそれが自分をからかうつもりであっても。

 それに――――本気だとは思えなかった。
 本気じゃないからこそ気軽にそんなことを言ったに違いないと。

 そうして鼻で笑い続けて数ヶ月。
 攻防戦はまだ続いていた。

 そんな中で誘われた――また条件付きで、だ。
 ふざけるなと思ったし、実際口に出して言ったけど、妹分の話と聞いて出かけないわけにはいかなくて。
 しぶしぶ承知した。

 待ち合わせの場所でキリキリ言えと迫った自分に対して、デートの最後に言うからとかわした男に振り回されて付き合わされて。
 映画にカフェとお決まりのデートコースを回った。
 せめてもの抵抗と、割り勘を主張したけどこの男がそんなことを聞くはずもなく、夕飯の為にイタリアレストランに入るころには、そんなに言うなら山ほど奢らせてやる!と開き直って注文していた。

 ……だけど、自分に正直になるなら、デートは楽しかった。
 係長もだが、主任も負けず劣らず話術が上手い。話題に事欠くこともなく、気がついたらおしゃべりを楽しんでいた。
 元々気が合うことが多く、普段から遠慮なく会話をしていたせいもあるだろう。
 途中から、これが『上条ちゃんの面白い情報』を聞くための交換条件だったことなんてすっかり忘れ去っていた。

 ――だから、食事の途中で何気なく始まったその話に最初はついていけなかった。

「ところで、上条の母親は三条グループ会長の娘なんだよな」
「――――は?」
「次女だけど、この人が変わっていてな。社交界嫌いで有名だった。しぶしぶ親に言われてたまに参加するくらいで、めったに表に出てくることがないから『隠れ姫』と揶揄されていた人物で、結局社交界とは一切関係のない一般の人と結婚して社交界には全く姿を見せなくなった。上条はその『隠れ姫』こと、旧姓三条沙耶子の娘なんだわ」
「――――は?」
「つまり、上条は三条会長の孫ってことだ。外孫だから名字は違うが」
「――――は?」
「そして三条透課長とは従兄弟同士。この前早坂令嬢の騒動の時にうちの会社にやってきた瀬尾姉弟とも従兄弟の関係ってことになるな」
 
 本当にさっきまで話していたことの延長上のように何気なく始まった話だった。

 何を言われているのか最初は分からなかった貴美子は、ようやくこれが条件だった『上条ちゃんの面白い情報』だったことに思い至って。
 多少混乱しながらも、パスタを食べながら聞いた話を咀嚼しようとして――――。
 理解したとたんに手が止まった。

 三条会長の孫。三条課長の従姉妹。
 この男が言っていることが本当なら、彼女は三条家の――――

「上条ちゃんが三条家の親戚!?」
 
 目の前の男は、その貴美子の驚きを尻目に、目の前の皿に盛られたピザにがぶりついて言った。
「そ。正真正銘、嘘偽りなく、あの三条家の一員だ」
 その言い方はさっきまでの何気ない話し方とまったく同じだった。
 だけど、咀嚼しながら貴美子に向けるその目は面白そうにきらめいていて。
「な、面白い情報だろう?」
 にやにやと笑うその男に、貴美子の頭に血が上った。

 面白い情報……?
 ……とんでもない!
 
 あの子がそのことを公にしたくない、誰にも知ってもらいたくないと考えているのは火を見るより明らかだ。
 理由も何となく分かる。
 三条家というフィルターを通して自分を見て欲しくなかったからだ。
 主任の情報が確かなら、彼女は三条家といっても社交界からほど遠いところにいて、私たちと変わらない生活をしているようだ。
 もちろん、そんなことは普段のあの子を見ていればすぐに分かること。
 だけど、それはあの子という人物をよく知っているからこその意見で、最初から三条家という名前がくっついていたら変な先入観があの子自身を見るのを邪魔していたことだろう。
 それを懸念したからこそ隠した。誰にも言わなかった―――今も、そしてこれからも言うつもりはなかっただろう。

 ――それなのに。
 それなのに、この男はそれを暴いた。
 面白い、そう言って。
 
 最初はただの好奇心からだったのかもしれない。おそらく係長の関係で調べようと思ったのだろう。だから、疑いを持って曝露してやるつもりで秘密を暴いたわけではなかったかもしれない。
 だけど。 
 だけど、それをデートの交換条件として貴美子にペラペラと曝露する行為は――――。
 
「……許されることではないわよねぇ……?」
 貴美子はつぶやきつつ立ち上がった。

 頭に血が上っていることも、自分が剣呑な表情を浮かべているのも自覚していた。
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