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 ラウンジで車イスに乗った少年が目に入った。少年は大型テレビの前へ移動していた。
 タカシは少年の体を透視した。どこがどう悪いのかすぐにわかった。
 少年がタカシの方を振り返り、目が合うと、タカシは「かわいそうに」とつぶやいた。

「うるせーよ! おまえみたいなクソに同情なんかされたくねーよ!!」
 少年はタカシを睨みつけ、つーんとそっぽを向くと、テレビのリモコンを手に取り、野球のチャンネルに変えた。
 選手がホームランを打つと、少年は「いいぞ!」と目を輝かせて喜んだ。
 タカシは売店でコーヒー牛乳を2つ買った。

「野球好きなのか?」
 少年に1つ差し出したが、少年は無視した。
「これ、さっきのお詫びだ。受け取ってくれ。すまなかった」
 少年はチラッと見た。
「これなら飲めるだろう?」
 少年は黙っていた。
「オレに謝るチャンスをくれない気か? それなら君もクソだな」
「オレはクソじゃねーよ!」
 少年はコーヒー牛乳をとった。
 少し照れながらタカシを見て、「飲んでやるよ」と笑った。
「じゃ、許してくれるってことだな」
 タカシはニコッと笑った。

「オレはこの体を気に入ってるんだ。車イスに座っているからこそ、立って歩く連中には知ることのない世界を知ることができるんだ。それってすごいことだろ?」
「..ああ、その通りだ」
 タカシは驚いた。

 インターネットをスキャンして、この星の人間はお金や見た目、嫉妬や自慢等の自己優越感を一番大事にしていると解釈し、低い文明だと分析していたが、この少年が言ったことは、その分析結果を一掃した。

「オレ、野球はできないけど応援はできる。応援すればゲームに参加してるってことだろ?」
「そうとも! 君はすごいな! 大人以上によく物事を理解している」
 タカシはそう言いながらストローを鼻にさし、コーヒー牛乳をゴクゴク飲み始めた。

「な、なんで鼻から飲むんだよ!」
 少年はビックリして大声を出した。タカシはハッとした。
「えーと...」
(まずい...やってもた...)

 美貴みきが現れた。タカシを探しにラウンジまで来ていた。
 タカシと少年を見つけると壁の陰に隠れ、様子を見ていた。

「実は喉の手術をしたばっかで、口から飲めないんだ。あ、いや、正確には飲めるんだけど飲むのが怖いんだ。はは」
 タカシは咄嗟とっさに思いついたことを言った。
「喉を手術したのか..?」
 少年は真顔になった。
「ああ、手術後ずっと鼻で飲んでたから慣れちゃってさ、口から飲むのが怖いんだ」
「口で飲む練習をすればいいんだよ」
 少年は微笑んだ。
「..いや」
「大丈夫だよ! 怖くないよ。少しずつゆっくり飲めば、絶対飲めるよ!」

 タカシは思いついたことを適当に言っただけなのに、少年がこんなにも励ましてくれてバツが悪く、下を向いていた。

「大丈夫! オレがついている。絶対できるって。少しずつでいいからやってみて! 頑張れ!」
 タカシは仕方なくストローを口に入れ、ゆっくり吸った。
「そうだ! いいぞ! その調子だ!」
 少年はさっきの野球選手がホームランを打ったときと同じように目を輝かせて言った。
「頑張れ! 頑張れ!」
 タカシはゴクッと飲んだ。もう一回ゴクッと飲んだ。
「やったー! できた! ほらー、できるんだよ。すごいじゃん!」

 少年の喜ぶ姿にタカシは胸がじわっと熱くなるのを感じた。少年からは偽りのない温かいものが送られてくるのを感じた。
 タカシは少年をそっと抱きしめた。
「ありがとう...君のおかげだよ」
 少年の背中に置いた手がピンクに輝いた。

慶太けいたくーん、エクササイズする時間よ」
 女性の看護師が通路から叫んた。
「今行く!」
 少年はタカシを見て「じゃ、またね」と笑顔で手を振った。
「たまには歩く練習もするんだぞ。いい子には奇跡が起こるかもしれないから」
「ああ、わかってる! じゃーな!」
 少年は看護師のところへ行った。


 病院を出た帰り道、タカシと美貴は川沿いを歩いていた。

「明日、お義母さんの部屋の準備をしなきゃね」
 タカシはうつむいたまま黙っていた。
「...男の子に魔法を使ったことを後悔してるの?」
 タカシは驚いて美貴を見た。
「なんでバレた?」
「だって、手がピンクに光ってたの見たもん。歩けるようにしてあげたんでしょ?」
「う...歴史を変えることはよくないんだ」
 タカシはうつむいた。

「大きく変わらないわ」
「歴史を変えるとブラックホールにある刑務所に入れられるんだ」
「誰がどう変わっても、私達人間の世界は何度も同じ過ちを繰り返すの。そして、何度も同じことを学ぶの。文化が発展してもその繰り返しは止まないわ」
「.....」
「あの男の子が歩けるようになったからって歴史が大きく変わるとは思えないわ」
「医者が変に思う。彼はそれで注目されて普通の生活が送れなくなるかも」
「みんな、奇跡だと思うだけじゃない?」
「そんな単純に上手くいくかな...」
「事が悪くなれば蓋をして隠すし、上手くいけば特別なケースです、奇跡です、とかいって丸く収めようとするんだから、気にする必要ないわよ」

 タカシの落ち込み具合を見て美貴は続けた。
「あの男の子はいい子だったわ。自分の宿命に負けず、人生を楽しもうと努力していた。だから、神様があなたにあの子を引き合わせたんだと思うわ」
 タカシは美貴の目を見た。美貴は微笑んだ。
「神様からやれっていう導きよ。でなきゃ、あなたをあの子に会わせなかったはず。宇宙裁判になったら私が地球人代表で証言台に立ってあげるわ」
「美貴...」
 タカシはまた胸がジワッと熱くなるのを感じた。
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