上 下
15 / 24

15

しおりを挟む
 美貴みきは病院でたかしの母の退院の準備を手伝っていた。
 チラチラと何度も義母を見た。

(今日こそはタカシのこと話さなきゃ! でも、なんて話そう...)
 ため息をついた。
("なんか喬の体に宇宙人が入ったみたいで~"...)

 ダメダメ。
 首を横に降った。

(一緒に住む前に話しておかないと、ビックリだけじゃ済まないかもしれない...でもどうやって誤魔化そう...)

「はぁ~...」
 美貴は気分が重かった。

「タクシーが来ましたよ~」
 看護師の言葉に美貴はハッとした。

「どうもありがとうございました。お世話になりました」
 看護師達に見送られタクシーに乗った。

 美貴はモジモジした。
「お義母かあさん! その...タカシのことなんだけど....」
「なぁに? まさか喬がなんかひどいことでもしたの? 説教してあげるわ!」
「ち、違うの。タカシはやさしいわ。その..実はこの間ね...喬と家に帰る途中、何か石ころみたいなのが喬の頭に当たって転倒してしまったの。その時、気を失ってしまって...すぐ目が覚めたんだけど、それが原因なのか、喬ってばちょっと記憶がないときがあるの....」
「ええ! 病院に行ったの?」
「ううん。喬が病院に行きたくないっていうの」
「なに子供みたいなこと言ってんのかしら。ひどくなったらどうすんの! バカ息子め!」
 怒り出す義母に美貴は焦った。
「う~ん、でも徐々に記憶が戻ってるから、そのうち治ると思うんだけど、たまにちょっと変な行動をとるの。でも大したことじゃないからからビックリしないでね、お義母さん」
「変な行動? 変って思ったらすぐに病院へ連れてってやるわ!....あら? 噂をすれば...あれ喬じゃない?」

 美貴の後ろを義母が指差した。振り向き、窓の外を見るとタカシがいた。女の子と一緒だった。

「ホントだ...タカシだわ。今日、仕事って言ってたのに...」
 美貴は不安になった。女の子の露出度が高い派手な衣装が気になった。

「仕事じゃなかったら私が殺してやるわ」
 義母の目がシャキーン!と光った。
「子育ての失敗は母親のミス。私は逃げないわよ。息子を殺して刑に服すわ」

「おか...お義母さん....」
 本気モードの義母に美貴は引いた。

 恵理えりはタカシの腕に自分の腕を通した。タカシはソワソワして恵理を見た。
「恵理さん、ゴメン! のこと、いろいろ勉強してわかったんだ。これは不倫といって、後々バレると慰謝料を払うことになって大変になるんだ!」
「見つからなければいいのよ。クシュッ!」
 恵理は朝からずっとくしゃみをしていた。
「いや、絶対に見つかると思う。それに君はまだ結婚前の女の子だし、君を傷物にするわけにはいかないよ!」
「傷物...ぷぷっ! 本間さん、なんか古~い」
 恵理は手で顔を覆って笑った。

「悲しませてすまない! だけど、オレは既婚者だから君とは挨拶できないよ...今日はオレのお気に入りのお店に連れて行くから好きなだけ食べて」

 恵理は悲しんではいないのだが、勝手に勘違いしているタカシに合わせた。
(なんかズレてる、この人。セックスのことを挨拶とかって言ってるし...仕事、すっごくできる人なのに....でもそのギャップがよかったんだけど、残念....)
 恵理はフラれたことを悲しんだ。

 タカシは恵理を立ち食いの焼き鳥屋に案内した。
「ここ、世界で一番おいしい店だよ!」

 恵理の好みの店ではなかったが、タカシが興奮しているので恵理は何も言わなかった。

「ヘイ! いらっしゃい!」
 色黒でマッチョな店長が二人を迎えた。
「なに、パパ活? 奥さんに言っちゃうよ~」

 会社帰りにたまに来ているタカシは、店長に顔を覚えられていた。

「パパ活って、オッサンと女の子の秘密の挨拶なんだろ? オレ、そんなオッサンじゃないし」
「秘密ってゆーか、金絡みの挨拶だな。金の関係ならパパ活成立だ」
 店長はタカシのという言葉の使い方を心得ていた。

「ふふふ、私はちゃんと仕事してます。ただの会社の後輩です。クシュッ」
 恵理はくしゃみしながら答えた。
「やっぱなー、やるんだったら高校生とか大学生とか、金を持ってなさそうな子を狙わないとなー」
 店長はタカシに向かってニヤッと笑った。
「先に金を払えば挨拶は可能なのか...?」
 真剣な表情で言うタカシに、
「ダメですよ。高校生なんて、見つかったらうちの会社クビですからね」
 恵理が釘を差した。
「そうなの!? う~ん、やっぱ難しいな、挨拶って...」
 真顔で悩むタカシに店長も恵理も笑った。


 月曜日、恵理は風邪で会社を休んだ。
 タカシも仕事中、悪寒が始まり鼻水が出て咳が出始めた。
 家に帰る頃には足がフラついた。

 玄関でゲホゲホいってるタカシに
「大丈夫? どうしたの?」
 美貴が駆けつけて心配した。
「なんか変。具合が悪いんだ。寒いし、だるい.....ゲホゲホッ」
「風邪かな?」
 美貴はタカシのオデコに手を当てた。

 玄関に義母が来た。
「喬、おまえ風邪引いたのかい? 昨日の女に移されたんじゃないかえ?」
「だ~か~ら~、昨日の女の子は会社の後輩なんだってば。何もしてないよ。嘘だと思うなら彼女に聞いてみてよ」
 昨夜、さんざん母親に説教を食らったタカシはウンザリ顔で答えた。
「聞いてやろうじゃないか。連絡先を教えてちょうだい」
 母も引かなかった。
 さすがに具合の悪いタカシがかわいそうと思った美貴は、
「お義母さん、移るといけないから近づいちゃダメです」
 そう言うと、急いでタカシを寝室へ連れて行った。

 タカシの服を脱がし、そのままベッドに寝かせて部屋を出ると、義母がおじやを作っていた。
「お義母さん、気が利く~」
「ちょっとだけ。コレ食べてから薬を飲んだ方が早く効くしね」

 美貴は義母が作ったおじやと薬をもってベッドに行った。
 ゲホゲホいうタカシが泣きそうな顔で美貴を見た。
「美貴、オレもうダメかも...」
「何言ってんの。ちょっとコレ食べて薬飲んで。明日、病院へ連れて行くから」
「何も食べたくない。病院行きたくない」

 美貴はタカシの体を少し起こした。

「そうだったわね。病院に行けないのよね...お義母さんの作ったおじやは栄養満点だから、ちょっとだけ食べて。はい、あーんして」
「あ~ん」
 タカシは涙ぐんだ目でおじやを食べた。
 食べさせてくれる美貴の目をジッと見た。
「...美貴、オレと出会ってよかった? 楽しかった?」
「ん~、まあ楽しいわ」
「オレが死んでもオレのこと忘れないで」
「へ? 死ぬの?」
 美貴は呆れ顔をした。

「風邪ウィルスなんてあなた達アメーバの世界じゃ最下位でしょ。アメーバ星人のくせに弱音吐いて。地球のウィルスにやられるなんてアメーバ星人も大したことないわね。さっさとやっつけちゃいなさいよ。はい、薬飲んでさっさと寝た寝た!」

 美貴はタカシに薬を飲ませ、食器を持って部屋を出た。

「ウィルス...?」
 タカシは赤ら顔でつぶやいた。
しおりを挟む

処理中です...