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 ようやく倉庫の外へ出ると、タカシは高くジャンプして倉庫の屋根に登った。高いところから下一帯を透視した。

「あそこか!」

 タカシがいる倉庫の前に工事中のビルがあった。その向こう側を茂と美貴が一緒に走っているのを見つけた。
 タカシは屋根の上で少し後ろへ戻り、走って勢いをつけてジャンプし、工事中ビルの屋上にあるタワークレーンからぶら下がっているロープをつかんだ。
 半円を描くように建物を迂回して、茂と美貴がいる通りに出ようとした。が、ロープはクレーンに結ばれておらず、そのままスルリと離れ、タカシはビルの隣に積んであるブロックや板ガラスの建築材料の山に突っ込んだ。

 ガシャーン! ガラガラガラ! ドーン! パリーン!

 強烈な音に茂と美貴は立ち止まって後ろを見た。
 タカシが道路にうつ伏せに投げ出された。

「タカシ! タカシ! 大丈夫!?」
 美貴は青ざめ、心配して叫んだ。
 タカシはピクッと動いた。
「タカシ!!」
 美貴の声に反応し、タカシは顔を上げた。血だらけだった。

「へっ! バカめ! 自分から死ぬなんて間抜けなヤツ!ざまー見ろ!!」
 しげるは嬉しそうに叫んだ。
 タカシは血だらけの顔で茂を睨みつけた。
「てめぇ...うっ! ゲホッ!」
 タカシは血を吐いた。が、口から血を流したまま茂を睨みつけ「ウオォォォォ!」と叫んで突進してきた。
 タカシのあまりの形相の悪さに美貴みきは怖がり、
「ギャー! ゾンビー!!」
 と叫んで、茂と一緒に逃げた。

「美貴! なんで君が逃げるんだ! そこにいろ!」
 タカシに言われ、美貴はハッとして立ち止まった。
「そ、そうよね。逃げる必要ないわよね。え..と、あっそうそう、電話しなきゃ!」
 美貴は110番した。
『110番です。事件ですか? 事故ですか?』
 振り返ると、タカシがものすごい形相で茂を追っていた。
 美貴はまた恐怖にかられた。
「ゾンビが! ゾンビが人間を襲ってます! 早く来てください!」
『はい、まずは落ち着きましょう。ゆっくり深呼吸しましょうか。はい、吸ってぇ』
 美貴は言われた通り息を深く吸って、ゆっくり吐いた。2回繰り返した。

 タカシが茂をタックルして捕まえた。
 美貴は今度は落ち着いて話した。
「うちの夫が誘拐犯を捕まえました」

 タカシは茂をボコボコに殴った。
「おい、お前! お金と愛とどっちが大事なんだよ!」
「お金です」
 タカシは茂を殴った。
「愛です! 愛!」

「おまえに真佐希まさき君に対して愛があったのかよ!」
「い、いいえ」
 タカシは茂を殴った。
「愛もないのに金だけとろうなんて、正しいことなのかよ!」
「い、いいえ違います...うっうっ助けて....」
 茂は泣いていた。だがタカシは容赦なく茂を殴った。
「もう打たないで! 助けて! なんでもしますから! 助けて! 助けて!」
「これからどうすんだ?」
 殴るのを止めてタカシが訊いた。
「警察に行きます」
「その後は?」
「真面目に暮らします」
 タカシは胸ぐらをつかんだ。
「不真面目でいいんだよ。おまえみたいなゴミは! だが二度と真佐希君に近づくな!」
「わかりました! 近づきません!」
「絶対だぞ! 近づいたらマジでブッ殺すぞ! おまえみたいなゴミは海に沈めても誰も探さないからな。楽に殺せるんだよ!!」
「近づきません! 絶対しません! 助けて! 助けてください!!」
 茂は泣きながら叫んだ。

 その一方で、京子きょうこは真佐希を連れて走って逃げていた。工事中の建物をくぐり抜け、ようやく広い駐車場へ辿り着いた。
「ここまでくれば一安心だ。声を出すんじゃないよ!」
 京子は真佐希に銃を突きつけた。

 突然、数台の車のライトが一気に点いた。数人が京子のもとへやってきた。
「おまえが誘拐犯か」
 警察だった。
 京子はあっさり身柄を拘束され、真佐希は無事に保護された。

 真佐希の元へ美貴が駆け付けて抱き締めた。 
「真佐希君、無事でよかった。よかった...」
 美貴は泣いていた。
「美貴さん...僕のせいでこんな目に遭って..ごめんなさい...ごめんなさい」
「ううん、真佐希君が謝ることないわ。無事で本当によかった」
 美貴の目から大粒の涙が次々にこぼれた。
 真佐希は美貴を抱き締め返した。家族というと祖母のミルだけで寂しく思っていたが、今は新しい家族を手に入れた気がした。

 警察のところへタカシが茂を連れてきた。
「すごい血だぞ。大丈夫か?」
 パンチゲジ眉刑事が言った。
 先日、ミルが心筋梗塞で倒れた時にかけつけた、あの刑事だった。
「あ、これ返り血です。ボコボコに殴っといたんで。ははは」
 タカシはハンカチで血を拭くと傷はもう治っていた。

「この間の亡くなった女性となんか関係がありそうだな」
「はい、誘拐犯の二人はミルさんの甥夫婦で、遺産相続した真佐希君を誘拐し、真佐希君の後見人になった私達夫婦に真佐希君の家に侵入し、銀行カードを持ってこいと言いました」
「見た感じじゃ、ギャンブルに手を出して借金が大アリってところだな。叩けばホコリがごっそり出てきそうだな」
「これで真佐希君に近づかないようにしてくれれば平和なんですが」
「もう近づけないだろう。当分はムショ暮らしだし、出てくる頃にはヨボヨボだろう。はっはっは」

 笑う刑事を見て、タカシはニヤッとした。

「それはそうと、刑事さん、ラーメン屋の女の子と上手くいってるみたいですね。先週の土曜日、デートしたでしょ」
 刑事はギョッとして口を開けたままタカシを見た。
「って、ジャックが言ってました」
「.....本当に犬語が話せるのか?」
 刑事は尊敬の眼差しでタカシを見た。

 ヤクザ風5人の男達はまだ倉庫の中にいた。
 それぞれ1人ずつ鉄柱にくくりつけられたまま意識が戻っていた。
 タカシが仕掛けた鉄柱内の火薬にようやく火が付いた。

「わっ、火が付いたぞ! ギャ~~~~~!!」

 ひゅん! ひゅん! ひゅん! ひゅん! ひゅん!

 一人ずつロケット花火のように打ち上がり、屋根を突き破って夜空へ飛び上がった。

「ぎゃあぁぁ~~~~っ!!」

 足元から火花が飛び散り、5人の航跡はまるで真夏の夜にパーッと浮かぶ花火の虹のように輝いた。

「た~まやー!」
 タカシはキャッキャッと嬉しそうに叫んだ。

「うぎゃああぁぁぁっ!!」

 警官達がいる駐車場近くの公園へ、頭の方から下に向かい、グサッと地面に鉄柱が突き刺さった。
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