小江戸・川越 神様のいるドッグカフェ 楓庵

友理潤

文字の大きさ
2 / 60
第一幕 女装のナイト

リストラのち川越

しおりを挟む
◇◇

 私、関川美乃里《せきかわみのり》にとって、今年は「厄年か!?」と嘆きたくなるくらいに災難続きだった。

 はじまりは年明け早々。大学3年の時から7年も付き合っていた同学年の彼氏に突然振られた。
 きっかけは彼《·》の浮気だった。
 でもそれは今に始まったことではなかった。なんと付き合い始めてから2か月後には浮気をしていたのを、私は知っていたのだ。

 ――知ってるんだろ? 俺が浮気してること。どうして黙ったままなんだよ! なぜ俺を責めないんだ!?
 おまえってさ。誰にでもいい顔するよな。言いたいことも何も言わずに。そんなに人から嫌われるのが嫌なのか?
 もう限界なんだよ! おまえが何を考えてるか分からないから!

 浮気をしている本人から「なぜ責めないのか?」と問いただされた挙句に振られるというのも、なかなかレアだと思うの。
 でも私のいけないところは、どんな理不尽なことをされようとも、他人に対して冷たくできないところだ。

 ――ごめんね。私、あなたの気持ちにぜんぜん気づけなくて……。

 こうして私の方から頭を下げて、7年の恋はあっさりと終わりを告げた。
 けど災難はこれにとどまらなかった。
 孤独なバレンタインデーを過ぎたすぐのある日。

 ――関川くん。ちょっといいかな。

 事務員として勤めている広告代理店で、人事部長から呼び出されたかと思うと、開口一番こう告げられたのだ。

 ――近頃の不況で会社も困っていてね。そこで契約社員と事務系職種の正社員については、週休4日として、給与を3割カットすることにしたんだ。
 もちろんこの措置に納得がいかないなら仕方ない。
 多めに退職金は用意するし、転職先には良く言うことを約束しよう。
 ただね。できれば会社に残ってほしい。

 いわゆるリストラというやつだ。
 契約社員が全員辞め、私のような事務系の正社員もほとんど辞めてしまった。辞めなかったのは家族のいる男性社員ばかりで、その人たちは営業や企画職に配置換えをすることで給与カットをまぬがれた。
 しかし全員が配置換えしたら、膨大な事務作業を全員で兼務しなくてはならない。
 私は同僚たちにその状況を押しつけるのは嫌だった。
 いや、「だったら辞めます!」と辞表を叩きつける勇気がなかっただけかもしれない。
 いずれにしても私は会社に残った。その結果、給料が減ったのに仕事は爆発的に増えるという、目も当てられない事態に陥ってしまったのである。

 ――美乃里は人が好すぎるのよ! 他人が困っている時は猪突猛進で怖いもの知らずで突っ走るくせに、いざ自分のこととなると何も言えなくなっちゃうんだから。言いたいことがあるなら、はっきり言わなきゃ損するよ!!

 元カレと同じようなことを、仲の良い同僚からも言われたけど、どうしても私にはできない。だからこう返すのが精いっぱいだった。

 ――私のことなら大丈夫だから! みんなを助けるのが私の役目だしね! ははは!

 私は人に嫌われたくないし、傷けたくない。だから相手にはっきりと物事を言うことが怖い。それだけじゃない。喧嘩することですら嫌で、他人と仲を深めることができずにいる。
 LINEの友達登録数はすごく多いけど、気軽にディナーに誘える相手は一人もいない。
 孤独という二文字がいつも背中について回っていた。それを振り払いたくて、他人の前ではできる限り明るい笑顔を振舞うようにしている。
 そのせいか周囲の人たちは私のことを「社交的」と考えているみたい。
 けど実際はそんなんじゃなくて、ただの臆病者なだけなのだ。
 だから誰とも絆を結べていない。
 次々と災難が降りかかっても、誰も手を差し伸べてくれないのだ――。

 こんなことを考える時には、いつも高校3年になったばかりの春を思い出す。
 病室のベッドで仰向けになっているのは、親友の綾香《あやか》。
 彼女は苦しそうな声で言った。

 ――私、桜が見たい……。

 あの時からだ。私が変わったのは。
 あの時の『後悔』から、私は一歩も前に進めていないんだ――。


 ゴールデンウイークが終わる頃には、金欠で生活がままならなくなった。
 給与カット以降、副業は認められている。
 そこで私はアルバイトをしようと決意した。
 でもネットで調べるのではなく、好きな町で、好きなカフェの仕事を探したいと最初から決めていた。

 そうして今日。
 明るめの茶色に染めていた髪を黒に戻した私は、就活以来の白シャツ、黒のジャケットとスカートに身を包んで家を出た。
 濃い目だった化粧も、できる限り薄くして、清楚な印象を心掛けたつもりだ。
 この日は梅雨の晴れ間。一歩外を出ると、むわっと蒸し暑い。
 思わず口元がへの字に曲がりそうになるのを、「ダメ、ダメ」と首を横に振り、スマイルを作って駅に向かう。
 ひとり暮らしをしている埼玉県志木市しきしから、下り電車に揺られること10分。
 降り立ったのは、県内屈指の観光地――川越《かわごえ》だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...