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第一幕 女装のナイト
7.黄泉送り
しおりを挟むソラの言う「黄泉送り」が何なのか、まったく見当もつかない。
けど「嫌! この子のことは私が守らないいけないの!」と泣き叫ぶおばさまの様子からして、レオに対してソラが何かしようとしているのは明らかだ。
「ねえ……」
ソラへ声をかけようとした私の肩の上に、カウンターから出てきた八尋さんが優しく手を乗せた。
ちらりと彼に目をやると、小さく首を横に振っている。
どうやら「口を出さないで様子を見てほしい」ということのようだ。
私が眉をしかめると同時に、ソラはおばさまの背中に向かって力強く声をかけた。
「さあ、レオ。おいで!」
「うん!」と、元気な返事をしたレオが、おばさまの手をすり抜けて床に降り立つ。
「いやぁぁ!」
必死に手を伸ばしたおばさまから逃げるようにして、レオはソラの横に飛び跳ねた。
「いい子だ。レオ」
ソラは手にしていた鉄の輪をレオの首にかけると、その輪に縄をつないだ。
レオも大人しくソラの言うことに従っている。
しかしおばさまはまだ諦めていなかった。
「やめて! その子を連れていかないで!」
鬼のような形相でソラにつかみかかろうとしたが、不思議な力で椅子の上から動けないようだ。
必死に伸ばした手は空を切っている。
「レオのことをソラはどこへ連れていくつもりなの?」と、小さくつぶやいた私の耳元で、八尋さんは「黄泉だよ」とささやいた。
「黄泉? もしかして『あの世』ってことですか!?」
「うん、その通り。ここ楓庵はね。ペットと飼い主さんが1時間だけ言葉を交わすことができる場所なんだよ。でもその時間が終わったら、ペットはソラ様によって黄泉に送られる」
「つまりレオは死んじゃうってことですか?」
「いや、肉体の死は少し前に訪れているはず。ここにいるのは霊魂だよ」
なるほど。おばさまが黒一色のコーデなのは、喪に服しているからか。
目の下のクマや、げっそりとした表情も説明がつく。
八尋さんから丁寧に教えてもらったことで、今の状況がなんとなく理解できた気がしてきた。
でもあまりにも非現実的すぎて、分かった気になっているだけかもしれない。
複雑な心境のまま私はソラたちの方へ視線を戻した。
「やめて。連れていかないで。お願いだから……」
さっきまでの鬼気迫る声色は影を潜め、哀れみを乞うような涙声に変わっている。
それでもソラは何も言わずに、黙っておばさまを見つめていた。
「どうしてソラはレオを早く連れていかないのでしょう?」
「待っているのさ。彼女がレオとお別れできるのをね」
「どういうことですか?」
「何らかの理由で上手にお別れができない飼い主とペットがここにやってくる。そして、たいていのお客様はペットと話すことで胸につかえていたわだかまりが解けるものなんだ。でもね、たまにこの方のように根深い問題を抱えてらっしゃる飼い主さんもいるんだよ。そういう時は、お別れするしかないと諦めるのを、ただ待つしかない」
おばさまは唇を震わせながら、何度もソラに向かって「レオを返して」と懇願しているが、ソラは微動だにせず、レオにつないだ縄を強く握りしめていた。
そうして時計の針が8時半を回ったところで、彼女はテーブルに伏せてシクシクと泣きはじめた。
ついに諦めたのだろう……。誰の目から見ても明らかだ。
「そろそろ行こうか」と告げたソラは、レオとともにゆっくりとドアの方へ歩き始めた。
静まり返った店内には、ギシギシと床を踏むソラの足音だけが響いていた。
レオは何度もおばさまの方を振り向いているが、彼女はうつ伏せのまま動こうとしない。
「ドアの向こうにソラとレオが消えた後、お客様を見送る準備をしよう」
八尋さんはそう告げてきたが、私は疑問を覚え始めていた。
だっておばさまの哀しみの原因は何も取り除かれてないじゃない。
こんなの残酷すぎるよ……。
腹の底からむくむくと灰色の雲がわいてきて、心を覆い始める。
そしてふと閃光のようによぎったのは、あの時の親友の横顔だった。
――ミノに後悔は似合わないよ。
鉄槌で打たれたような痛みが胸に走った瞬間、私の口はひとりでに大声をあげていた。
「ちょっと待って!!」
ソラの足がピタリと止まり、おばさまががばっと顔を上げた。
困ったように眉をしかめた八尋さんは何か言いたそうだし、ソラが「邪魔をするな」と言わんばかりに鋭い視線をこちらへ向けているのも分かってる。
それに自分の言いたいことを口にするのは怖い。膝だって震えてる。
でも私は傷ついている人を前にして、ただ傍観しているだけなのは、絶対に嫌だ。
私は大股でおばさまの席まで足を進めると、目を真っ赤に腫らせた彼女に対して震える声で言った。
「お客様。まだティーポットにお茶が残っております。最後まで召し上がってください」
「えっ? え、ええ、でも……」
「ではおつぎいたしますね」
私は強引にカップを持たせると、ティーポットから紅茶をそそいだ。
保温効果はバッチリのようで、白い湯気がふんわりと漂う。
紅茶の良い香りがドキドキと高鳴った心臓の音を鎮めてくれたところで、私はソラの方へ顔を向けた。
「ソラ。お客様の食事中にお連れ様を外に出すのはマナーに反するわ」
「なんだって!?」
ソラが顔を歪めたが、私は間髪入れずに言った。
「それに誰にでも幸せになれる権利があるんでしょ? だったらもう少し待ってあげてちょうだい。今のお客様はとてもじゃありませんが、幸せには見えませんので」
自分でもビックリするほどに、有無を言わさぬ重い口調だった。
ソラは「ちっ。分かったよ。紅茶を飲み終えるまでだからな」と文句を言いながら、こちらに戻ってくる。
これでソラを引きとめることに成功した。
でもおばさまが傷つかずにレオとお別れできる方法なんて、まったく思いつかない。
「もういいのよ……」
彼女は固い表情のまま、紅茶にゆっくりと口をつけ始めている。
このままだと、何も変わらずにカップは空になってしまう……。
なんて言葉をかけたらいいんだろう……。
ええい! どうせ何も思いつかないんだ!
だったら、ソラから言われたとおりに、言いたいことを素直に言ってみよう!
そう考えた私は、おばさまに対し明るい声で言った。
「レオちゃんって、赤いリボンとピンク色の服が良くお似合いな、とっても可愛い女の子ですね!」
おばさまはきょとんとして、私を見つめている。
お世辞だと思われてるかもしれないけど、これは私の本心だ。
私は昔から動物が大好きだったし、可愛い小物も好き。
だから着飾ったレオを見て、「可愛い!」と胸がときめいたのは確かだった。
私はおばさまの目の前の席に座って熱弁を続けた。
「フリフリのついたバッグもとってもお似合いだと思います! それから、仕草もとっても女の子らしくて、とにかくすごく可愛いです!」
「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
やった! ついにおばさまの口元が緩んだ!
「でもね、あなた大きな勘違いをしているのよ」
「勘違い?」
目を丸くした私に対し、おばさまはとても優しい顔で、驚くべきことを告げてきたのだった。
「レオちゃんは『男の子』なの――」
なんと……。
レオは女装させられていたってこと!?
いったいなぜ?
けどそんな普通の疑問すら聞くことがはばらかれるくらいに、おばさまの瞳からとても濃い憂愁が伝わってきたのだった。
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