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第一幕 女装のナイト
8.女装の訳
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「レオちゃんは男の子だったんですね……。ごめんなさい、私てっきり……」
「ふふ。レオって名前、とても男の子らしいでしょ?」
おばさまは視線をそっとレオに移す。
レオはキュッと口元を引き締めて彼女のことを床から見上げていた。
「そう言われてみれば、そうですね」
「最初はね。犬なんて飼う気はなかったのよ。でも18年前の冬、夫がこの子を家に連れて帰ってきてね。駅前のペットショップで一目惚れしたんですって。驚くことに名前ももう決めてきた言うのよ」
「それが『レオ』って名前だったんですね」
「そう」
レオが目いっぱい背伸びしておばさまの膝のあたりを、カリカリとかいている。おばさまはレオをひょいっと持ち上げて、膝の上に乗せた。
「それ以来、専業主婦の私はレオとずっと一緒だったわ。夫は自分で連れてきたくせに、週末くらいしか面倒見ないんですもの」
おばさまは苦笑いを浮かべながら、優しくレオの背中をなでた。
レオは気持ちよさそうに、ふさふさの尻尾を左右に揺らしてうっとりとしている。
「でもこの子の世話を苦と思ったことは一度もなかったわ。特に3歳くらいまではいたずらばっかりで手を焼いたけどね。ふふ」
小さく笑った後、紅茶に口をつける。戻したカップの中はあとひと口で空になりそうだ。おばさまはその白い無地のカップに目をやりながら続けた。
「だって可愛い我が子の成長をそばで見守るのが夢だったんですもの」
おばさまは目を細くして微笑む。
でもその笑みは深い哀しみを携えていて、目にした瞬間にはっと息を飲んでしまった。
すぐに言葉が出てこない私に対し、彼女はかすれ気味の声で続けた。
「この子を迎えるちょうど1年前……。実の子を亡くしたの。生まれてたった3日だけの短い命。我が家で過ごすことすら叶わなかった」
「もしかしてその子は……」
「女の子だったの。名前は愛海《あいみ》。もちろん分かっていたわ。レオを愛海の代わりにしたらダメだってね……」
おばさまはそこまで言いかけたところで、ポロポロと涙をこぼしはじめた。
それまでうつらうつらしていたレオが、心配そうにおばさまを見上げたが、彼女は「大丈夫よ」と言わんばかりに懸命に笑みを作って続けた。
「毎日、スーパーへ行く途中に雑貨店を通り過ぎるの。普段から扉が開けっぱなしで、店内の商品が嫌でも目に入ってくるのね。赤やピンクの可愛らしい小物が宝石箱の中身のようにキラキラと輝いていて……。それを目にするたびに頭をよぎったわ。もし愛海が生きていたら、こんなアクセサリーが似合っただろうな。これをプレゼントしたら喜んだだろうな――とね」
おばさまはレオのリボンを愛おしそうになでる。
それがくすぐったかったのか、レオはブルブルと顔を震わせた。
「自分でも知らずうちに、この子を女の子用みたいに着飾っていたわ。心のどこかで『ごめんね』って思いながら……。同時に心へ固く誓ったのよ。今度こそ自分の子を自分で守ろうって。……でも、その誓いも果たせなかった」
再び大粒の涙をこぼし始めたおばさま。
彼女の膝の上に立ったレオが、頬を優しくなめる。
「ごめんね、レオちゃん。ごめんね、レオちゃん。あなたは他の誰でもないし、立派な男の子なのに、女の子のように着飾ってしまって。あなたを守ると誓ったのに、先に逝かせてしまって。ほんとにごめんね」
泣きじゃくりながら何度も頭を下げるおばさま。
私は何も言えなくて、ただ彼女の様子を見つめるより他なかった。
「もう……あなたには何もしてあげられないから……。だからせめて安らかに……」
おばさまは震える手でカップの取っ手をつかむ。
最後の一口を口に含んでしまえば、彼女は罪悪感から解放されるのだろうか。
もしそうならばこのまま――。そう考えた瞬間だった。
「あんた、何を勘違いしてんだよ」
これまで黙っていたソラが、ぶっきらぼうに口を開いたのだった。
「ふふ。レオって名前、とても男の子らしいでしょ?」
おばさまは視線をそっとレオに移す。
レオはキュッと口元を引き締めて彼女のことを床から見上げていた。
「そう言われてみれば、そうですね」
「最初はね。犬なんて飼う気はなかったのよ。でも18年前の冬、夫がこの子を家に連れて帰ってきてね。駅前のペットショップで一目惚れしたんですって。驚くことに名前ももう決めてきた言うのよ」
「それが『レオ』って名前だったんですね」
「そう」
レオが目いっぱい背伸びしておばさまの膝のあたりを、カリカリとかいている。おばさまはレオをひょいっと持ち上げて、膝の上に乗せた。
「それ以来、専業主婦の私はレオとずっと一緒だったわ。夫は自分で連れてきたくせに、週末くらいしか面倒見ないんですもの」
おばさまは苦笑いを浮かべながら、優しくレオの背中をなでた。
レオは気持ちよさそうに、ふさふさの尻尾を左右に揺らしてうっとりとしている。
「でもこの子の世話を苦と思ったことは一度もなかったわ。特に3歳くらいまではいたずらばっかりで手を焼いたけどね。ふふ」
小さく笑った後、紅茶に口をつける。戻したカップの中はあとひと口で空になりそうだ。おばさまはその白い無地のカップに目をやりながら続けた。
「だって可愛い我が子の成長をそばで見守るのが夢だったんですもの」
おばさまは目を細くして微笑む。
でもその笑みは深い哀しみを携えていて、目にした瞬間にはっと息を飲んでしまった。
すぐに言葉が出てこない私に対し、彼女はかすれ気味の声で続けた。
「この子を迎えるちょうど1年前……。実の子を亡くしたの。生まれてたった3日だけの短い命。我が家で過ごすことすら叶わなかった」
「もしかしてその子は……」
「女の子だったの。名前は愛海《あいみ》。もちろん分かっていたわ。レオを愛海の代わりにしたらダメだってね……」
おばさまはそこまで言いかけたところで、ポロポロと涙をこぼしはじめた。
それまでうつらうつらしていたレオが、心配そうにおばさまを見上げたが、彼女は「大丈夫よ」と言わんばかりに懸命に笑みを作って続けた。
「毎日、スーパーへ行く途中に雑貨店を通り過ぎるの。普段から扉が開けっぱなしで、店内の商品が嫌でも目に入ってくるのね。赤やピンクの可愛らしい小物が宝石箱の中身のようにキラキラと輝いていて……。それを目にするたびに頭をよぎったわ。もし愛海が生きていたら、こんなアクセサリーが似合っただろうな。これをプレゼントしたら喜んだだろうな――とね」
おばさまはレオのリボンを愛おしそうになでる。
それがくすぐったかったのか、レオはブルブルと顔を震わせた。
「自分でも知らずうちに、この子を女の子用みたいに着飾っていたわ。心のどこかで『ごめんね』って思いながら……。同時に心へ固く誓ったのよ。今度こそ自分の子を自分で守ろうって。……でも、その誓いも果たせなかった」
再び大粒の涙をこぼし始めたおばさま。
彼女の膝の上に立ったレオが、頬を優しくなめる。
「ごめんね、レオちゃん。ごめんね、レオちゃん。あなたは他の誰でもないし、立派な男の子なのに、女の子のように着飾ってしまって。あなたを守ると誓ったのに、先に逝かせてしまって。ほんとにごめんね」
泣きじゃくりながら何度も頭を下げるおばさま。
私は何も言えなくて、ただ彼女の様子を見つめるより他なかった。
「もう……あなたには何もしてあげられないから……。だからせめて安らかに……」
おばさまは震える手でカップの取っ手をつかむ。
最後の一口を口に含んでしまえば、彼女は罪悪感から解放されるのだろうか。
もしそうならばこのまま――。そう考えた瞬間だった。
「あんた、何を勘違いしてんだよ」
これまで黙っていたソラが、ぶっきらぼうに口を開いたのだった。
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