小江戸・川越 神様のいるドッグカフェ 楓庵

友理潤

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第四幕 よみがえりのノクターン

51.案内人

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◇◇

 昔から霊を黄泉へ運ぶのは、蛇や竜の役目だと信じているニンゲンは多い。
 知ってるか分からねえけど、盆綱ぼんづなと言って、蛇や竜に見立てて編んだワラを子どもたちが担いで村を練り歩く、なんて風習も残ってるくらいだからな。
 まあ、全員じゃねえけど、ヤツらの中には霊を運んでいるのもいる。でも竜がニンゲンの世界に伝わる遥か昔から、俺のような鳥だって霊を運んでたんだぜ――。

 そう教えてくれたソラ。
 頭から尾まで金色の羽毛に包まれ、頭の先には赤い羽根が冠のように2本はえている。背後を振り向けば、色とりどりのとても長い尾羽が5本、気持ちよさそうになびいていた。
 どこかで見たような姿なんだけど、何だったかな?
 そう考えているのを見透かしたように、ソラの声が耳に入った。

「こっちの世界の一万円札だよ。知ってるだろ。そこに俺の姿が彫られてる」

「確かつい最近クイズ番組でやってたわね。確か……平等院びょうどういん鳳凰ほうおう!」

「ビョードーインってのが、何なのか分からねえけどよ。鳳凰ってのは当たりだ」

 鳳凰とは中国の神話から伝わる伝説の霊鳥――というテロップがクイズ番組で流れたのを、うっすらと覚えている。
 まさかソラが鳳凰だったとはね……。
 けどそんな非現実的なことを聞かされても、あまり驚かなかったのは、楓庵の仕事を通じて未知の世界に対する免疫ができたからなのかな。

「前にも話したけど、ここではお前の体を乗っ取ろうと考えている霊はうじゃうじゃいるんだ。だから勝手な真似をするんじゃねえぞ」

「分かったわ、ソラ。ありがとう、助けてくれて」

「なんだよ? やけに素直じゃねえか。調子狂うな」

「何よ! だったらここで暴れればいいの?」

「バカ! そんなことしたら、もう助けてやらねえからな!」

「ふふ、冗談よ。黄泉の世界ではソラにちゃんと従いますから」

「……ったく。ニンゲンの世界でも従えっつーの。まあ、いいや。よし、じゃあ、しっかり掴まってろよ。ちょっと飛ばすぞ!」

 ソラがぐんと加速する。頬にあたる風が気持ちいい。
 ようやく心に余裕ができ、周囲を見渡してみた。
 上空は黒一色に染まっているけど、不思議と視界はひらけている。例えるなら黄昏どきのような明るさだ。
 地上は相変わらず岩場が続いているけど、進むにつれて大きな岩が少なくなり、砂利が多くなってきた気がする。
 まるで河原のようだ――。
 そんな風に感じているうちに、ずっと先の方に大きな川が見えてきた。

「あそこだ!」

 そう叫んだソラは翼を3度、大きく羽ばたかせた。
 さらに速度が上がる。
 私は背中の羽毛をしっかり握って、姿勢を低くした。
 視界には黒い川面がはっきりと映っている。
 さらに手前側の岸に小舟と、その隣に桃色の着物に身を包んだ細身の女性が見えてきた。

「あの人は?」

「鳥取神《ととりかみ》っていう名の神だよ」

「あっ! その名前聞いたことある!
 元旦に茜がうちに来た時に独り言のようにつぶやいていた神様の名前だわ!
 たしか『霊を運ぶ鳥をつかまえる』って言ってたような……。
 もしかして、その鳥がソラってことなの?」

「アカネってのが何者なのか知らねえけど、まあ、そういうことだよ」

 鳥取神と呼ばれた女性もこちらに気づいたようだ、白くて細い右手を上げて微笑んでいる。
 見た目は私のお母さんと同じくらいの年代かしら。でも妖艶さを感じる口元と、シャープで美しい顔立ちは、神々しさが感じられて、見ているだけで胸がドキドキしてきた。

「降りるぞ」

 徐々に高度と速度を落としていったソラは、鳥取神様の前で地上に降り立った。私がその背中から離れると同時に、ソラも人間の姿に戻った。

「あら、ミイくん。今日は遅くまで頑張るのね」

 ミイくん?
 眉をひそめてソラを見たが、彼は私を無視するように一歩前へ出て口を尖らせた。

「だからその名前で呼ぶのはやめてくれよ。ニンゲンの世界では『ソラ』って呼ばれてんだから」

「ふふ。そうだったわね。ところでその子、実体があるみたいだけど。まさか生きてる子を連れてきちゃったの?」

 鳥取神様が細い目を私に向ける。
 口調は穏やかだけど、視線は突き刺すように鋭くて、私の背筋が思わず伸びた。

「ああ、実はここに用があってな。それが終わったらすぐに元の世界へ戻ることになってるんだ」

「用事?」
 
 鳥取神様が小首をかしげるのを合図にして、ソラの横に並んだ私は早口でまくしたてた。

「ノクターンという黒猫の霊を探しているんです! お願いします! どこにいるか教えてください!!」

「ごめんなさいね。私には分からないわ」

 淡々とした口調でさらりと否定され、後頭部をガツンとはたかれたような痛みが走る。

「そんな……」

「でもウミなら知ってるかも」

「ウミ?」

 目を丸くした私の横から、ソラが口を挟んだ。

「ああ、あいつか。んで、どこにいるんだよ?」

「さあ……。あの子は気まぐれだから」

「ったく、自分の子どもの居場所ぐらい、ちゃんと知ってろってんだ」

 ウミというのは鳥取神様の子どもなの?
 そう言えば茜が『鳥取神の子どもは鳥鳴海神とりなるみのかみらしい』みたいなことを言ってたような……。

「黄泉は広いんだぜ。どうやって探せばいいんだよ」

 放り投げたような口調のソラが鳥取神様の立っている向こう側に目をやる。
 彼の視線を追いかけると、真っ黒な川の奥は、灰色の草原がどこまでも続いており、さらにその先は暗闇に覆われていた。
 確かにこの中を宛もなくさまよいたくない。
 言いようのない不安に胸が押しつぶされそうになる。

「ふふ。でもその心配はないかもしれないわよ」

 どういうこと?
 そう口にしかけたその時だった。

「楓庵のおねえちゃん!」

 聞き覚えのある声が頭の上から響いてきた。
 はっとなって見上げると、白い光の玉が2つ、ゆっくりと降りてくる。
 そして私とソラの前で動きを止めた後、ピカッと眩しい光を放った。
 思わずつむった目を恐る恐る開けてみると、目の前にたたずんでいたのは、白いチワワとキジトラの猫――。

「やっぱり……レオくん! それにあなたはフクね!」

 そう、彼らはかつて楓庵にやってきたペットたちだったのだ。

 
 
 

 
 
 
 
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