2 / 37
第一話
第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! ②
しおりを挟む
◇◇
――商店街の未来が若葉にかかってるんだよ! この通り! 一生のお願いだ!
――地域の子どもたちに『りゅっしー』の存在が知り渡れば、商店街の活気が戻ってくるんじゃないか、ってみんなで話し合っていたんだ!
――いつも明るい若葉ちゃんなら、きっと『りゅっしー』を人気者にできる! いや、若葉ちゃんしかいないんだ!
と、必死に頭を下げるパパたちを見たら、引き受けるしかないじゃない。
ほんと大人ってずるいんだから!
……とは言え、商店街の活気が日に日に失われていくのを、前々から気に病んでいたのは確かだ。
商店街で生まれ育ったと言っても過言ではない私は、一件、また一件とシャッターを下ろすお店が出るたびに、身が切られるような痛みを覚えていた。
だからこそ地域の人々が大勢集まるフリーマーケットで『りゅっしー』を利用して、商店街のPRをしたいというパパたちの切実な願いを、無下にできなかったのだった。
そこで……。
――絶対に私だってバラさないこと! それに、りゅっしーになるのは今日だけだからね!
という条件で、しぶしぶ『りゅっしーの中の人』を引き受けることにしたのだ。
だからこの時は、りゅっしーの中に入るのが嫌で嫌で仕方なかった。
けど、一度引き受けたからには妥協したくないのは、パパゆずりの頑固な気質からだろう。
りゅっしーの中にすっぽりとおさまりきる頃には「やってやるぞ!」というやる気がみなぎり、強い決意が口をついて出てきたのだった。
「どーんと、若葉におまかせあれ! きっと『りゅっしー』を有名にしてみせるから!」
「おおっ!!」
それを聞いた商店街の人々は、感嘆の声をあげ、手を叩いて喜んでくれた。
パパなんか感極まって涙を流している。そんなパパをからかうと、顔を真っ赤にして怒ってきた。
「バカヤロウ! 可愛い娘の『晴れ姿』を拝めたんだ。もういつ死んでも後悔しねえよ」
その言葉に今度は私が顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「ちょっと! 『晴れ姿』ってなによ! そういうのは普通、『花嫁姿』まで取っておくものじゃない!」
そんな親子の掛け合いが可笑しかったのか、商店街の人々がどっと湧いた。
もう……。恥ずかしいったらありゃしないわ!
でも、まったく悪い気はしなかった。
むしろ抑えきれぬ高揚感に、全身の血が沸騰していくと、右手が勝手に高々と突き出された。
「おお! 頑張れ! 若葉ちゃん!」
「ファイト! 若葉ちゃん!」
拳をぐっと握って気合いを入れると、彼らの声援を背中で聞きながら、力強い足取りで運営本部をあとにしたのだった。
しかし、情けないことに情熱はわずか五分ももたなかった――
――もう嫌だぁ……。あつーい……。
初夏といってもいい強い陽射しのもと、着ぐるみの中はまるでサウナのように蒸し暑く、まだ会場につかないうちから、全身が汗でびっしょりになってしまったのだ。
もしかしたら全身の血が沸騰したのは、単にりゅっしーの中が暑かっただけのような気もしてきた……。
先ほどまでの熱意はとっくに霧散し、今すぐに着ぐるみを脱いで水風呂にダイブする妄想だけが頭の中を支配している。
――こんなキツいだなんて、聞いてないよぉ。
朦朧とした意識の中、ふらふらしながら歩いていると、付き添いの藤田不動産の主人、健一おじさんが声をかけてきた。
「若葉ちゃん、大丈夫かい?」
強面(こわもて)で、よくその筋の人に間違われる健一おじさんだが、心根はすごく優しい人だ。
心配をかけてはならないと思い、強がって首を縦に振った。
その様子を見た健一おじさんは、ニコリと微笑みかけてくれた。
しかしその笑顔すら悪寒を感じるのだから、この人が怒ったらどんだけ怖いのだろうか……。
そんなくだらないことを考えているうちに、健一おじさんは、来場者に向かって大声を張り上げたのだった。
「はい、みんなぁ! 今日はりゅっしーが遊びにきてくれたよぉ!」
着ぐるみに身を包んだ私は、外から見えないにも関わらず、懸命に笑顔を作って人々に手を振る。
――りゅっしーを見た子供たちが笑顔になってくれるなら、私は頑張れる!
そんな風に前向きに考えて、今は必死にりゅっしーを演じようと心に決めたのだ。
だが……。
現実は着ぐるみの中とは正反対で、凍えるように冷たかった――
「ママ? あの『変なの』なあに?」
「ママも知らないわ。パパ知ってる?」
「うむ、知らん。『変なの』には近寄ったらいかんよ」
「はぁい! パパ!」
なんと完全に『変なの』扱いで、誰も近寄ろうとしてこなかったのだ。
――ちょっとぉ! こっちは汗だくになりながら必死に演じているのに、『変なの』はないでしょ!
親子の会話を耳にした瞬間に地団太を踏むと、健一おじさんが慌てて耳打ちしてきた。
「ダメだよ! 若葉ちゃん! りゅしーは日本語を知らないし、しゃべれないって設定なんだから」
――なんなの!? その意味不明な設定は!?
不思議に思って首をかしげた途端に、りゅっしーのやたら大きな頭の重みでぐらりとバランスを崩してしまった。
「危ない! 若葉ちゃん! 気をつけて!」
健一おじさんが必死に私の頭を支えてくれたからどうにか体勢を立て直したものの、そのまま横倒しに倒れなくて本当によかった。もし倒れたひょうしに頭がすっぽりと外れてしまったら、それこそ一大事だ。
だって『変なの』の中の人が、私だって知れ渡ってしまうのだから……。
――早く終わってー! こんなバイト嫌だぁぁ!
バイトが始まってからまだ一〇分。
早くも私の心はバキバキに折れていたのだった――
――商店街の未来が若葉にかかってるんだよ! この通り! 一生のお願いだ!
――地域の子どもたちに『りゅっしー』の存在が知り渡れば、商店街の活気が戻ってくるんじゃないか、ってみんなで話し合っていたんだ!
――いつも明るい若葉ちゃんなら、きっと『りゅっしー』を人気者にできる! いや、若葉ちゃんしかいないんだ!
と、必死に頭を下げるパパたちを見たら、引き受けるしかないじゃない。
ほんと大人ってずるいんだから!
……とは言え、商店街の活気が日に日に失われていくのを、前々から気に病んでいたのは確かだ。
商店街で生まれ育ったと言っても過言ではない私は、一件、また一件とシャッターを下ろすお店が出るたびに、身が切られるような痛みを覚えていた。
だからこそ地域の人々が大勢集まるフリーマーケットで『りゅっしー』を利用して、商店街のPRをしたいというパパたちの切実な願いを、無下にできなかったのだった。
そこで……。
――絶対に私だってバラさないこと! それに、りゅっしーになるのは今日だけだからね!
という条件で、しぶしぶ『りゅっしーの中の人』を引き受けることにしたのだ。
だからこの時は、りゅっしーの中に入るのが嫌で嫌で仕方なかった。
けど、一度引き受けたからには妥協したくないのは、パパゆずりの頑固な気質からだろう。
りゅっしーの中にすっぽりとおさまりきる頃には「やってやるぞ!」というやる気がみなぎり、強い決意が口をついて出てきたのだった。
「どーんと、若葉におまかせあれ! きっと『りゅっしー』を有名にしてみせるから!」
「おおっ!!」
それを聞いた商店街の人々は、感嘆の声をあげ、手を叩いて喜んでくれた。
パパなんか感極まって涙を流している。そんなパパをからかうと、顔を真っ赤にして怒ってきた。
「バカヤロウ! 可愛い娘の『晴れ姿』を拝めたんだ。もういつ死んでも後悔しねえよ」
その言葉に今度は私が顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「ちょっと! 『晴れ姿』ってなによ! そういうのは普通、『花嫁姿』まで取っておくものじゃない!」
そんな親子の掛け合いが可笑しかったのか、商店街の人々がどっと湧いた。
もう……。恥ずかしいったらありゃしないわ!
でも、まったく悪い気はしなかった。
むしろ抑えきれぬ高揚感に、全身の血が沸騰していくと、右手が勝手に高々と突き出された。
「おお! 頑張れ! 若葉ちゃん!」
「ファイト! 若葉ちゃん!」
拳をぐっと握って気合いを入れると、彼らの声援を背中で聞きながら、力強い足取りで運営本部をあとにしたのだった。
しかし、情けないことに情熱はわずか五分ももたなかった――
――もう嫌だぁ……。あつーい……。
初夏といってもいい強い陽射しのもと、着ぐるみの中はまるでサウナのように蒸し暑く、まだ会場につかないうちから、全身が汗でびっしょりになってしまったのだ。
もしかしたら全身の血が沸騰したのは、単にりゅっしーの中が暑かっただけのような気もしてきた……。
先ほどまでの熱意はとっくに霧散し、今すぐに着ぐるみを脱いで水風呂にダイブする妄想だけが頭の中を支配している。
――こんなキツいだなんて、聞いてないよぉ。
朦朧とした意識の中、ふらふらしながら歩いていると、付き添いの藤田不動産の主人、健一おじさんが声をかけてきた。
「若葉ちゃん、大丈夫かい?」
強面(こわもて)で、よくその筋の人に間違われる健一おじさんだが、心根はすごく優しい人だ。
心配をかけてはならないと思い、強がって首を縦に振った。
その様子を見た健一おじさんは、ニコリと微笑みかけてくれた。
しかしその笑顔すら悪寒を感じるのだから、この人が怒ったらどんだけ怖いのだろうか……。
そんなくだらないことを考えているうちに、健一おじさんは、来場者に向かって大声を張り上げたのだった。
「はい、みんなぁ! 今日はりゅっしーが遊びにきてくれたよぉ!」
着ぐるみに身を包んだ私は、外から見えないにも関わらず、懸命に笑顔を作って人々に手を振る。
――りゅっしーを見た子供たちが笑顔になってくれるなら、私は頑張れる!
そんな風に前向きに考えて、今は必死にりゅっしーを演じようと心に決めたのだ。
だが……。
現実は着ぐるみの中とは正反対で、凍えるように冷たかった――
「ママ? あの『変なの』なあに?」
「ママも知らないわ。パパ知ってる?」
「うむ、知らん。『変なの』には近寄ったらいかんよ」
「はぁい! パパ!」
なんと完全に『変なの』扱いで、誰も近寄ろうとしてこなかったのだ。
――ちょっとぉ! こっちは汗だくになりながら必死に演じているのに、『変なの』はないでしょ!
親子の会話を耳にした瞬間に地団太を踏むと、健一おじさんが慌てて耳打ちしてきた。
「ダメだよ! 若葉ちゃん! りゅしーは日本語を知らないし、しゃべれないって設定なんだから」
――なんなの!? その意味不明な設定は!?
不思議に思って首をかしげた途端に、りゅっしーのやたら大きな頭の重みでぐらりとバランスを崩してしまった。
「危ない! 若葉ちゃん! 気をつけて!」
健一おじさんが必死に私の頭を支えてくれたからどうにか体勢を立て直したものの、そのまま横倒しに倒れなくて本当によかった。もし倒れたひょうしに頭がすっぽりと外れてしまったら、それこそ一大事だ。
だって『変なの』の中の人が、私だって知れ渡ってしまうのだから……。
――早く終わってー! こんなバイト嫌だぁぁ!
バイトが始まってからまだ一〇分。
早くも私の心はバキバキに折れていたのだった――
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる