着ぐるみ若葉におまかせあれ! 〜がけっぷち商店街からはじまる、女子高生と着ぐるみの青春物語〜

友理潤

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第一話

第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! 終幕

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◇◇

 ズッ! ズズズッ!
 
 豪快な音を立てながら、三人で昼食の蕎麦をすする。
 
 
「美味しーい! やっぱり蕎麦は『おっぺ川』に限るわね!」

「あはっ! 若葉は昔からここ好きだもんね!」

「ふふ、そう言うマユだって『おっぺのざるに勝るざるなし』って中学の時から言ってたわよぉ」


 今、私たちは商店街の端にある、蕎麦屋の『おっぺ川』というお店にいる。
 
 女子高生が三人揃ってお蕎麦屋さんでランチなんて、とてもお洒落とは言えないかもしれないけど、私たちはここのお蕎麦をこよなく愛しているのだから仕方ない。
 
 ちなみに三人とも『ざる蕎麦』が、いつも注文するメニューだ。
 まるで真夏の太陽の下で働いたかのように大汗をかいた後なので、特にざる蕎麦のつるっとした喉越しが最高に美味しい。
 
 満面の笑みで蕎麦を頬張っていると、マユが箸を止めて話しかけてきた。
 
 
「ところでさ、若葉」

「ん? どうしたの?」


 相変わらず蕎麦をすすりながら、視線だけをマユに移す。
 するとマユはさらっとした口調で、びっくりするようなことを言ったのだった。
 
 
「若葉はこれからもりゅっしーを続けるんだよね?」

「ごふっ!!」


 あまりの衝撃的な問いかけに、お蕎麦が喉につまってしまったじゃない!
 
「だいじょうぶぅ?」

 と、隣に座っていたたまちゃんが小さな手で私の背中をさすっている。
 私はぐびっと水を飲むと、呼吸を整えてからマユに向かって口を尖らせた。
 
 
「ちょっと、マユ! 声が大きい! それに、今日だけって約束だし、もうやらないんだから!」

「へぇー、そうなんだ。なんか残念」

「なによ? それ」


 私が眉をひそめると、たまちゃんがあごに手を当てながら言った。
 
 
「うーん、だって若葉は『キグジョ』だもんねぇ」

「ちょっと、たまちゃん! だからそれはやめてって!」

「あはっ! そうそう! 若葉は『キグジョ』なのにねー!」

「まったく、もう……。二人とも勝手なことばっかり!」


 むくれてそっぽ向いた私の顔を、マユがぐいっと身を乗り出して覗き込んできた。
 
 
「とか言っちゃって、実はまんざらでもなかったりしてー!」


 マユの言葉が耳に入った瞬間に、心がぐらりと揺れた。
 
 彼女に言われるまで、りゅっしーの中に入るのは今日だけだと思いこんでいたのは確かだ。
 もっと言えば、もし今後も同じことを頼まれても、引き受けるつもりはさらさらない。
 
 なのに、なぜマユの言葉と視線に、動揺してしまっているのだろう……。
 私は気取られまいと、声を荒げて答えた。
 

「なっ! なにを言ってるの! 私は着ぐるみの中の人のバイトなんて、もうこれっきりでやらないんだから!」


 そんな私の様子に、たまちゃんがすべてをお見通しと言わんばかりに口を開く。
 

「ふふ。むきになっちゃうところがあやしいかもぉ」

「べ、べつにむきになんてなってない!」


 顔を真っ赤にしてたまちゃんに抗議すると、マユは元の姿勢に戻り、穏やかな表情で言った。
 
 
「でもさ。さっきのりゅっしー、本当にいきいきして楽しそうだったよ。子どもたちも、すっごく喜んでたし」

「そりゃあ、子どもたちが喜んでくれていたのは、嬉しかったけど……」

「けど?」

「りゅっしーの中って、すっごく暑くて、暗くて、寂しいんだよ! それに……」

「それに?」

「それに、私がりゅっしーの中に入らなくたって、りゅっしーがいなくなる訳じゃないじゃない! また別の誰かがりゅっしーになって子どもたちを喜ばせるでしょ!」


 マユは静かに首を横に振る。
 私は首をかしげて彼女に問いかけた。
 

「なにが違うって言うのよ?」

「若葉、覚えてる? りゅっしーがいつ作られたか」

「たしか、五年くらい前じゃなかったけ? それがどうしたの?」

「五年も前に作られたのに、なんで今日まで子どもたちの人気者じゃなかったと思う?」

「えっ……!?」


 言われてみればその通りだ。
 
 考えもしなかったが、私が初めて子どもたちの前に立った時は、『変なの』扱いで、子どもにも大人にも名前すら知られていなかった。
 
 もし五年前から子どもたちの人気者だったならば、少なくとも大人たちは知っていたに違いない。
 となると答えは一つだった。
 
 
「人気者になれなかったから……」


 つぶやくように答えると、マユはニコリと微笑んだ。
 
 
「りゅっしーは若葉が入るのを待ってたんだよ」

「私が入るのを待ってた……?」

「うん。りゅっしーは若葉だったから人気者になれたってこと」

「ふふ。それだと、りゅっしーの中が若葉じゃなくなれば、りゅっしーはまたいなくなっちゃうのと同じね。子どもたち、悲しむんじゃないかなぁ」


 たまちゃんがさらりと言い放った言葉が胸にぐさりと突き刺さると、脳裏に焼き付いている子どもたちのまぶしい笑顔が浮かびあがってきた。
 
 心が揺さぶられているのが悔しくて、唇を噛みしめる。
 
 
「そりゃあ、私だって子どもたちが悲しむのは嫌よ! でも、私はアルバイトで青春したいだもん!」

「あはっ! 着ぐるみの青春……略して『きみの青春』! いいじゃない! りゅっしーで青春すれば!」

「もうっ! 好き勝手言わないで! あんなにキツくて、孤独なバイトで青春なんてありえないんだから!」

「あら? とても孤独には見えなかったけどぉ?」


 たまちゃんが目を丸くして不思議そうに私を見つめてきたが、むしろ不思議に思いたいのは私の方だ。
 

「ええっ!? りゅっしーの中はひとりぼっちなのよ!」

「でも、若葉の周りには子どもたちで溢れかえっていたもん。とてもひとりぼっちには見えなかったよぉ」


 出すべき言葉を失ってしまうと、マユはたたみかけるように問いかけてきた。
 
 
「そもそも若葉にとっての青春ってなに? どうせ先輩や後輩と、仲良しこよしするのが青春だって思ってたんでしょ? あわよくばバイト先で彼氏でも作ろう、とか」


 思い描いていた青春の形をずばりと言い当てられてしまい、顔が焼けるように熱くなる。
 するとマユがにやっと笑って、箸の先を私に向けた。
 
 
「あはっ! 図星だねー!」

「う、うるさいっ! マユには関係ないでしょ!」

「つれないなー。幼稚園の頃からの親友に向かって」

「もう、やめて! お蕎麦伸びちゃう! 早く食べよ!」


 私が強引にこの話題を切り上げようとしたが、こういう時に限ってたまちゃんは鋭い返しをしてくる。
 
 
「ふふ、若葉。ざる蕎麦だから伸びないわよぉ」

「そうそう。もうすぐ終わるからさ。ちょっとだけ付き合ってよ、若葉ー」


 いつになく粘ってくるマユとたまちゃんの二人に、降参した私は箸を置いて両手を上げた。
 

「分かったわよ! 付き合えばいいんでしょ! でも、マユとたまちゃんが何と言おうと、私は明日以降はりゅっしーにならないんだから!」
 
「そっかぁ。若葉は自ら青春を手放すのねぇ」

「どういう意味よ、たまちゃん」


 たまちゃんをギロリと睨みつけるが、彼女のいつもの眠たそうな目はまったく変わらないままだ。
 そして彼女は、たじろぐことなく続けたのだった。
 

「だって、一生懸命がんばって踊ってた若葉は、きらきら輝いてたもん。青春って、きらきら輝くことだと思ったんだけどなぁ」


 たまちゃんは、こういう普通の女子高生が口にできないような青臭い発言を平気でできる人なのだ。
 
 そして私はこの類(たぐい)の台詞にとことん弱い。
 そのため、何も言い返せずに口が半開きのままになってしまった。
 
 そこにマユがすかさず突っ込んできた。


「たまちゃん! ナイス! そうっ! その通りだよ、若葉! 若葉は『きみの青春』をみすみす手放すつもりかね!? もったいないなぁー。ああ、もったいない」

「……ずるいよ……二人とも……」

 
 声を振り絞った私に対して、たまちゃんの温かな手が、そっと背中にそえられた。
 そして彼女はいつも通りのゆったりとした口調で、私を『落とし』にきたのだった――
 
 
「もう少しだけやってみたらどうかなぁ? それでも嫌なら、やめればいいじゃない」


 たまちゃんの優しい声が心に沁み渡ると、再び子どもたちの無邪気な笑顔が浮かんできた。
 
 せっかく結ばれた、りゅっしーと子どもたちの『絆』が切れてしまうなんて……。
 
 
 そんなの嫌だ!


 ついにもやもやした心の中に、一筋の光が差し込むと、決意が独りでに言葉となって出てきた。
 
 
「……うん、分かった。もう少しだけ続けてみる」


 マユとたまちゃんは、互いに顔を見合わせて笑顔になる。
 そして、マユが重くなりかけた空気を変えるような高い声を出したのだった。
 
 
「あはっ! じゃあ、お蕎麦食べよっか! 早くしないと伸びちゃうしね!」


 なんだか彼女に敗北したような気がして、負け惜しみのツッコミをいれる。


「ふんっ! ざる蕎麦は伸びないもん!」


 だが、それもマユには織り込み済みだったようだ。


「まあ、細かいことはいいじゃない!」


 さらりと受け流した彼女は「ズズズッ!」と、豪快な音を立てながら蕎麦をすすり始めた。
 むくれた顔をしたまま、私もお蕎麦をすする。
 
 ズズッ。
 
 どんな心持ちであっても『おっぺ川』のお蕎麦は美味しい。
 
 
「うん、おいしい! おいしいよーっ! 悔しいくらいにおいしいのよーっ!!」


 心の中のもやもやを振り払うように叫び、勢いよくお蕎麦をすする。
 
 
 ズズズズーッ!
 
 
「やってやるわ! やればいいんでしょ! りゅっしーでも何でもやってやるわよ!」


 ふっきれると不思議なもので、むくむくとやる気が胸の内に湧きあがってきた。
 
 まだ完全に納得した訳ではないし、今でも私の本当にやりたいアルバイトではないと思っている。
 けれど、どうしようもなくワクワクしている自分がいるのも確かだ。
 
 自然と頬が紅潮し、瞳に強い光がともっていった。
 
 そんな私を見て安心したのか、二人は小さくため息をついて、お蕎麦をすすり出す。
 そしていつも通りの軽口が、マユの口から出てきたのだった。
 

「それにしても若葉のダンスは相変わらずヘンテコだったわねー」

「ふーんだ! マユには芸術というものが分かってないようね! 子どもたちに大受けするってことは、芸術的って証拠なんだから!」

「はいはい、そうだねー」

「もう、バカにして! だったらマユが躍ってみせてよ!」


 私とマユのテンポのよいかけあいに、目を細めるたまちゃん。
 これもいつも通りの光景だ。
 
 そして、こういうなんでもない時に限って、彼女が『爆弾発言』を放り込んでくるのも、いつも通りだった――
 

「ふふ、これで若葉のおじさんも安心するねぇ」
 
 
 しみじみと言ったたまちゃん。
 しかし、その言葉を聞いた瞬間に私は固まってしまい、マユは「あちゃー!」とおでこに手を当てた。
 
 
「えっ? どういうことぉ?」


 たまちゃんはここでもいかんなく天然っぷりを発揮したが、その台詞は私が口にすべきものだ。
 
 私の雰囲気ががらりと変わったことで、ようやく自分の失言に気付いた彼女は慌てて両手で口を塞いだ。


「あっ……。ごめん! 今のなしでお願いっ!」


 しかし一度捕まえた尻尾をみすみす放すほど甘くはない。
 私はガタリと席を立ち上がって、怒声を響かせたのだった。
 

「なし、なんてできるはずないでしょ!!」


 と――
 
………
……

 マユとたまちゃんは、やっぱりパパから頼まれていたそうだ。
 
 
――これからも若葉にはりゅっしーをやって欲しいんだ。だからどうにか説得してもらえねえかな。


 と。
 
 どうやらりゅっしーに入るのを嫌がっていた私を見て、自分から言い出すのが怖かったらしいの。
 
 まったく……。
 『鬼の大吾』が聞いて呆れちゃうわ!
 
 でも、パパはこうも言ってたんだって。

 
――今日の子どもたちの笑顔を見て、俺は確信したんだよ。りゅっしーには若葉が一番だって。いや、もう若葉しか考えられねえんだ。


 実の父親にここまで言われたら、引き下がれる娘っているのかしら!?
 最後の最後までくすぶっていた何かが、パパの言葉でようやくどこかへ消え去っていった。
 
 
 だから私は決めたの!
 私はりゅっしーと一緒に青春してやるんだ!
 ってね!

◇◇

 こうして着ぐるみ女子高生、若葉の青春は幕を上げた。
 そして彼女とりゅっしーには数々のドラマが訪れることになるのだが……。

 それはまだ先の話――

 
第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! (完)

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