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第四話
最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために 終幕
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◇◇
その後のことは、ほとんど覚えていない――
うっすらと頭に残っているのは、りゅっしーの周囲には常に笑顔で溢れていたこと。
よさこいは本当に素晴らしくて、サブストリートは私が見たことがないくらいに盛り上がっていたこと。
そして最後に登場したりゅっしーから見た景色は本当に眩しくて……。
立っているのが辛かったこと……。
――若葉! おいっ! 若葉! しっかりしろ!!
――誰か! 救急車だ!!
――りゅっしーを脱がせるんだ! 早く!!
――わかばぁぁぁぁぁ!!
………
……
意識を失っている間。私は夢を見ていた――
まだ幼い私は、商店街にいる。
メインストリートもサブストリートも、シャッターの閉まっているお店なんか一つもない。
季節は冬。
灰色の空から落ちてくる小雪がちらつく中、商店街は色鮮やかな活気で溢れている。
――らっしゃい! おっ! 若葉ちゃん! いいねぇ! 今日は家族でお買い物かい?
――若葉ちゃん! かわいい小物を入荷したんだよぉ! ちょっと見ていっておくれ!
私の周りには、パパ、ママそしてお兄ちゃんがいる。
商店街の人々が次々と声をかけてくれる。
外は寒いけど、心は暖かい。
そんなクリスマスセールの日。
どこからでもサンタクロースが登場しそうなくらいに、街は幸せの色で輝いていた。
――若葉! サトおばあちゃんのコロッケ食べるか!? 俺が買ってきてやるよ!
お兄ちゃんがサトおばあちゃんのお惣菜屋へ駆けていく。
そこには笑顔のおばあちゃんと、おじいちゃんがいる。
――ほいっ! 若葉! 熱いから気を付けて食べろよ!
お兄ちゃんが差し出してきたコロッケを手に取って、一口頬張る。
とっても美味しくて、温かい。
思わず涙が出ちゃうくらいに――
そうか……。
そこでようやく気付いたのだ。
商店街は大きな桜の木なのだ、と――
真冬だけれど、満開の花が咲き誇っている……。
そんな夢を見ているんだ。
私は、大切なあなたに守られて、こうして大きくなったのだ。
だから……。
私は守りたい。
自分の大切な思い出を。
そしてもう一度、この景色が見たいの。
商店街が笑顔と幸せの花で埋め尽くされたこの景色を……。
それはひとえに、私の『夢』なのだ――
………
……
「う、うーん……。ここは……?」
ゆっくりと意識が戻り、口と目が同時に開く。
すると飛び込んできたのは、大勢の人々の歓声と笑顔だった。
「若葉!! 若葉!!」
「若葉ちゃん!!」
「わかばぁ!」
「若葉ー!!」
「神崎さん!!」
パパ、ママ、お兄ちゃん、マユ、たまちゃん、そして垣岡先輩に商店街のみんな。
私が目を覚ましたのが、そんなに嬉しかったのだろうか。
彼らの顔色はまるで太陽のように明るい。
仰向けのままだとみんなに失礼だと思い、体を起こそうとした。
しかし……。
「いたっ!」
頭がズキンと痛んで動けない。
見れば左腕には点滴の針が刺さっており、大きなベッドに寝かされているようだ。
「あんまり無理はするな。もう少し寝ておけ」
と、パパが目に涙を浮かべながら言いつけてきた。
いまいち状況がつかめない私は、不思議そうに問いかけた。
「私……。もしかして倒れちゃったの……?」
独り言のようにつぶやいた問いに対して、真っ先に反応したのはマユだった。
「若葉? もしかして、ぜんぜん覚えてないのー?」
彼女も目尻に光るもの浮かべている。
そして、私が「うん」と答えると、事の顛末を話してくれたのだった。
………
……
「なさけないね。私……」
ここは市街地にある大きな病院の一室だそうだ。
夏祭りはもう前日のことで、私は丸一日も意識を覚まさずに眠り続けていたとのこと。
マユの話によると、私はりゅっしーのパレードの最中に、熱中症で倒れてしまった。
これまでの疲労が抜け切れていない中、酷暑にも関わらず着ぐるみで無理をしたのがたたったらしい。
ただ症状としてはさほど深刻ではなさそうで、このまま経過が良好なら、明日の朝に退院できることになっている。
事情を聞いた私は、不甲斐なさと悔しさのあまりに号泣してしまった。
機転を利かせたパパが、見舞いに来てくれた人々を引き連れて帰ってくれた。
だから今、私の隣にはお兄ちゃんとママの二人だけが付き添っている。
しばらく泣きじゃくっていた私。
少しだけ落ち着いてからも、激しい脱力感に打ちひしがれていた。
――市長さんも呆れただろうな……。計画の見直しなんて絶対にしてくれないよ……。
ママがそばまで寄ってきて、そっと背中をなでてくれている。
「そんなに自分を責めないで。若葉ちゃんが一生懸命に頑張っていたのは、みんな知ってるんだから」
今はそんな根拠のない慰めなんて聞きたくない。
「でも……!」
……と、反論しかけた時だった。
パサッ……。
と、新聞がベッドの上に投げられたのだ。
私がぱっと顔を上げると、そこにはお兄ちゃんが立っていた。
「一三面。見てみろ」
促されるままに、新聞を大きく広げて一三面までめくる。
すると飛び込んできた記事のタイトルに目が釘付けとなってしまった。
『夏祭りで商店街を活性化。市長「モデルケースになる」と』――
私が言葉を失っていると、お兄ちゃんが穏やかな口調で続けた。
「今年の夏祭りは、メインステージとよさこい共に大盛況。さらにマスコットキャラクター『りゅっしー』で商店街と地域の人々との距離をより近いものにした。これらの取り組みは、さびれつつある地元密着型の商店街を活性化させる、一つのモデルケースになりえる……。だとよ」
「市長さんがそう言ったの……?」
「あの市長以外の誰かが発言しても、こうして記事にはならねえよ。さらに最後にこう付け加えたんだぜ」
そこで言葉を切ったお兄ちゃんは、柔らかな微笑みを浮かべながら言った。
「来年も、再来年も同じように商店街を盛り上げて欲しい……と」
それを耳にした瞬間……。
ドクンと胸が波打ち、熱い何かが腹の底から湧きあがってくる。
みるみるうちに頬が紅潮していき、目は大きく見開かれた。
「それって、つまり……」
かすれた声が漏れると、お兄ちゃんが後を継ぐように言ったのだった。
「杉谷市長は、坂戸南駅北口商店街の『継続』を強く望んでいる、ということだ!」
力強いお兄ちゃんの口調に、ぐわんと脳を揺らされたかのような衝撃が走った。
あまりの驚愕に新聞が手から離れる。
すると次の瞬間、それまで自分の指で隠されていた写真が目に飛び込んできたのだ。
それは……。
りゅっしーの周りにたむろす、大勢の子どもたちの笑顔だった――
「うわあああああああっ!!」
それまで必死に抑えこんでいた感情が一気に爆発すると、嗚咽と涙が溢れて止まらなくなってしまった。
私の泣き声が病室の空気をびりびりと震わせた。
ママとお兄ちゃんの二人はただ黙ったまま、私のそばにそっと寄り添っていてくれた。
いつの間にか空はオレンジ色から紫色に変わっている。
そんな中、私の号泣はなおも続いていた。
そしてこの二ヶ月間のことが、走馬灯のように脳裏によみがえってくると、口をついて出てきたのは感謝の気持ちだった。
「あり……がとう……」
誰に向けたものかと問われれば、困ってしまう。
それくらいに、「ありがとう」を向けなくちゃならない人はたくさんいるのだから。
私は不器用で、猪突猛進で、それでいて臆病な人間だ。
胸を叩いて「おまかせあれ!」と口で言ったって、いつも心の中では不安ばっかり。
だからこれからも、たくさんの人々の援けに頼って生きていくに違いない。
でも……。
それでもこうして自分ひとりでは、絶対にたどり着けなかった場所に立てるんだったら……。
私は胸を張って「ありがとう」を積み重ねていこう――
ようやく泣きやんで、晴れやかな心持ちとなった私を見て、お兄ちゃんは部屋の扉へと歩いていき、手すりに手をかける。
そしてニヤッと笑みを浮かべた。
「若葉。あんまり人を待たせるのはよくねえぜ」
「え……!? どういうこと?」
その問いに答えなかったお兄ちゃんは、扉を勢いよく開けた。
ガラガラッ!
乾いた音とともに部屋に入ってきたのは……。
押し合うように立っていた商店街の人々だった――
「えっ!? みんな帰ったんじゃなかったの!?」
「はははっ。みんな若葉に一言だけ言いたくて、こうして待っててくれたんだぜ」
「わたしに?」
私が目を丸くしたところで、彼らは互いの顔を見合わせて小さくうなずいた。
そして声を揃えて大きな声で言ったのだった。
「「ありがとう! 若葉ちゃん!!」」
と――
◇◇
夏祭りが終わると、すぐに新学期が始まった。
九月に入って、何ごともなかったかのような『日常』に戻ると、夏休みのできごとは、まるで夢の中で起こったような感覚に陥るから不思議なものだ。
一見すると、今までとは何にも変わらない日常の風景。
でも、夏休み前と後とでは、二つの大きな変化があったのだ。
それらは朝の挨拶とともに訪れた。
「おっはよー! りゅっしー!!」
マユの大きな声が教室中に響き渡ると、私は顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「ちょっと! マユ! やめてよ! みんなにバレちゃうでしょ!」
「ふふ、若葉ぁ。もうみんな知ってるのよぉ」
たまちゃんが、いつも通りにのんびりした口調で言うと、クラスのみんなが「うんうん」とうなずいている。
「へっ? どういうこと?」
意味が分からずきょとんとしている私に対して、マユはさらりとショッキングなことを言った。
「だって若葉。大勢の人の前で倒れて、その場で着ぐるみを脱がされたんだよー」
「うええええっ!!? そんなぁー!!」
そう。夏祭りのあの日から、学校中のみんなに私の正体がバレてしまったことだ。
でもみんなそんなことお構いなしに、いつも通りに私と接してくれる。
それはとても嬉しい誤算だった。
そしてもう一つの変化とは――
――カラン!
スマホの軽やかな着信を知らせる音に、私は急いで画面をタップする。
するとそこには、なんと垣岡悠輝先輩からのメッセージが表示されているではないか!
私の顔がりんごのように真っ赤になったのを見て、マユが私のスマホをかすめ取った。
「どれどれ『おはよう、神崎さん。今日も元気に頑張ってね』……だってー!! 若葉ー!! 愛されてるー!! あはは!」
「ちょっと! マユ! なんで人のスマホを勝手に覗くのよ!!」
文句を言っているにも関わらず、顔がにやけてしまうのはしょうがない。
だって、つい最近まで『すれ違ったら挨拶をする程度の仲』だった垣岡先輩との関係が、『スマホでメッセージを送り合う仲』になったのだから!
わずか数カ月でここまで近付いたのだ!
こうなりゃ、数年後には『めでたくゴールイン』も夢じゃないと思うの!!
朝っぱらから妄想全開の私。
しかし、次の着信はそんな私を一気に現実に引き戻すものだった。
――カラン!
着信音がした直後に、たまちゃんがメッセージを読みあげる。
「えーっとぉ。『おい、悠輝。兄である俺に断りなく、なんで妹にあいさつしてるんだよ』……って、吾朗さんね……」
「若葉ー。もしかして先輩とのやり取りは『グループ』でやってるのー!?」
マユが露骨にげんなりしながら問いかけてくると、私は彼女よりも肩を落として答えた。
「うん……。ちなみにその『グループ』にいるのは、お兄ちゃんだけじゃないの……」
……と、そこにタイミングよくメッセージが届いた。
『あら、吾朗ちゃん。若葉ちゃんのことに口を挟まないの!』
『悠輝! もっとさりげなく挨拶しなきゃだめでしょ! だからあんたはいつまで経っても彼女ができないのよ!』
『おいおい! 俺をのけものにして勝手に盛り上がるな!』
ママ、ヤスコさん、そしてパパと、次から次へとメッセージが送られてくる。
そうなのだ。
私と垣岡先輩は二人でメッセージを送り合うのが、まだ許されていないのである。
もっとも許していないのは、お兄ちゃんだけなのだが……。
でも、まさか「家族ぐるみの付き合い」をスマホですることになろうとは思いもよらなかった。
スマホを見ながら涙目になっている私を見て、マユとたまちゃんが両脇から肩を抱いてきた。
「ふふ、まあいいじゃない。これって向こうの家族も公認の仲ってことだしぃ」
「そうだよー、若葉! 少しずつ前進して行けばいいんだよー! きみの青春はこれからさー! あはははっ!」
二人の優しい励ましにテンションが戻ってくる。
「うん! そうだよね! 私頑張るね!!」
と、元気に答えたところで、朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り響いてきた。
勢い良く扉を開けて教室に入ってきたともみん先生。
彼女はぐるりと教室中を見回すと、大きな声でみんなに問いかけた。
「いよいよ我が校の文化祭が二ヶ月後に迫ってきた! そこで文化祭実行委員として、文化祭を大いに盛り上げてもらう人を募集する! 誰か! われこそは、という者はいないか!?」
――文化祭実行委員かぁ。うちの文化祭って盛り上がらないって有名だから、率先してやりたがる人はいないだろうなぁ。
そんな風に他人ごとのように構えていた私。
しかし、そんな私に悲劇が訪れた。
なんと示し合わせたかのように、一斉にみんなの視線が私に集まってきたのだ。
――いやよ! 私は大人しく高校生活を送りたいの!
私は首をぶるぶると横に振って、「断固拒否」と口には出さずに態度で表す。
ともみん先生はその様子を見ると、にやっと笑みを浮かべた。
「神崎! どうだ!? みんなの期待に応えてはくれないか!? それとも荷が重いからここは逃げておくか!?」
ちょっと! いくら先生だからって、その言い方はずるいと思うの!
そんな風に聞かれたら、答えは一つしかないじゃない!
ふと、『りゅっしー』のニコニコした笑顔が頭に浮かんでくる。
まるで「僕と一緒に頑張ろう!」って誘っているみたいだ。
思えばこの数カ月、私はりゅっしーとともに、脇目も振らずに真っ直ぐに駆け抜けてきた。
子どもたちの笑顔や、大人の涙、そして大勢の人々の想いに触れてきた。
そして私はりゅっしーという着ぐるみを通じて知ったのだ。
きっと誰にでも、絶対に守りたい人や景色があるんだ、と。
そのためにどんなに恥ずかしい思いをしようとも、どんなに辛い思いをしようとも。
歯を食いしばって。
涙を流して。
そんな風に毎日を一生懸命に生きたいのだと思うの。
だけどそれはすごく難しい。
だからみんな誰かを頼って、誰かに頼られて、そうやって少しずつ縁が広がって、絆に変わって――
まだちっぽけな私。
誰かに頼ってばかりだけど、明日の自分が、今日の自分を誇りに思えるように、胸を張ってこう言うんだ。
「着ぐるみ若葉におまかせあれ!!」
と――
(了)
その後のことは、ほとんど覚えていない――
うっすらと頭に残っているのは、りゅっしーの周囲には常に笑顔で溢れていたこと。
よさこいは本当に素晴らしくて、サブストリートは私が見たことがないくらいに盛り上がっていたこと。
そして最後に登場したりゅっしーから見た景色は本当に眩しくて……。
立っているのが辛かったこと……。
――若葉! おいっ! 若葉! しっかりしろ!!
――誰か! 救急車だ!!
――りゅっしーを脱がせるんだ! 早く!!
――わかばぁぁぁぁぁ!!
………
……
意識を失っている間。私は夢を見ていた――
まだ幼い私は、商店街にいる。
メインストリートもサブストリートも、シャッターの閉まっているお店なんか一つもない。
季節は冬。
灰色の空から落ちてくる小雪がちらつく中、商店街は色鮮やかな活気で溢れている。
――らっしゃい! おっ! 若葉ちゃん! いいねぇ! 今日は家族でお買い物かい?
――若葉ちゃん! かわいい小物を入荷したんだよぉ! ちょっと見ていっておくれ!
私の周りには、パパ、ママそしてお兄ちゃんがいる。
商店街の人々が次々と声をかけてくれる。
外は寒いけど、心は暖かい。
そんなクリスマスセールの日。
どこからでもサンタクロースが登場しそうなくらいに、街は幸せの色で輝いていた。
――若葉! サトおばあちゃんのコロッケ食べるか!? 俺が買ってきてやるよ!
お兄ちゃんがサトおばあちゃんのお惣菜屋へ駆けていく。
そこには笑顔のおばあちゃんと、おじいちゃんがいる。
――ほいっ! 若葉! 熱いから気を付けて食べろよ!
お兄ちゃんが差し出してきたコロッケを手に取って、一口頬張る。
とっても美味しくて、温かい。
思わず涙が出ちゃうくらいに――
そうか……。
そこでようやく気付いたのだ。
商店街は大きな桜の木なのだ、と――
真冬だけれど、満開の花が咲き誇っている……。
そんな夢を見ているんだ。
私は、大切なあなたに守られて、こうして大きくなったのだ。
だから……。
私は守りたい。
自分の大切な思い出を。
そしてもう一度、この景色が見たいの。
商店街が笑顔と幸せの花で埋め尽くされたこの景色を……。
それはひとえに、私の『夢』なのだ――
………
……
「う、うーん……。ここは……?」
ゆっくりと意識が戻り、口と目が同時に開く。
すると飛び込んできたのは、大勢の人々の歓声と笑顔だった。
「若葉!! 若葉!!」
「若葉ちゃん!!」
「わかばぁ!」
「若葉ー!!」
「神崎さん!!」
パパ、ママ、お兄ちゃん、マユ、たまちゃん、そして垣岡先輩に商店街のみんな。
私が目を覚ましたのが、そんなに嬉しかったのだろうか。
彼らの顔色はまるで太陽のように明るい。
仰向けのままだとみんなに失礼だと思い、体を起こそうとした。
しかし……。
「いたっ!」
頭がズキンと痛んで動けない。
見れば左腕には点滴の針が刺さっており、大きなベッドに寝かされているようだ。
「あんまり無理はするな。もう少し寝ておけ」
と、パパが目に涙を浮かべながら言いつけてきた。
いまいち状況がつかめない私は、不思議そうに問いかけた。
「私……。もしかして倒れちゃったの……?」
独り言のようにつぶやいた問いに対して、真っ先に反応したのはマユだった。
「若葉? もしかして、ぜんぜん覚えてないのー?」
彼女も目尻に光るもの浮かべている。
そして、私が「うん」と答えると、事の顛末を話してくれたのだった。
………
……
「なさけないね。私……」
ここは市街地にある大きな病院の一室だそうだ。
夏祭りはもう前日のことで、私は丸一日も意識を覚まさずに眠り続けていたとのこと。
マユの話によると、私はりゅっしーのパレードの最中に、熱中症で倒れてしまった。
これまでの疲労が抜け切れていない中、酷暑にも関わらず着ぐるみで無理をしたのがたたったらしい。
ただ症状としてはさほど深刻ではなさそうで、このまま経過が良好なら、明日の朝に退院できることになっている。
事情を聞いた私は、不甲斐なさと悔しさのあまりに号泣してしまった。
機転を利かせたパパが、見舞いに来てくれた人々を引き連れて帰ってくれた。
だから今、私の隣にはお兄ちゃんとママの二人だけが付き添っている。
しばらく泣きじゃくっていた私。
少しだけ落ち着いてからも、激しい脱力感に打ちひしがれていた。
――市長さんも呆れただろうな……。計画の見直しなんて絶対にしてくれないよ……。
ママがそばまで寄ってきて、そっと背中をなでてくれている。
「そんなに自分を責めないで。若葉ちゃんが一生懸命に頑張っていたのは、みんな知ってるんだから」
今はそんな根拠のない慰めなんて聞きたくない。
「でも……!」
……と、反論しかけた時だった。
パサッ……。
と、新聞がベッドの上に投げられたのだ。
私がぱっと顔を上げると、そこにはお兄ちゃんが立っていた。
「一三面。見てみろ」
促されるままに、新聞を大きく広げて一三面までめくる。
すると飛び込んできた記事のタイトルに目が釘付けとなってしまった。
『夏祭りで商店街を活性化。市長「モデルケースになる」と』――
私が言葉を失っていると、お兄ちゃんが穏やかな口調で続けた。
「今年の夏祭りは、メインステージとよさこい共に大盛況。さらにマスコットキャラクター『りゅっしー』で商店街と地域の人々との距離をより近いものにした。これらの取り組みは、さびれつつある地元密着型の商店街を活性化させる、一つのモデルケースになりえる……。だとよ」
「市長さんがそう言ったの……?」
「あの市長以外の誰かが発言しても、こうして記事にはならねえよ。さらに最後にこう付け加えたんだぜ」
そこで言葉を切ったお兄ちゃんは、柔らかな微笑みを浮かべながら言った。
「来年も、再来年も同じように商店街を盛り上げて欲しい……と」
それを耳にした瞬間……。
ドクンと胸が波打ち、熱い何かが腹の底から湧きあがってくる。
みるみるうちに頬が紅潮していき、目は大きく見開かれた。
「それって、つまり……」
かすれた声が漏れると、お兄ちゃんが後を継ぐように言ったのだった。
「杉谷市長は、坂戸南駅北口商店街の『継続』を強く望んでいる、ということだ!」
力強いお兄ちゃんの口調に、ぐわんと脳を揺らされたかのような衝撃が走った。
あまりの驚愕に新聞が手から離れる。
すると次の瞬間、それまで自分の指で隠されていた写真が目に飛び込んできたのだ。
それは……。
りゅっしーの周りにたむろす、大勢の子どもたちの笑顔だった――
「うわあああああああっ!!」
それまで必死に抑えこんでいた感情が一気に爆発すると、嗚咽と涙が溢れて止まらなくなってしまった。
私の泣き声が病室の空気をびりびりと震わせた。
ママとお兄ちゃんの二人はただ黙ったまま、私のそばにそっと寄り添っていてくれた。
いつの間にか空はオレンジ色から紫色に変わっている。
そんな中、私の号泣はなおも続いていた。
そしてこの二ヶ月間のことが、走馬灯のように脳裏によみがえってくると、口をついて出てきたのは感謝の気持ちだった。
「あり……がとう……」
誰に向けたものかと問われれば、困ってしまう。
それくらいに、「ありがとう」を向けなくちゃならない人はたくさんいるのだから。
私は不器用で、猪突猛進で、それでいて臆病な人間だ。
胸を叩いて「おまかせあれ!」と口で言ったって、いつも心の中では不安ばっかり。
だからこれからも、たくさんの人々の援けに頼って生きていくに違いない。
でも……。
それでもこうして自分ひとりでは、絶対にたどり着けなかった場所に立てるんだったら……。
私は胸を張って「ありがとう」を積み重ねていこう――
ようやく泣きやんで、晴れやかな心持ちとなった私を見て、お兄ちゃんは部屋の扉へと歩いていき、手すりに手をかける。
そしてニヤッと笑みを浮かべた。
「若葉。あんまり人を待たせるのはよくねえぜ」
「え……!? どういうこと?」
その問いに答えなかったお兄ちゃんは、扉を勢いよく開けた。
ガラガラッ!
乾いた音とともに部屋に入ってきたのは……。
押し合うように立っていた商店街の人々だった――
「えっ!? みんな帰ったんじゃなかったの!?」
「はははっ。みんな若葉に一言だけ言いたくて、こうして待っててくれたんだぜ」
「わたしに?」
私が目を丸くしたところで、彼らは互いの顔を見合わせて小さくうなずいた。
そして声を揃えて大きな声で言ったのだった。
「「ありがとう! 若葉ちゃん!!」」
と――
◇◇
夏祭りが終わると、すぐに新学期が始まった。
九月に入って、何ごともなかったかのような『日常』に戻ると、夏休みのできごとは、まるで夢の中で起こったような感覚に陥るから不思議なものだ。
一見すると、今までとは何にも変わらない日常の風景。
でも、夏休み前と後とでは、二つの大きな変化があったのだ。
それらは朝の挨拶とともに訪れた。
「おっはよー! りゅっしー!!」
マユの大きな声が教室中に響き渡ると、私は顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「ちょっと! マユ! やめてよ! みんなにバレちゃうでしょ!」
「ふふ、若葉ぁ。もうみんな知ってるのよぉ」
たまちゃんが、いつも通りにのんびりした口調で言うと、クラスのみんなが「うんうん」とうなずいている。
「へっ? どういうこと?」
意味が分からずきょとんとしている私に対して、マユはさらりとショッキングなことを言った。
「だって若葉。大勢の人の前で倒れて、その場で着ぐるみを脱がされたんだよー」
「うええええっ!!? そんなぁー!!」
そう。夏祭りのあの日から、学校中のみんなに私の正体がバレてしまったことだ。
でもみんなそんなことお構いなしに、いつも通りに私と接してくれる。
それはとても嬉しい誤算だった。
そしてもう一つの変化とは――
――カラン!
スマホの軽やかな着信を知らせる音に、私は急いで画面をタップする。
するとそこには、なんと垣岡悠輝先輩からのメッセージが表示されているではないか!
私の顔がりんごのように真っ赤になったのを見て、マユが私のスマホをかすめ取った。
「どれどれ『おはよう、神崎さん。今日も元気に頑張ってね』……だってー!! 若葉ー!! 愛されてるー!! あはは!」
「ちょっと! マユ! なんで人のスマホを勝手に覗くのよ!!」
文句を言っているにも関わらず、顔がにやけてしまうのはしょうがない。
だって、つい最近まで『すれ違ったら挨拶をする程度の仲』だった垣岡先輩との関係が、『スマホでメッセージを送り合う仲』になったのだから!
わずか数カ月でここまで近付いたのだ!
こうなりゃ、数年後には『めでたくゴールイン』も夢じゃないと思うの!!
朝っぱらから妄想全開の私。
しかし、次の着信はそんな私を一気に現実に引き戻すものだった。
――カラン!
着信音がした直後に、たまちゃんがメッセージを読みあげる。
「えーっとぉ。『おい、悠輝。兄である俺に断りなく、なんで妹にあいさつしてるんだよ』……って、吾朗さんね……」
「若葉ー。もしかして先輩とのやり取りは『グループ』でやってるのー!?」
マユが露骨にげんなりしながら問いかけてくると、私は彼女よりも肩を落として答えた。
「うん……。ちなみにその『グループ』にいるのは、お兄ちゃんだけじゃないの……」
……と、そこにタイミングよくメッセージが届いた。
『あら、吾朗ちゃん。若葉ちゃんのことに口を挟まないの!』
『悠輝! もっとさりげなく挨拶しなきゃだめでしょ! だからあんたはいつまで経っても彼女ができないのよ!』
『おいおい! 俺をのけものにして勝手に盛り上がるな!』
ママ、ヤスコさん、そしてパパと、次から次へとメッセージが送られてくる。
そうなのだ。
私と垣岡先輩は二人でメッセージを送り合うのが、まだ許されていないのである。
もっとも許していないのは、お兄ちゃんだけなのだが……。
でも、まさか「家族ぐるみの付き合い」をスマホですることになろうとは思いもよらなかった。
スマホを見ながら涙目になっている私を見て、マユとたまちゃんが両脇から肩を抱いてきた。
「ふふ、まあいいじゃない。これって向こうの家族も公認の仲ってことだしぃ」
「そうだよー、若葉! 少しずつ前進して行けばいいんだよー! きみの青春はこれからさー! あはははっ!」
二人の優しい励ましにテンションが戻ってくる。
「うん! そうだよね! 私頑張るね!!」
と、元気に答えたところで、朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り響いてきた。
勢い良く扉を開けて教室に入ってきたともみん先生。
彼女はぐるりと教室中を見回すと、大きな声でみんなに問いかけた。
「いよいよ我が校の文化祭が二ヶ月後に迫ってきた! そこで文化祭実行委員として、文化祭を大いに盛り上げてもらう人を募集する! 誰か! われこそは、という者はいないか!?」
――文化祭実行委員かぁ。うちの文化祭って盛り上がらないって有名だから、率先してやりたがる人はいないだろうなぁ。
そんな風に他人ごとのように構えていた私。
しかし、そんな私に悲劇が訪れた。
なんと示し合わせたかのように、一斉にみんなの視線が私に集まってきたのだ。
――いやよ! 私は大人しく高校生活を送りたいの!
私は首をぶるぶると横に振って、「断固拒否」と口には出さずに態度で表す。
ともみん先生はその様子を見ると、にやっと笑みを浮かべた。
「神崎! どうだ!? みんなの期待に応えてはくれないか!? それとも荷が重いからここは逃げておくか!?」
ちょっと! いくら先生だからって、その言い方はずるいと思うの!
そんな風に聞かれたら、答えは一つしかないじゃない!
ふと、『りゅっしー』のニコニコした笑顔が頭に浮かんでくる。
まるで「僕と一緒に頑張ろう!」って誘っているみたいだ。
思えばこの数カ月、私はりゅっしーとともに、脇目も振らずに真っ直ぐに駆け抜けてきた。
子どもたちの笑顔や、大人の涙、そして大勢の人々の想いに触れてきた。
そして私はりゅっしーという着ぐるみを通じて知ったのだ。
きっと誰にでも、絶対に守りたい人や景色があるんだ、と。
そのためにどんなに恥ずかしい思いをしようとも、どんなに辛い思いをしようとも。
歯を食いしばって。
涙を流して。
そんな風に毎日を一生懸命に生きたいのだと思うの。
だけどそれはすごく難しい。
だからみんな誰かを頼って、誰かに頼られて、そうやって少しずつ縁が広がって、絆に変わって――
まだちっぽけな私。
誰かに頼ってばかりだけど、明日の自分が、今日の自分を誇りに思えるように、胸を張ってこう言うんだ。
「着ぐるみ若葉におまかせあれ!!」
と――
(了)
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