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第2章 バグ同士集まって何が悪い!

13. 森の中の美女①

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「ちょ…いつまで逃げる必要があるのかしら?もうずっとよ!?」

「仕方ないだろ!俺達バグなんだから!!」

フィクサーの魔の手から逃げ伸びた俺達は、相変わらず逃げていた。
しかし、追ってくるのは、あの絶望を体現したようなサイではない。

肉食のトサカリトルリザードだ。
3~4匹の群れで行動している事が多い。
縄張り意識が高いせいもあるのか、縄張りから外れると追ってはこない。
しかし、その群れが大草原の中に無数に存在しているのだから、どこを通っても、どこからの群れの縄張りに侵入してしまうのだ。

「くそっ!埒があかねぇ!ちと待ってろ!」

俺は足を止めて、トカゲどもに向かう。

「お兄ちゃん!武器もないのに敵うはずないかしら!」

シェリーが悲壮な決意を固める俺をたしなめた。

「大丈夫だ!俺には秘策がある!」

「やい!トカゲ野郎!ひとのケツばかり追いかけ回しやがって!」

トサカリトルリザードの動きが、とまっどたように止まる。

「…このニンゲン、おれたちの言葉が分かるのか!?」

「ふん!貴様らごときの言葉なんぞ、全知全能の俺様が分からないとでも思ったのか!」

俺のハッタリに、尻ごむモンスター達。
俺は、『チャット』のスキルが、モンスターとの会話も可能な事に、最近気づいていた。
それを今回はハッタリに利用しているのだ。

「…ゼンチゼンノウってなんだ?美味しいのか?」

「こいつら、知能が相当低いのか…」

「なんだとぅ!!バカにしたな!お前!」

「くそっ!この『チャット』ってスキルは、利用中は思ったことまで相手に伝わっちまうのか!なんちゅう中途半端なスキルだ!」

「…お前ゴチャゴチャうるさい。俺、お前、食う」

「どこかのゾンビか?お前らは!?まぁ、待て、ここはひとつ話し合いといこうじゃないか?」

「…嫌だ。俺、お前、食う」

「…そうか、それなら仕方ねぇ…とっておきを使うしかないようだな…」

俺の決意が伝わったのか、モンスターも警戒を強める。

その時、俺は空を指差し、高らかと告げた。

「ああ~~~!!ふとんがふっとんでるぅ!!」

「な、なに!?ふとんがふっとんでるだと!!ぷ~ははは!!」

モンスターは笑いこけて、空を見上げている。

「よし!今のうちだ!シェリー!!逃げるぞ!!」

シェリーの凍るような視線を無視して、走り出した。
いちいち彼女の視線を気にしていたら、心がもたん。

「秘策って、まさかさっきのくっだらないジョークのことかしら?」

「結果オーライだ!流石、俺!」

なんとか、モンスターを巻いた俺たち。
しばらくは平穏にしたい…安全を確認してから、俺たちは草原に腰をかけた。

すでに『約束の森』を抜けてから、2日経っている。

食料は、草原にいる小動物を狩っては、手持ちの調理道具で簡単な料理をして食べていた。
最初は味付けに文句を言っていたシェリーも、今では大人しく食べるようになっている。

夜はモンスターも寝てしまうらしく、昼間のような追いかけっこはない。
食料は夜食べ、朝早めに起きれるよう、テントを設営して、すぐに寝てしまう。


久々に昼間に、腰を降ろしてのんびりした。
すると、シェリーが苦い顔をして話かけてきた。

「…なんか汗くさいかしら…」

そう言えば、水浴びや洗濯をしていない。
自分で自分をにおってみたが、確かにちょっと臭い。

ついでにシェリーをにおってみる。
決してそういう趣味(匂いフェチ)ではない。

「…お前も汗くさいな…」

「な~~~!!レディに向かって、『臭い』とは何事かしら!?」

「仕方ないだろ。本当のことなんだから…まぁ、そんなに気にならないから、お前も気にするな」

「はっ!まさか、お兄ちゃん!そういう趣味(匂いフェチ)で、こういう趣味(ロリコン)なのかしら!シェリー!まさかのピンチかしら!!」

「おい!何を盛大に勘違いしてやがる!まったくこれだから、女はめんどくせぇ…お前に欲情なんてしねぇから安心しな!」

「むきぃぃぃ!それじゃあ、まるで私に魅力がないってことね!」

そう言うと、ポカスカ殴ってくる。
もう慣れたし、勝手にさせておくか…
しかし、そろそろ水浴びはしたいな。
フィクサーのやつの言う通りにするのは、シャクだが、渓流なら水浴びは出来そうだ。

俺は、広域マップを開く。

なんと、渓流地帯は目前であった。

これは、フィクサーに嵌められているような気もする…
上等じゃねぇか!テメェの懐に飛び込んで、またひと泡吹かせてやるよ。
そう俺は決心して、立ち上がった。

「どわぁぁ!」

急に俺が立ち上がった為、シェリーが前のめりに倒れたのだが、ここは気にしたら、つけあがるだろう。
ひとまず、放っておいて、出発した。

「おい!シェリー行くぞ!渓流で水浴びと洗濯だ!」

「むぅぅぅ!話は終わってなくってよ!」

◆◆◆

渓流地帯は、その名の通り、豊かな水辺と、静かな森が特徴的な地域だ。

サルやキツネに模した、動物型のモンスターの生息地でもある。

俺は、広域マップにしたまま、襲ってきそうなモンスターの位置を確認しながら、先を進んだ。
森の中というのは、あまり良い記憶がないが、今回の森は、鳥もいる。光も入ってくる。爽やかさを感じる、居心地の良い森だ。
しかし、モンスターがいつ襲ってきてもおかしくない為、俺たちは警戒しながら、奥へと進んでいった。

今日は、水浴びができそうな場所を野営地として、夜に洗濯もしよう。
そう、考えていた。

いつの間にか、水辺に出てきていた。
綺麗な清流の音が聞こえる。
すごく癒される光景だ。

声を出さないでもコミュニケーションが取れるよう、俺は『チャット』を起動させたまま、シェリーに話しかける。

「疲れてないか?大丈夫か?少し休むか?」

シェリーは声を出して答える。

「ええ、大丈夫かしら。早く、今日の野営地を見つけましょう」

「バカ…そこでお前が声を出したら、意味がないだろう…心で念じるだけで、伝わるから…」

シェリーは金切り声をあげる。

「バカって何事かしら!バカっていう方がバカなのかしら、バーーカ!」

その時、対岸から女の子の声が聞こえた。
いや、正確には『チャット』で拾った、心の声だ。

「誰!!?そこにいるのは?」

俺は、ふと顔を対岸に向けた。
そこには…いたんだ。女神のような長い髪の綺麗な女の子が…
俺は、思わず見惚れた。
一瞬、時が止まったような気がする。目と目が合った。

思わず、心の声が漏れてしまう。
「…き、綺麗すぎるだろ…こんな可愛い女の子が、この世界にいるなんて…」

目の前の女の子が、みるみるうちに赤くなった。

「やばっ!『チャット』をオンにしたままだった!」

俺は、メニューを開くと、『チャット』をオフにする。

そして、ちゃんと話しかけようと、顔を上げた。
しかし、彼女の姿は、もうどこにもなかった。

広域マップでは、仲間以外の人やNPCの存在は認識できない。
俺は、急いで狭域マップに切り替える。
それでも彼女を表すマークはすでになかった。

「…デリカシーがなさすぎなのよ…」

シェリーが冷たい視線を俺に送る。
俺は、逃がした魚はデカイっと言わんばかりに、肩を落とした。
あんな綺麗な子…せめて名前を聞きたかったな…

「名前くらいなら、チャットの履歴を見れば、分かるんじゃなくて?ふん!」

なぜかとっても不機嫌なシェリー。しかし、その提案、ナイスだぜ!

俺は早速チャット履歴を確認する。

「イオリ…」

あの子の名前か。しかし、その後、驚きの事実に、俺とシェリーは目を丸くした。

イオリ【バグ】

という、彼女を示す事実に…

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