セックスの価値

神崎

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撮影開始

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 暖炉のある部屋のセット。そこにスタッフたちが忙しく動き回っている。そして演者。譲二の役は若く見えるがそこそこの歳をとっている岡田玲二という男だった。
 今の時点の収録はまだ譲二が二十歳そこそこの役だったので、まだ張りのあるメイクをしている。そして波子の役の子供は、まだ子役の女の子。年の頃は十歳と言っていただろうか。
 そして桂。彼はこの役の時点では二十歳。もう四十五の彼には厳しい役だと思えた。しかしヘアメイクでそんなものは何とでもなる。
「どんな演技をするのかね。あのAV男優は。」
「AVなんてのはあまり演技力を必要としないからね。あまり期待しないでおこうか。」
「でも重要だよ。この映画の中の役所は。おそらく濡れ場だけじゃなくて、狂気に満ちた役も必要になってくる。」
「そんなに買っているのか。あの男に。」
 そこへ譲二の役をする玲二がやってきた。彼はぱりっとしたワイシャツとサスペンダーの付いたスラックスを履いている。
「玲二。どうだ。あのAV男優は。」
 すると彼は微笑んで言う。
「悪くないと思いますよ。読み合わせでも浮いていることはなかったし。」
「ふーん。勉強熱心なんだな。」
「あれもお勉強したんだろ?」
「確かになぁ。」
 笑いあう彼らの元に、桂がやってきた。彼は紫のスラックスとワイシャツ。そしてクラバットをしていた。
「よろしくお願いします。」
 手には台本が握られていた。それもぼろぼろになっているが。
 今日撮るシーンに玲二はでない。彼にも興味があったのだ。桂がどんな演技をするのかが。
 大物俳優の相川秀一とそれと同じくらい大物である加藤史定もやってきた。相川は彼を陥れた大企業のトップ。加藤は警察官の役だった。
 今日のシーンは、桂の役(竜之介)が玲二(譲二)の小説を模倣したと疑いをかけられ、彼を出資しようとしていた大企業のトップである相川に見捨てられ、警察官に捕らえられるシーンだった。
 簡単な打ち合わせとリハーサル。そして「本番!」の声がかかり、一気に緊張感が張りつめる。
 やがてカチンと言う音がした。

「うん。いいよ。」
 監督である牧原は、ふっと笑い、「目に狂いはなかった」と安心した。
「ひえぇ。牧原監督が一発でOK出すの初めて見たわ。」
「でもあの感じ。確かに文句言えねぇな。」
 彼をからかうようなことを言っていた男たちも、みんなその演技に黙り込んでいた。
「……。」
 そのスタジオの片隅で、女性がその風景を見守っていた。そしてスタッフが動き回るのを見て、彼女もその場から離れる。
「春川さん。」
 声をかけられて振り返った。そこには「薔薇」の映画担当の斉藤三月がいた。若い男だが何本かヒット作を生み出している。おそらく彼も桂の演技が気になって本社からわざわざ見に来た口なのだ。
「あなたはわかっていたのですか?」
「何がですか?」
「桂さんの演技力の高さですよ。誰もが息を飲んだでしょう。黙りこくって、じっと彼ばかりを見ていた。相川さんも加藤さんも彼をカバーするつもりくらいでいたのに、最後には食われてたまるかといった感じになってましたよ。」
「それでOKを出すんですね。」
 それだけは彼女が合点のいかないところだった。確かに作品を作っているときは自分はこだわって作っているつもりだ。だが一度離れてしまえば、あとはどう評価されるかなどどうでもいい。だが作りたいと言ってきたからには、中途半端な作品にはして欲しくない。
「もしかしたらさっきのシーンは取り直しになるかもしれませんがね。」
 スタジオからスタッフが出てきた。カメラチェックを終えたのかもしれない。
「私はもう帰ります。次の作品があるので。」
「あぁ。あと確認したいことがあるんですよ。」
「何ですか?」
「この作品以外で、映像になることは今の所無いですか?」
 ドキッとした。嵐にプロットは手渡したものの、まだ返事が来ていない。もし彼がOKを出せば書かないといけないのだろうが、それは断ろうと思っていた矢先のことだったから。
「今度出る「花雨」という作品が、映像化しないかと言われてます。ですがまだ世に出る前ですし。」
「ではなくて……その……AVの脚本をしないかとか。」
「あぁ。ありましたが、断るつもりです。一応縁のある方なので、無碍には断れないとは思いますが。」
 スタッフが横を通る。もう話は出来ないだろう。
「わかりました。」
「何かありましたら、こちらから連絡します。」
「お願いします。」
 もしも彼女がAVの脚本を書いたら。確かにおもしろいものが出来るかもしれない。男性にも女性にもうけるような作品を作れるだろう。だがAVは普通の映画よりも劇場公開が少ないし、いきなりソフト化することも多い。
 そうなれば春川原作のこの「薔薇」よりも先にそっちの方が世に出ることになってしまう。それは避けないといけないだろう。

 スタジオの外に出て、車に乗り込もうとしたときだった。一台の車が止まる。それは見覚えのある車だった。
 あまり関わらない方がいいかもしれない。そう思って彼女はさっさと車に乗り込もうとした。しかし車から、一人の男が降りてくる。
「よう。また会ったな。」
 それは西川充だった。相変わらずピアスが重そうだと思う。
「どうも。」
「あんた風俗ライターのくせに普通の映画も取材するのか?」
「それだけでは食べていけませんからね。何をするにしても取材にこだわりはありません。」
「まぁ、十八歳未満は観れねぇ映画だ。ピンク映画と何が違うんだか。」
 その言葉に少しいらつく。しかし彼女は聞かなかったことにして、もう帰ろうと車に乗り込もうと車のドアを開けた。そのとき彼が近づいてくる。そしてドアを押さえた。
「あんた、聞きてぇことがあるんだよ。」
「私にはありません。さっさとドアから手を離して。」
「いいのか?そんなことを言って。」
 彼はそういって携帯の画面を彼女に見せる。そこにはこの間、桂のマンションへ行ったときの画像が映し出されていた。
「……。」
「最近の携帯って、画像いいよな。はっきり顔もわかる。」
 しかし彼女はすっと真顔になり言った。
「確かに私でしょう。」
「お前、旦那がいるよな?不倫してるんなら、桂も……。」
「あの日、ちょっとした飲み会がありました。それには桂さんもいましたね。解散して一緒の方角だからと帰り、まさか、マンションまで一緒だとは思いませんでしたが。」
「……しらばっくれるのか。」
「いいえ。事実です。」
 まっすぐ彼を見て、彼女はそういう。
「それだけですか?」
 ドアに置かれた手を離すと、彼女は車に乗り込んでエンジンをかける。
 少し進んで信号に引っかかると、彼女は携帯を手にした。そして桂にメッセージを送る。
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