セックスの価値

神崎

文字の大きさ
60 / 172
撮影開始

60

しおりを挟む
 収録が終わり、桂は控え室に戻ってきた。一人一人の個室の控え室ではなく他の人もいるような所だったが、そちらの方が気が紛れると進んでそちらを選んだのだ。
 衣装から私服に着替えて、バッグから携帯電話を出す。するとメッセージが入っていた。それは春川からで思わず口元がゆるむ。
「時間があいたら連絡をしてください。」
 短いメッセージだったが、彼女からメッセージをもらうのは初めてだった。
「お疲れさまです。」
 これから現場に向かわないといけないが、その前に彼女と話せる時間くらいはある。バイクのヘルメットをかぶる前に、彼は彼女に電話をする。
 するとすぐに彼女は電話に出た。
「収録は終わった?」
「あぁ。」
「見てたわ。」
「だと思った。ギャラリーが多いなとは思ったが、普通の収録というのはそんなものかと思ってたし、お前があの中にいるのはAVの現場よりは不自然じゃないからな。」
「そうね。また見に来るように言われた。」
「そうか。」
 手の中でバイクのキーがチャラッと音をたてる。出来ればこのまま彼女に会いたい。でも会えば抱きしめたくなるだろう、そしてキスも、その続きもしたくなる。それをぐっと押さえた。
「さっき、西川充が来たの。」
「どうして?」
「あなたとマンションに入るところを撮られていた。家が一緒だから入るのは当然だと言っておいたけれど……。」
「あんたにも、俺にも不利な写真だな。」
「……実際借りれるのかしら。」
「別居でもする気か?」
 だったら自分の所へ来ればいい。そしてずっと彼女と一緒にいれればいい。
「いいえ。出来ないと思う。だけど少しは考えていたわ。」
「別居のことか?」
「いいえ。小説家の春川も、ジャーナリストとしての春川も、少し名前が大きくなりすぎたわ。そんな写真が流出するのも時間の問題だし、きっと祥吾さんのことも調べられる。」
「出版社にはきっと出せないだろう?冬山祥吾のスキャンダルが出なかったのは、彼の功績を考えてのことだ。安易に目先のことをかき立てて冬山祥吾を失いたくないだろう。」
「えぇ。私もそう思う。だから、あなたの住んでいるマンションは空きがあるかどうか聞きたいの。」
「空いてると思う。でもそこへ来るような時間はあるのか。」
「仕事の打ち合わせは、他に聞かれないところがいいと言われていることもあるの。でも家でするわけにはいかないから。」
「聞いてみよう。ルー。」
「何?」
「そこに俺は行ってもいいのか。」
「半分くらいはそれも期待してるわ。」
「悪い奴。」
「あなたもね。」
 少し笑いあい、電話を切る。いつまでも話していたいと思うが、そうも言っていられない。彼はヘルメットをかぶると、バイクを走らせた。自分の仕事をするためだった。

 電話を切ると少しため息を付く。そして部屋に戻った。そこには難しそうな顔をして、原稿を読んでいる北川の姿がある。出版社の打ち合わせのための部屋だった。他には声は聞こえないが、ここへ春川がしょっちゅうやってくるため、そろそろ彼女が作家かライターであることが余所にもばれてきたようだ。
「どうですか?」
「いい感じですね。」
 北川は原稿を置いて、ため息を付く。原稿には赤ペンで印が付けられている。それは彼女の表現の稚拙さや、気になるところにチェックがつけられているのだ。
 最近北川は少し元気がない。正確にはあの取材兼飲み会の時からだろうか。
「何かありました?」
 その声に彼女は少し微笑む。
「別に原稿には何もないんですがね。」
 彼女は携帯電話を取り出す。そしてまたため息を付いて、ポケットにいれた。
「原稿には?」
「えぇ。」
 肘を突いて彼女は春川に聞く。
「春川さん。あの人には会う事あります?」
「あの人?」
 名前が公に言えないために「あの人」という表現を使ったのだ。それを感じて、彼女はうなづいた。
「いいえ。そうですね。あの飲み会の時以来会ってませんか。」
「それで平気ですか?」
「私にも事情がありますし、彼にも事情があります。恋人同士になるようなことはそもそもありませんし。」
「彼もそれでいいって言うの?」
「えぇ。そういってますが……無理はしていると思いますよ。私もそうしているように。」
「やっぱり会いたいと思いますよね。」
 少し興奮したような北川の様子に、春川は少し驚いていた。
「何かありました?」
「え?何かって?」
「もしかして、達哉さんと何かありました?」
 達哉の名前に北川の顔が赤くなる。鈍い彼女だが何も話さなくてもそれはわかった。
「すごい上手で……。」
「えぇ。そうでしょうね。達哉さんもこの世界に入って五年はたつと言ってましたから。」
「でもあれ以来連絡もないんです。もしかして……。」
「遊ばれてたとか思ってます?」
「かもしれないじゃないんですか。だって……。」
 少し興奮気味だ。春川はコーヒーを勧めて、彼女をなだめる。
「達哉さんは遊ぶような人ではないと、彼が言ってました。」
「でも連絡なくて……。」
「忙しいんですよ。あなたも校了前は連絡も取れないくらい忙しいでしょう?」
「同じアパートに住んでるのに、見ることもないのよ。」
「そういうこともあります。私も旦那と今日は一度も顔を合わせてないという日だってありますから。」
「でも……。」
「いちいち考えてたら、何も出来ません。そういう人です。いちいち考えてたら身が持ちませんよ。だいたい……。」
 彼女はコーヒーを一口飲んで言う。
「インターネットで、彼の名前を検索するだけでいろんな画像が出てきます。女性と手を繋いでいたり、キスをしていたり……このところは注目されてますしね。達哉さんもおそらくありますよ。彼のおかげで、AV男優というのが少しずつ注目されてますから。」
「……平気なの?」
「平気なわけはありませんが、気にしないふりをしていないとこれから先が無い気がします。」
 同じマンションに部屋を借りる。だが彼と会うことはきっと少ないし、彼が部屋を訪れても彼女がいないことや、彼女が彼の部屋を訪れてもいないこともあるだろう。こんな時やきもきするのだろうか。目の前で悩んでいる彼女のように。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...