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撮影開始
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収録が終わり、桂は控え室に戻ってきた。一人一人の個室の控え室ではなく他の人もいるような所だったが、そちらの方が気が紛れると進んでそちらを選んだのだ。
衣装から私服に着替えて、バッグから携帯電話を出す。するとメッセージが入っていた。それは春川からで思わず口元がゆるむ。
「時間があいたら連絡をしてください。」
短いメッセージだったが、彼女からメッセージをもらうのは初めてだった。
「お疲れさまです。」
これから現場に向かわないといけないが、その前に彼女と話せる時間くらいはある。バイクのヘルメットをかぶる前に、彼は彼女に電話をする。
するとすぐに彼女は電話に出た。
「収録は終わった?」
「あぁ。」
「見てたわ。」
「だと思った。ギャラリーが多いなとは思ったが、普通の収録というのはそんなものかと思ってたし、お前があの中にいるのはAVの現場よりは不自然じゃないからな。」
「そうね。また見に来るように言われた。」
「そうか。」
手の中でバイクのキーがチャラッと音をたてる。出来ればこのまま彼女に会いたい。でも会えば抱きしめたくなるだろう、そしてキスも、その続きもしたくなる。それをぐっと押さえた。
「さっき、西川充が来たの。」
「どうして?」
「あなたとマンションに入るところを撮られていた。家が一緒だから入るのは当然だと言っておいたけれど……。」
「あんたにも、俺にも不利な写真だな。」
「……実際借りれるのかしら。」
「別居でもする気か?」
だったら自分の所へ来ればいい。そしてずっと彼女と一緒にいれればいい。
「いいえ。出来ないと思う。だけど少しは考えていたわ。」
「別居のことか?」
「いいえ。小説家の春川も、ジャーナリストとしての春川も、少し名前が大きくなりすぎたわ。そんな写真が流出するのも時間の問題だし、きっと祥吾さんのことも調べられる。」
「出版社にはきっと出せないだろう?冬山祥吾のスキャンダルが出なかったのは、彼の功績を考えてのことだ。安易に目先のことをかき立てて冬山祥吾を失いたくないだろう。」
「えぇ。私もそう思う。だから、あなたの住んでいるマンションは空きがあるかどうか聞きたいの。」
「空いてると思う。でもそこへ来るような時間はあるのか。」
「仕事の打ち合わせは、他に聞かれないところがいいと言われていることもあるの。でも家でするわけにはいかないから。」
「聞いてみよう。ルー。」
「何?」
「そこに俺は行ってもいいのか。」
「半分くらいはそれも期待してるわ。」
「悪い奴。」
「あなたもね。」
少し笑いあい、電話を切る。いつまでも話していたいと思うが、そうも言っていられない。彼はヘルメットをかぶると、バイクを走らせた。自分の仕事をするためだった。
電話を切ると少しため息を付く。そして部屋に戻った。そこには難しそうな顔をして、原稿を読んでいる北川の姿がある。出版社の打ち合わせのための部屋だった。他には声は聞こえないが、ここへ春川がしょっちゅうやってくるため、そろそろ彼女が作家かライターであることが余所にもばれてきたようだ。
「どうですか?」
「いい感じですね。」
北川は原稿を置いて、ため息を付く。原稿には赤ペンで印が付けられている。それは彼女の表現の稚拙さや、気になるところにチェックがつけられているのだ。
最近北川は少し元気がない。正確にはあの取材兼飲み会の時からだろうか。
「何かありました?」
その声に彼女は少し微笑む。
「別に原稿には何もないんですがね。」
彼女は携帯電話を取り出す。そしてまたため息を付いて、ポケットにいれた。
「原稿には?」
「えぇ。」
肘を突いて彼女は春川に聞く。
「春川さん。あの人には会う事あります?」
「あの人?」
名前が公に言えないために「あの人」という表現を使ったのだ。それを感じて、彼女はうなづいた。
「いいえ。そうですね。あの飲み会の時以来会ってませんか。」
「それで平気ですか?」
「私にも事情がありますし、彼にも事情があります。恋人同士になるようなことはそもそもありませんし。」
「彼もそれでいいって言うの?」
「えぇ。そういってますが……無理はしていると思いますよ。私もそうしているように。」
「やっぱり会いたいと思いますよね。」
少し興奮したような北川の様子に、春川は少し驚いていた。
「何かありました?」
「え?何かって?」
「もしかして、達哉さんと何かありました?」
達哉の名前に北川の顔が赤くなる。鈍い彼女だが何も話さなくてもそれはわかった。
「すごい上手で……。」
「えぇ。そうでしょうね。達哉さんもこの世界に入って五年はたつと言ってましたから。」
「でもあれ以来連絡もないんです。もしかして……。」
「遊ばれてたとか思ってます?」
「かもしれないじゃないんですか。だって……。」
少し興奮気味だ。春川はコーヒーを勧めて、彼女をなだめる。
「達哉さんは遊ぶような人ではないと、彼が言ってました。」
「でも連絡なくて……。」
「忙しいんですよ。あなたも校了前は連絡も取れないくらい忙しいでしょう?」
「同じアパートに住んでるのに、見ることもないのよ。」
「そういうこともあります。私も旦那と今日は一度も顔を合わせてないという日だってありますから。」
「でも……。」
「いちいち考えてたら、何も出来ません。そういう人です。いちいち考えてたら身が持ちませんよ。だいたい……。」
彼女はコーヒーを一口飲んで言う。
「インターネットで、彼の名前を検索するだけでいろんな画像が出てきます。女性と手を繋いでいたり、キスをしていたり……このところは注目されてますしね。達哉さんもおそらくありますよ。彼のおかげで、AV男優というのが少しずつ注目されてますから。」
「……平気なの?」
「平気なわけはありませんが、気にしないふりをしていないとこれから先が無い気がします。」
同じマンションに部屋を借りる。だが彼と会うことはきっと少ないし、彼が部屋を訪れても彼女がいないことや、彼女が彼の部屋を訪れてもいないこともあるだろう。こんな時やきもきするのだろうか。目の前で悩んでいる彼女のように。
衣装から私服に着替えて、バッグから携帯電話を出す。するとメッセージが入っていた。それは春川からで思わず口元がゆるむ。
「時間があいたら連絡をしてください。」
短いメッセージだったが、彼女からメッセージをもらうのは初めてだった。
「お疲れさまです。」
これから現場に向かわないといけないが、その前に彼女と話せる時間くらいはある。バイクのヘルメットをかぶる前に、彼は彼女に電話をする。
するとすぐに彼女は電話に出た。
「収録は終わった?」
「あぁ。」
「見てたわ。」
「だと思った。ギャラリーが多いなとは思ったが、普通の収録というのはそんなものかと思ってたし、お前があの中にいるのはAVの現場よりは不自然じゃないからな。」
「そうね。また見に来るように言われた。」
「そうか。」
手の中でバイクのキーがチャラッと音をたてる。出来ればこのまま彼女に会いたい。でも会えば抱きしめたくなるだろう、そしてキスも、その続きもしたくなる。それをぐっと押さえた。
「さっき、西川充が来たの。」
「どうして?」
「あなたとマンションに入るところを撮られていた。家が一緒だから入るのは当然だと言っておいたけれど……。」
「あんたにも、俺にも不利な写真だな。」
「……実際借りれるのかしら。」
「別居でもする気か?」
だったら自分の所へ来ればいい。そしてずっと彼女と一緒にいれればいい。
「いいえ。出来ないと思う。だけど少しは考えていたわ。」
「別居のことか?」
「いいえ。小説家の春川も、ジャーナリストとしての春川も、少し名前が大きくなりすぎたわ。そんな写真が流出するのも時間の問題だし、きっと祥吾さんのことも調べられる。」
「出版社にはきっと出せないだろう?冬山祥吾のスキャンダルが出なかったのは、彼の功績を考えてのことだ。安易に目先のことをかき立てて冬山祥吾を失いたくないだろう。」
「えぇ。私もそう思う。だから、あなたの住んでいるマンションは空きがあるかどうか聞きたいの。」
「空いてると思う。でもそこへ来るような時間はあるのか。」
「仕事の打ち合わせは、他に聞かれないところがいいと言われていることもあるの。でも家でするわけにはいかないから。」
「聞いてみよう。ルー。」
「何?」
「そこに俺は行ってもいいのか。」
「半分くらいはそれも期待してるわ。」
「悪い奴。」
「あなたもね。」
少し笑いあい、電話を切る。いつまでも話していたいと思うが、そうも言っていられない。彼はヘルメットをかぶると、バイクを走らせた。自分の仕事をするためだった。
電話を切ると少しため息を付く。そして部屋に戻った。そこには難しそうな顔をして、原稿を読んでいる北川の姿がある。出版社の打ち合わせのための部屋だった。他には声は聞こえないが、ここへ春川がしょっちゅうやってくるため、そろそろ彼女が作家かライターであることが余所にもばれてきたようだ。
「どうですか?」
「いい感じですね。」
北川は原稿を置いて、ため息を付く。原稿には赤ペンで印が付けられている。それは彼女の表現の稚拙さや、気になるところにチェックがつけられているのだ。
最近北川は少し元気がない。正確にはあの取材兼飲み会の時からだろうか。
「何かありました?」
その声に彼女は少し微笑む。
「別に原稿には何もないんですがね。」
彼女は携帯電話を取り出す。そしてまたため息を付いて、ポケットにいれた。
「原稿には?」
「えぇ。」
肘を突いて彼女は春川に聞く。
「春川さん。あの人には会う事あります?」
「あの人?」
名前が公に言えないために「あの人」という表現を使ったのだ。それを感じて、彼女はうなづいた。
「いいえ。そうですね。あの飲み会の時以来会ってませんか。」
「それで平気ですか?」
「私にも事情がありますし、彼にも事情があります。恋人同士になるようなことはそもそもありませんし。」
「彼もそれでいいって言うの?」
「えぇ。そういってますが……無理はしていると思いますよ。私もそうしているように。」
「やっぱり会いたいと思いますよね。」
少し興奮したような北川の様子に、春川は少し驚いていた。
「何かありました?」
「え?何かって?」
「もしかして、達哉さんと何かありました?」
達哉の名前に北川の顔が赤くなる。鈍い彼女だが何も話さなくてもそれはわかった。
「すごい上手で……。」
「えぇ。そうでしょうね。達哉さんもこの世界に入って五年はたつと言ってましたから。」
「でもあれ以来連絡もないんです。もしかして……。」
「遊ばれてたとか思ってます?」
「かもしれないじゃないんですか。だって……。」
少し興奮気味だ。春川はコーヒーを勧めて、彼女をなだめる。
「達哉さんは遊ぶような人ではないと、彼が言ってました。」
「でも連絡なくて……。」
「忙しいんですよ。あなたも校了前は連絡も取れないくらい忙しいでしょう?」
「同じアパートに住んでるのに、見ることもないのよ。」
「そういうこともあります。私も旦那と今日は一度も顔を合わせてないという日だってありますから。」
「でも……。」
「いちいち考えてたら、何も出来ません。そういう人です。いちいち考えてたら身が持ちませんよ。だいたい……。」
彼女はコーヒーを一口飲んで言う。
「インターネットで、彼の名前を検索するだけでいろんな画像が出てきます。女性と手を繋いでいたり、キスをしていたり……このところは注目されてますしね。達哉さんもおそらくありますよ。彼のおかげで、AV男優というのが少しずつ注目されてますから。」
「……平気なの?」
「平気なわけはありませんが、気にしないふりをしていないとこれから先が無い気がします。」
同じマンションに部屋を借りる。だが彼と会うことはきっと少ないし、彼が部屋を訪れても彼女がいないことや、彼女が彼の部屋を訪れてもいないこともあるだろう。こんな時やきもきするのだろうか。目の前で悩んでいる彼女のように。
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