セックスの価値

神崎

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対面

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 会いたいと思っても会えないのが現状で、祥吾だけが上機嫌の食事をすませたあと、春川は部屋に戻ってきた。携帯電話を手にしたが、メッセージは何も入っていないし、着信もない。仕事用の携帯電話を手にしても、仕事用のメッセージが入っているだけだった。
 軽くため息を付くと春川は、バッグの中から資料を取り出した。そのとき携帯電話が鳴る。急いでそれを見ると、そこには嵐からの着信だった。
「もしもし。」
「あー。春川さん。今大丈夫?」
「はい。」
「例のプロットだけどさ。やっぱ他の奴に脚本頼んだのよ。でもなんか納得しなくってさ。あんたやっぱ書いてくんない?」
「「薔薇」の公開は、来年の秋になりますがそれまで大丈夫ですか?」
「かまわないよ。どうせそんなに急ぐ仕事でもないしさ。」
「そうでしょうか。女性用のポルノは今が旬のような気もしますが。」
 少し彼は黙り、言葉を続けた。
「まだまだだよ。証拠に、そういうソフトはまだレンタルでも片隅だ。しかも十八禁のコーナーにあるから、女は手に取りにくい。会社ももう少し時期を見ての発売がいいという判断だ。」
「……会社が言うのであれば、従うしかありませんよね。」
「まぁな。俺はフリーではあるけど、俺が発売してるわけじゃねぇし。」
「ちなみに誰を男優と思ってますか?」
 その言葉を待っていた。嵐はふと笑い彼女に言う。
「達哉だ。」
「達哉さん?」
「達哉でも少し歳は取ってるがな。それ以外の若い男優も視野に入れている。演技が出来て男優として成り立ってる奴だ。」
「なるほどですね。」
「悪いな。桂はちっと歳取ってて視野には入ってねぇんだ。」
「だと思いますよ。鍛えてますが、よく見ればそんなに若いわけではないようです。四十五歳の男ですよ。」
「あんたもそう思うのか?惚れてるとは思えねぇ言いぐさだな。」
 慎重に聞かなければいけないだろう。彼女の夫が冬山祥吾であるなら尚更だ。
「あんた、今度また撮影を見に来るか?」
「そうですね。機会があれば。」
「桂以外の奴がいいだろ?若い男優を見ればまたインスピレーションがわくだろうし。」
「そうですね。そう言えば桂さんのものしか見たこと無かったです。今度はタイプの違う人をお願いしたいですね。」
「あんたらしいな。じゃあ、また連絡する。」
「えぇ。おやすみなさい。」
 携帯を切り、ため息を付いた。当初は本当にこの世界が気になって見に来る珍しい女という印象しかなかった。だが桂に出会ったのが運の尽きだ。
 好きだという。そしておそらく桂も好きなのだろう。
 だが彼女には祥吾がいる。祥吾が結婚するような女だ。きっと彼にも彼女を執着するだけの理由がある。それは何なのかわからない。
 嵐は携帯をバッグに投げ込むと、エンジンをかけた。そろそろ寒くなる季節になる。

 桂が映画に入ったおかげだろうか。俳優たちが気合いを入れて撮影に望んでくれる。たかがAV男優だという前評判は、最近では一気に消えた。二人のシーンが続いている長峰英子はさらにだった。子役としてのキャリアが邪魔をするのか、負けてられないと気合いが目に見えてわかる。だがそれがよけいに滑稽に見えた。
「だめ。もう一度。」
 また英子のミスだ。牧原は、容赦なくNGを出す。カメラが回っていなければ、彼女は厳しい目でぐっと唇を噛む。どこが悪いのか、どこを直せばいいのか、牧原は詳しいことを言わない。自分で感じて欲しいからだ。
 もちろん桂にもそれは言える。だから彼は何パターンか用意してあり、それを演じる。だが余裕のない英子にはそれが出来ない。
「だめ。」
 牧原はため息を付き、何度も同じシーンをカットする。
「監督。せめてどこが悪いのか、言ってくれませんか。」
 もうぎりぎりだった。英子は監督に食ってかかってくる。
「あんた台本読んで、波子の心情を考えたのか?」
「……。」
「好きな人が来るか来ないかわからないけど、待っているのだろう?そのときのことをもっと考えろ。あんたのは来るのが前提になっている。」
 そう言うと、牧原は席を立った。
「飯にするか。」
 野外にあるスタジオ。その席を牧原は立つと、建物の中へ入っていった。
「英子ちゃん。」
 彼女は立ち尽くしたまま、泣きたいのを押さえているようだった。
 子役として活躍していた。あのころはちやほやされ、何をしても可愛いと言われていたのに、もう彼女は二十を越えた。どんどん役は減っていき、今はCMにすら他の若い役者が演じている。
 スタッフが声をかけてくれるが、彼女はそのまま建物の中に入っていった。桂はため息を付いてその後ろ姿をみた。
「……英子、降りるかもな。」
 そう言って声をかけたのは、主役をしている譲二役の岡田玲二だった。彼よりももっと年下で、だが主演作は多い。もちろん十八禁などではない映画だった。
「代わりを捜すか?」
「それを決めるのは監督だろう。まだベッドシーン撮ってないのか?」
「まぁな。予定ではもう少しと言ったところか。けど遅れてるし。」
「英子が足を引っ張ってるんだろ?キャリアだけはご立派だけど、それに伴ってないな。」
「あんたも辛口だな。」
「主演だしあまり気乗りしない映画の話ではあったけど、やると言ったからにはみんなで作り上げたい。悲恋の話だし、映画を見た人が号泣できるような話になればいい。」
「……。」
 見た目はチャラく思えたが、案外しっかりしている。若いが評判がいいのはそのせいだろう。
「英子が降りるとしたら、誰がなるんだ。波子は主役だけど。」
「さぁ。またオーディションじゃねぇか?クランクアップが伸びそうだな。」
 ため息を付くと、彼はその場を後にしようとした。
「桂さん。あんた飯食べないの?」
「貰うよ。でも次の現場に遅れるって連絡をする。」
「あー。まだやってんだっけ。AV。」
 そう。他人からしたらまだやっているのかという仕事だ。しかし映画では食えない。雑誌やテレビに出ることもあるが、収入は微々たるものだ。
 食べていくには女に突っ込まないといけない。突っ込みたいのは一人だけなのに。
「桂さん。一緒に食わない?」
「あぁ。いいよ。」
 彼の周りには人が集まってきている。最初は色眼鏡で見ていた人たちも、徐々に彼に集まってきていた。
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