セックスの価値

神崎

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対面

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 バッグに置いてあった携帯電話を手にすると、桂はスタジオに連絡をする。
「すいません。少し遅れそうです。」
「あぁ。わかった。まだ女優も来てねぇし、ゆっくり来いよ。」
 今回は監督が良い人でよかった。前回は気が短い人で、彼が来ないとわかると違う男優にすぐ変えさせられた。
 こっちの現場が過ごしやすくなればなるほど、AVの現場が居心地が悪くなる。桂は俳優になってしまったと、口々に言うのだ。彼自身はどっちがどっちの世界だという観念はない。どちらも演じるというのは一緒だと思っているからだ。
 電話を切ると、メッセージをチェックする。そのメッセージの中には、春川のものがあった。急いでそれをチェックする。
「今日、現場にお邪魔します。」
 その一文だけ。すると彼は「どっちの?」と聞いた。するとすぐにメッセージが届く。
「今います。社食の中で牧原さんといます。」
 彼はメッセージを閉じると、急いで控え室を出た。
「あー。来た来た。」
 彼を見つけると、玲二が近づいてくる。
「今日の日替わりコロッケだって。」
「マジか。胃にきそう。」
 玲二と話ながら、彼女の姿を探す。すると彼女は牧原監督と、食事をしていた。だがその顔に笑顔はない。何か深刻そうな話をしているようだ。
「……監督と話してんの誰かな。」
 玲二も気が付いたらしく、彼女の方をみる。
「ライターだよ。」
「ライター?映画関係の人か?初めて見る顔だな。」
 彼女は首を傾げ、その後深くうなずいた。
「桂さん。あんたに聞きたいことあるんだよ。なぁ。」
 彼は牧原監督の少し近くに席を取り、いすに座った。
「何?」
 味噌汁をすすり、彼は聞く。アサリの味噌汁だ。いい味だと思う。
「AVの現場って、飯出るの?」
「出るところもあるよ。別にないときもある。個人で勝手に食ってろみたいな感じの所もあるし。あーそう言えばこの間、ウナギ食ったわ。」
「ウナギ?マジで精力付くような食べ物出るんだな。んでさ、現場ってどんな感じなの?」
「どんなって……。」
 その言葉に少し引く。コロッケを割りながら、口に運んだ。
「スタッフって男ばっか?」
「いいや。女もいる。というか女がいないと成り立たないだろうな。」
「どうして?」
「女優は結構メンタルやられてる奴多いから俺らがサポートしないといけないけど、女によっては女同士の方が話せることも多い。」
「そんな女ってどんな奴?」
「ヘアメイクしている奴かな。顔射されたらすぐメイク崩れるし。潮なんて噴いたら……。」
 AVでは普通の会話だった。しかしここは違う。彼は少し咳払いをして、コロッケにまた箸をつける。
「まぁ。何にしても、女は珍しいよ。俺らの現場を見て冷静に対処できる女なんて、そうそういないな。」
「つーかさ。聞きたいことって、まぁあるんだけどさ、ここでは話せないって言うか。」
「あー。あれのテクのことか?」
 その言葉に、周りのスタッフも集まってきた。百戦錬磨の彼の話を聞きたいのだろう。彼もそれを惜しむことはなく、話し始めた。
「やーねぇ。男は。」
「あんなにAV男優はっていってたのに、もう仲良くなろうとしてるし。」
「でもお近づきになりたいって思わない?」
「やーだぁ。あんな人味わったら、他の男なんてくずでしょ?」
 女性たちはそんなことを言いながら、笑い合っていた。
 だがそんな中、春川と牧原は難しい顔をして話し合っている。少し離れたところで話している彼女らの会話は、ジョークの一つもない。
「……私の手を放れた作品です。あなたがどう捕らえて貰っても口出しはしませんよ。」
「でも俺が描きたいのはあんたの頭の中だ。さっき見たヤツだけでどう思うか聞かせて欲しいんだよ。」
「……。」
 食べ終わった皿を見て、彼女はお茶を一口飲んだ。
「そうですね……。正直に言って良いですか。」
「あぁ。」
「普通の映画。そういった印象ですね。」
「普通の?」
「えぇ。どこにでもあるそうですね……レンタルショップで百円で六泊七日。その価値です。」
「まだドラマシーンだけだが、そう思ったか。」
「音楽が入れば違うのでしょうが。」
「だったら人は?どうだろうか。」
「……姿はイメージ通りですよ。でも……。」
「誰だ。」
「波子が不満です。」
「やっぱりか。」
 彼はそういってため息を付く。
「何度か心情をくみ取れといっているんだがな。どうも理解できないらしい。」
「恋をしたことがないのでしょうか。」
「あんたは?わかってそれを書いているのか。」
「……どうでしょうね。」
 ちらりと桂の方をみる。彼の周りには人が多く集まってきた。女のアレやコレやソレを話しているのだろう。
「あんた、もし良かったら英子と話してみないか。」
「追いつめられた女性に私が何を話しましょうか。傷口に塩を塗るようなことしか言えませんよ。」
「それでも良い。ソレでつぶれるなら他の女優を選ぶ。だがそんなタマじゃないと思うがね。」
 彼女はため息を付き、どうやって自分を自己紹介すればいいかと少し考えていた。
「ところであんた、結婚してるって言ってたか。」
「えぇ。」
「旦那とは情熱的に知り合ったんだろうな。」
 そういって彼は笑う。初めて彼の笑顔がみれた。
「いいえ。そんなんじゃないですよ。私が押し掛けたんです。」
「ますます情熱的だ。」
 彼女にも笑顔が戻る。そしてトレーを手にした。
「控え室はどこですか?」
「ここをでて、左の奥だ。名前書いてあるからわかる。」
「OKです。」
 彼女はそういって返却口にトレーを返した。その様子を桂も目で追う。
「桂さん。」
 声をかけられ、彼はまた話を続けた。何を話していたのか、何をしたのか、彼にはわからなかった。
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