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姉
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化粧だけを落とし、先ほどの格好の春川がいる。着替えはあるが車の中だという。そして春川は部屋を出る。その後を追うように、桂も出て行った。
彼女の部屋にやってくると、彼女はパソコンのある部屋にやってきてデータをフラッシュメモリに移し始める。その間、桂は棚を見ていた。本が多い。そしてDVDもある。その中には、彼が男優として出演したAVもある。それを手にすると、覚えていない女優が彼の性器や指でもだえている姿が裏のパッケージに写っていた。それを観たというのだろうか。彼女はきっと資料として観たと思うのだが、それでもほかの女に入れ込む姿はあまり観られたくはない。
そしてそのDVDを棚にしまうと、次に目に付いたのは冬山祥吾の本だった。それは「蓮の花」というタイトルが付いている。それを手にすると、彼女はパソコンから目を離した。
「それは今度映画になるんだって言ってたわ。」
「へぇ。どんな話?」
「戦後の話ね。ある医者が麻薬で一儲けして、屋敷を建てた。でも医者は殺されるの。容疑者は医者の妻、弟、息子、娘、そして娘の婚約者、それから妻の愛人。」
「サスペンスか。」
「そうね。ジャンルはそうかもしれない。今度映画になると言っていた。」
思い出したことがある。祥吾は桂を一目見て、この本が映画になるときキャストに桂を使えばいいと言っていた。
「映画に?」
「そう。弟のキャストにぴったりだと言っていた。」
「どんな役所だろうか。」
「そうね……。病院で使っていたヒロポンをちょろまかして、ヤク中になる役所。だけど犯人ではないの。途中で殺されるわ。」
「死ぬ役か。」
「でも死なせたくないわね。」
データを移し終わり、彼女はフラッシュメモリに蓋をして、パソコンをシャットダウンする。すると彼は彼女を後ろから抱きしめた。
「行かせたくない。」
「そうね。私も行きたくないわ。」
「このまま眠れたらどんなにいいだろう。」
手を重ねる。そして彼女は彼の方を向いた。
「好きよ。」
「俺も好きだ。」
髪を避けて、少しかがんだ。彼女も背伸びをする。軽く唇に触れ、忘れないようにと彼の胸に体を寄せた。
「もう行かなきゃ、怪しまれるわね。」
「うん。」
彼女を離し、額を寄せる。そしてまた引き寄せられるようにキスをした。
「また、連絡をするわ。」
「あぁ。待ってる。」
腕の力が抜けて、彼女は後ろを向くとフラッシュメモリを手にした。そして玄関へ向かう。
家を出ると、彼も一緒に出て行った。そして家の鍵を閉める。
「……じゃあ、また。」
「うん。またな。」
彼から背を向けて、エレベーターの方へ足を向ける。その背中を彼はじっと見ていた。そしてエレベーターの前につくと、ボタンを押す。程なくしてドアが開いた。その中に入り、彼の方を見た。じっとこちらを見ている。
ドアが閉まる前、彼女は手を少し挙げた。永遠の別れじゃない。わかっている。不意に明日会うかもしれない。だけど苦しかった。
彼女はエレベーターの壁にもたれ、ため息をついた。苦しい。彼と別れる度に苦しくなる。あの腕で抱かれた時を思い出すから。
家に帰り着くと、車から荷物を手にした。そして玄関のドアを開く。そこには彼女の物ではないパンプスがあった。女性を呼んでいるらしい。
ため息をついて彼女は玄関に一度荷物を置くと、そのパンプスを揃える。そして自分の靴を脱いだ。あぁ。今日の自分の靴の方がもっと女性らしいな。
夏ならサンダルで駆け回るが、今はスニーカーが多い。それなのに今日の靴は、可愛らしいヒールのついたブーツだ。それも北川の見立てによるもので、普段なら絶対履かない。おかげで足にマメができたようだ。
荷物を持って、自分の部屋に向かおうとしたときだった。
「あら。助手の……。」
そこには有川の姿があった。紺のスーツ姿だったということは、仕事の後か、仕事中にこっちにきたのだろう。
「今晩は。こんな夜までお世話になります。」
「いいえ。あなたがいないからと言って、先生が私を呼んだんです。急な打ち込みがあると言って。」
「すいません。外せない取材がありましたので。」
「えぇ。北川さんから聞いてます。」
「え?」
「同じ出版社ですの。秋野さんというライターと今日はホストクラブの取材だとか。」
「秋野はライターの名前です。」
「そう聞いてます。大変ですね。そんなところまで取材をするなんて。」
同情しているような口調だが、実際は何も感じていないだろう。むしろいない方が良かったと思っているかもしれない。いない方が祥吾との時間が増えるのだから。
「春?」
奥から祥吾がやってきた。彼女のその姿に少し驚いているように見える。
「ただいま帰りました。」
「驚いたよ。そういう格好もするなんてね。よく似合っているよ。」
誉め言葉が上っ面で嬉しくない。だが有川は不機嫌そうに彼女を見ていた。彼女がそういう格好をすれば、もっと可愛くなるだろうにという意味だろう。
「そうですか?少し動きにくかったですね。」
「君らしい。あぁ、春。帰ってきて悪いが、有川さんを送ってきてはくれないか。」
「え?」
「こんな夜遅くに年頃の娘さんを、一人で歩かせるわけにはいかないだろう?どこまで送ればいいかな?」
「あぁ。大丈夫ですよ、先生。タクシーで帰りますから。」
「私が勝手に君を呼んだんだ。送らせるから心配しないでくれ。」
その言葉に、彼女はそういうこともあるだろうと部屋に荷物を置き、鍵と財布だけを手にしてまた部屋を出てきた。
「お住まいはどちらですか?それとも会社へ送りますか?」
「……いいんです。家もあまり遠くではないので。」
「いいから送りなさい。何事があってからでは遅いのだから。」
祥吾の言葉に、彼女は渋々春川に頭を下げる。
「ではお願いします。」
「わかりました。では行きましょう。」
おそらく帰ってきて、もう祥吾は春川に興味を持たないだろう。小説を書くからだ。
そういった意味では彼女がいてくれて良かった。いくら祥吾でも、春川の裸を見れば、今日何があったかわかるだろう。
彼女の体には桂が付けた跡が無数に残っている。それは服を着ていれば見えないところだった。それが嬉しくもあったが、後ろめたさもあった。
彼女の部屋にやってくると、彼女はパソコンのある部屋にやってきてデータをフラッシュメモリに移し始める。その間、桂は棚を見ていた。本が多い。そしてDVDもある。その中には、彼が男優として出演したAVもある。それを手にすると、覚えていない女優が彼の性器や指でもだえている姿が裏のパッケージに写っていた。それを観たというのだろうか。彼女はきっと資料として観たと思うのだが、それでもほかの女に入れ込む姿はあまり観られたくはない。
そしてそのDVDを棚にしまうと、次に目に付いたのは冬山祥吾の本だった。それは「蓮の花」というタイトルが付いている。それを手にすると、彼女はパソコンから目を離した。
「それは今度映画になるんだって言ってたわ。」
「へぇ。どんな話?」
「戦後の話ね。ある医者が麻薬で一儲けして、屋敷を建てた。でも医者は殺されるの。容疑者は医者の妻、弟、息子、娘、そして娘の婚約者、それから妻の愛人。」
「サスペンスか。」
「そうね。ジャンルはそうかもしれない。今度映画になると言っていた。」
思い出したことがある。祥吾は桂を一目見て、この本が映画になるときキャストに桂を使えばいいと言っていた。
「映画に?」
「そう。弟のキャストにぴったりだと言っていた。」
「どんな役所だろうか。」
「そうね……。病院で使っていたヒロポンをちょろまかして、ヤク中になる役所。だけど犯人ではないの。途中で殺されるわ。」
「死ぬ役か。」
「でも死なせたくないわね。」
データを移し終わり、彼女はフラッシュメモリに蓋をして、パソコンをシャットダウンする。すると彼は彼女を後ろから抱きしめた。
「行かせたくない。」
「そうね。私も行きたくないわ。」
「このまま眠れたらどんなにいいだろう。」
手を重ねる。そして彼女は彼の方を向いた。
「好きよ。」
「俺も好きだ。」
髪を避けて、少しかがんだ。彼女も背伸びをする。軽く唇に触れ、忘れないようにと彼の胸に体を寄せた。
「もう行かなきゃ、怪しまれるわね。」
「うん。」
彼女を離し、額を寄せる。そしてまた引き寄せられるようにキスをした。
「また、連絡をするわ。」
「あぁ。待ってる。」
腕の力が抜けて、彼女は後ろを向くとフラッシュメモリを手にした。そして玄関へ向かう。
家を出ると、彼も一緒に出て行った。そして家の鍵を閉める。
「……じゃあ、また。」
「うん。またな。」
彼から背を向けて、エレベーターの方へ足を向ける。その背中を彼はじっと見ていた。そしてエレベーターの前につくと、ボタンを押す。程なくしてドアが開いた。その中に入り、彼の方を見た。じっとこちらを見ている。
ドアが閉まる前、彼女は手を少し挙げた。永遠の別れじゃない。わかっている。不意に明日会うかもしれない。だけど苦しかった。
彼女はエレベーターの壁にもたれ、ため息をついた。苦しい。彼と別れる度に苦しくなる。あの腕で抱かれた時を思い出すから。
家に帰り着くと、車から荷物を手にした。そして玄関のドアを開く。そこには彼女の物ではないパンプスがあった。女性を呼んでいるらしい。
ため息をついて彼女は玄関に一度荷物を置くと、そのパンプスを揃える。そして自分の靴を脱いだ。あぁ。今日の自分の靴の方がもっと女性らしいな。
夏ならサンダルで駆け回るが、今はスニーカーが多い。それなのに今日の靴は、可愛らしいヒールのついたブーツだ。それも北川の見立てによるもので、普段なら絶対履かない。おかげで足にマメができたようだ。
荷物を持って、自分の部屋に向かおうとしたときだった。
「あら。助手の……。」
そこには有川の姿があった。紺のスーツ姿だったということは、仕事の後か、仕事中にこっちにきたのだろう。
「今晩は。こんな夜までお世話になります。」
「いいえ。あなたがいないからと言って、先生が私を呼んだんです。急な打ち込みがあると言って。」
「すいません。外せない取材がありましたので。」
「えぇ。北川さんから聞いてます。」
「え?」
「同じ出版社ですの。秋野さんというライターと今日はホストクラブの取材だとか。」
「秋野はライターの名前です。」
「そう聞いてます。大変ですね。そんなところまで取材をするなんて。」
同情しているような口調だが、実際は何も感じていないだろう。むしろいない方が良かったと思っているかもしれない。いない方が祥吾との時間が増えるのだから。
「春?」
奥から祥吾がやってきた。彼女のその姿に少し驚いているように見える。
「ただいま帰りました。」
「驚いたよ。そういう格好もするなんてね。よく似合っているよ。」
誉め言葉が上っ面で嬉しくない。だが有川は不機嫌そうに彼女を見ていた。彼女がそういう格好をすれば、もっと可愛くなるだろうにという意味だろう。
「そうですか?少し動きにくかったですね。」
「君らしい。あぁ、春。帰ってきて悪いが、有川さんを送ってきてはくれないか。」
「え?」
「こんな夜遅くに年頃の娘さんを、一人で歩かせるわけにはいかないだろう?どこまで送ればいいかな?」
「あぁ。大丈夫ですよ、先生。タクシーで帰りますから。」
「私が勝手に君を呼んだんだ。送らせるから心配しないでくれ。」
その言葉に、彼女はそういうこともあるだろうと部屋に荷物を置き、鍵と財布だけを手にしてまた部屋を出てきた。
「お住まいはどちらですか?それとも会社へ送りますか?」
「……いいんです。家もあまり遠くではないので。」
「いいから送りなさい。何事があってからでは遅いのだから。」
祥吾の言葉に、彼女は渋々春川に頭を下げる。
「ではお願いします。」
「わかりました。では行きましょう。」
おそらく帰ってきて、もう祥吾は春川に興味を持たないだろう。小説を書くからだ。
そういった意味では彼女がいてくれて良かった。いくら祥吾でも、春川の裸を見れば、今日何があったかわかるだろう。
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