セックスの価値

神崎

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別居

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 目を覚ます。すると春川が桂の腕の中でぐっすりと眠っていた。お互い一糸纏わぬ裸で、互いの温もりがわかるようだった。その温もりをいつまでも抱きしめていたいと思い、腕に少し力が入る。
 すると彼女の目が開いた。
「啓治?」
「おはよう。起こしてしまったか。」
「もう起きなきゃって思ってたから。」
 すると彼女は彼の方に背を伸ばし、唇にキスをする。
「おはよう。」
 それで火がついたのかもしれない。彼は彼女の肩を押して、その上に組み敷いた。そして唇にキスをする。今度は舌を入れて、激しく求めた。
「ん……。」
 そしてそれをしたまま、彼女の乳房に触れた。そこには夕べの跡がある。一つではなくそれは数カ所に及んだ。
「するの?」
「次いつ出来るかわからないなら、好きなだけさせて。」
「元気ね。」
「お前だから。」
 愛しくなければこんなにしない。好きではなければ、キスだってしたくない。一人で処理をした方がまだましだ。

 シーツや洗濯物を洗っている間に、朝食の用意をした。ご飯と味噌汁、納豆、卵焼き、めざし、夕べの残りのお浸し。
「美味しそうだ。」
「ありがとう。」
「いつもご飯なのか?」
「そうね。先生はあまり洋食が好きじゃないって言っていたけれど、私にあわせて食べることもあったわ。」
「優しいな。」
「女性だからじゃないかな。男性だったらそんなことをしないと思うし。」
 その言葉には悪意が見え隠れした。春川は彼女なりに、祥吾のことを許せないでいたのかもしれない。気持ちはなかったかもしれないが、夫だったのだ。
「春。」
 それに気が付いたのだろう。彼女は少し笑い、ご飯をついだお茶碗を彼に手渡す。
「だからって私も不貞しようと、その逃げ道にあなたを使ったわけじゃない。あなたが好きだから、そんな関係になっただけ。あなたもそうじゃない?」
「その通りだ。」
 食事をしながら、啓治は彼女に聞く。
「祥吾さんは、帰りがいつになるって言ってたっけ?」
「さぁ。いつかな。でも……マスコミがいれば帰ってこないと思う。」
「そう一日二日では帰らないだろう?」
「西川充みたいな人がいれば、いつまでも張り続けるかもしれないけれど。まぁあんなにしつこい人は滅多にいないでしょう。」
 味噌汁をすすり、テーブルにおくと彼の方を見る。
「何?」
「いいや。あんたがそんなに人を誉めることがあるんだなと思って。」
「あるわよ。何だと思ってんの?」
「あんたが誉めてんのって、上っ面に見えるからな。」
「そう見える?だったら直さなきゃね。一応自分に無いものを持っている人は、尊敬するわ。」
「本当に?」
「でも盛大に迷惑をかけた西川充は、誉めたくない。」
「言える。」
 そのとき桂のバッグから着信音が鳴った。彼は席を立ち、それをチェックする。
「はい。……あ、わかりました。えっと……十一時でいいですか?」
 仕事の電話らしい。彼女は気にせずに出しておいた浅漬けを口に運ぶ。
「今日は何の仕事?」
「ネットテレビらしい。」
「インターネット上の?今時ねぇ。」
「そう。そこで女のアレコレを質問されるらしい。」
「経験豊富だからね。何でも言えるんじゃない?」
「まぁな。でもまぁ、一番大事なのは心だって言ってやろうかな。」
 その言葉に彼女は微笑む。
「そんなテレビ見てる人って、男の人だけかな。だったら心なんて言っても無理じゃない?」
「だったら演技の勉強でもすればいい。目の前を愛する人だと思いこめって。」
「あなたのように?」
「そう。最近、俺もずっとお前のことばっかり思い浮かべながら演技をしている。」
 頬が赤くなった。そんなことを言われ慣れていないからだろう。
「お前じゃないと立たないなんてことになったら、責任とってくれるか?」
「そうね。悪かったわね。」
 冗談を言い合いながら食事をする。そして彼は裏口から帰っていこうとジャンパーを羽織った。
「春。」
「ん?」
「しばらく帰ってこないんだったら、しばらくここに来ていいか?」
 その言葉に彼女は首を横に振る。
「さすがにそこまで誤魔化せない。今はいいかもしれないけれど、記者だってアホじゃない。裏口から誰か入ってきたなんてわかったら、きっとすぐに記事にする。」
 記者の中には春が春川であることを知らない人はほとんどだが、秋野であることを知っている人はいるかもしれない。それを危惧したのだ。
「だったら……いつ会える?」
「連絡する。」
 そう言って彼女は彼の体に体を寄せた。
「結局毎回中で出したし、責任取って。」
「……春。」
 彼はその体に手を伸ばす。そして額に口づけをした。そして軽くキスをすると、裏口から出て行った。
 一人になった春川は、ため息をついて次にしないといけないことを頭でまとめる。
 食器を片づければ洗濯が終わるだろう。それを干さないといけない。空は抜けるような青空だ。夕べの雪が嘘のようだと思う。
 そのときだった。
 テーブルに置いておいた携帯電話が鳴る。それは祥吾からの電話だった。
「もしもし。」
「あぁ。おはよう。一昨日、昨日は私の尻拭いをしてくれたそうだね。」
「いいえ。大したことはしてませんよ。」
「春川が前年齢対象の小説を書くと、担当が喜んでいた。」
「……こういったものは初めて世の中に発表するので、反応が気になりますね。それに長さ的には短編になります。本にもならないものですよ。」
「だが春。これ以上、私の仕事を奪わないでくれないか。」
「え?」
 予想以上の答えに、彼女は思わず聞き直した。
「……いいや。忘れてくれ。そちらに記者はどれくらいいる?」
「そうですね……。今朝新聞を取りに行ったら、それらしき人が二、三人いらっしゃいました。」
「そうか。」
「先生。これではいつまでたっても家に帰れないのではないのですか?」
「……。」
「記者たちを黙らせるには……。」
「君も世の中に謝れというのかな。私は悪いことをしているわけではないのに、どうして謝らなければいけないのだろうか。教えてくれないか。」
「先生……。」
「春。私は悪いことをしたかな。」
「先生は悪いことなどしてませんね。でも……先生の読者の期待は裏切ってしまったかもしれません。」
「……。」
「おそらく有川さんのことも表に出ると思います。そうなる前に、一度表に出た方がいいのでは?」
「そのときは春。君も一緒に出るかな。妻として。」
「……それは出来ません。」
 電話を切り、彼女はまた空を窓から見る。さっきまで抜けるように爽やかな空だと思っていたのに、今はどことなく空しく思えた。
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