セックスの価値

神崎

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「いってぇな。」
 思わず充は春川から体を避けた。水で濡れた冷たい手で、手の甲を思いっきりつねられたからだ。
「そういうことはやめろって言ってんだろ?バカ!あんたをそんな用事で家に上げた訳じゃないよ。」
 そういって彼女は彼をにらみ上げる。
「いいね。その視線。夏にそっくりだ。」
「……うるさい。さっさと帰れ!」
 しかし彼は彼女を追いつめるように、近づいていく。彼女は避けるように、後ろに下がっていった。しかし背中に冷蔵庫がある。
 冷蔵庫に手を当てられて、ますます身動きが効かない。それでも彼女は気丈に彼をにらみ上げる。
「抵抗できねぇだろ?大人しくしろよ。」
「金○潰されたいの?」
「出来ねぇよ。お前の男がどれだけうまいかしらねぇけどな。俺がどんだけ世界渡ってきたと思ってんだよ。」
「そういうことも取材したって言うの?本当にライターの鏡ね。」
「お前ほどじゃねぇだろ?取材のために、他人のセックス見てるような欲求不満の人妻。バイブだけじゃ物足りないだろ?」
「結構よ。」
「キスだけでもさせろよ。そしたらやりたくなる。」
「舌を噛んでやる。」
「前に噛まれたな。でもそんなことさせないくらい激しくしてやる。」
 指が顎に持ってこられる。そのときやっと気がついた。視線も態度も強がっているように見えるのに、細かく震えている。
「春。」
 吐息が唇にかかり、彼ははじめから舌を入れてやろうと思っていた考えを払拭し、軽く唇に唇が触れるだけのキスをした。
「……。」
「したな。」
「あなたの激しいキスって……この程度なの?」
「何だよ。もっと激しいの欲しいのか?」
「いらないわ。」
 彼女はそういって手を振り払い、顔を避けようとした。しかしぐいっと両手で顔を包まれるように捕まれると、素早く唇を合わせてきた。
「ん……。」
 噛んでやる。そう思っていたのに、不意のことで抵抗できなかった。舌につけているピアスが舌に触れて、それがさらにゾクゾクさせる。
「春……。」
 唇を離されて、名前を呼ばれた。だがすぐにまた唇を合わせてくる。そして顔を支えている手を外されて、背中に手が伸びた。セーター越しでも器用に下着のホックを取る。
「や……やめ……。」
 唇を離されると、やっと息をつけてやめてと言うのが精一杯だった。
「すっげぇ。おっぱいでかいな。」
 セーターをまくり上げられて、直接乳房に触れてきた。
「やだって言ってんだろ?」
「でもここはイヤって言ってねぇよ。」
 ぴんと指で乳首をはじく。すると頬がかっと赤くなった。この男に組み敷かれたくない。祥吾よりもイヤだ。
「このおっぱいを好きにしてねぇのか。お前の旦那は。」
「勝手だわ。」
「それともお前の男が好きにしてんのか?」
「そんなモノいない。」
「だろうな。こんなに簡単に乳首立ってるんだ。欲求不満が出てるし。舐めてやる。」
 顔が沈み、やがてぬるっとした感触と金属的なモノが乳首に当たる。それがさらに敏感にさせた。
「や……や……。」
 じゅるじゅると音を立てて、吸い上げていくそれに頭が真っ白になりそうだ。だけどそれ以上させるわけにはいかない。
「やめてって!」
 手で押しのけようと、彼女は彼の肩に手をおいて力を入れる。しかしがっちりと片手が彼女の体をつかみ、もう片方はあいている乳房に触れている。
「んんんん!」
「エロい体。おっぱいだけで感じてんじゃねぇかよ。」
「やだ……イヤって。あんた、コレ以上したらレイプになるわ。」
「同意無いとな。でも同意させてやるから。俺のアレ、気持ちいいの入ってんだよ。」
 そういって彼は彼女の手を自分の股間に持ってくる。
「ほら。」
「やだ……。」
「ほら、俺もうビンビン。」
「やだって!」
 そのとき携帯電話の着信音が聞こえた。彼女のモノだった。
「電話が……。」
「あとでかけ直せ。それよか、ほらもっとしっかり握れよ。それとも口でするか?」
 すると彼女は逃げようと、体を横に持ってくる。するとシンクに置いてあったカップが床に落ちると、派手な音を立てて割れた。
「あー。危ねぇな。そっちに移動するか。」
 そっちといったのはソファだろうか。充は春川の手を引き、そこへ引きずるように連れて行こうとした。そのときだった。
 急に春川の体が引っ張り上げられた。
「何?」
 見ると、そこには桂の姿があった。彼は春川を庇うように充の前に立ちふさがる。
「ライターがレイプか?こいつに何か話があったのかもしれないが、コレはただの犯罪だな。」
 丸出しになっていた胸をしまい、桂を見上げる。しかし彼はこちらを見ていないので表情まではわからない。だが充の表情から、その表情は手に取るようにわかる。
「ヤクザかよ。」
 それでもなお悪態をつく充に、桂は近づいていくと胸ぐらをつかんだ。
「犯罪者になりたくなければ、こいつに近づくな。」
 そういって桂は携帯の画面を見せる。それは先ほどの充が無理矢理彼女を組み敷こうとしていた映像だった。
「……ふん。」
「精が溜まってるなら紹介してやる。」
 そういって桂は充を乱暴に離した。
「恋人のくせに一発も殴れねぇんだな。あぁ、そうだろうな。あんたがここで殴ったら、芸能人になれるチャンスが無くなるかもしれないもんなぁ。」
「誰が恋人だっていってんだ。」
「お前だよ。原田啓治。人妻に手を出してるだけで、芸能人のチャンス無くなるかもなぁ。」
「……。」
「桂さん。」
 表情は見えない。だが想像はつく。春川は桂を押さえるように声をかける。
「……全てを知ったふりをして知ったかぶるのが一番アホだ。ライターとしても失格だろう。そんなヤツの言葉を誰が信じるか。高名な賞をもらっても、誰も見向きもしない。バカだ。」
 静かだが怒りが見える言葉だった。そして桂は続ける。
「たとえ俺が春川さんの旦那なり、恋人だったとしても、あんたを殴ったりするわけがない。そんな価値もないヤツだ。春川さんの旦那だってそう思うはずだ。さぁ、帰れ。」
 本当は殴りたい。怒りに任せたいのだと思う。だがそれをしないのは、春川を守りたいからだった。
「また来るわ。」
「もう来ないで。」
 春川はそういって、充を追い出す。ドアが閉まる音がして、桂は玄関へ向かう。そしてドアを開けて彼がいく背中を見送った。
 ドアに鍵をかけると、桂はリビングに再びやってくる。そして立ち尽くしている春川の二の腕をつかみ、激しくキスをする。彼女もそれに答えるように、舌を絡ませた。
「んっ……。」
 一度離してもまた唇を重ねてきた。
「……春。」
「啓治。お願い。抱いて欲しい。」
「変な薬でも飲まされたのか?」
 いつもより積極的な春川に、啓治は少し違和感を感じた。しかしそんなモノは飲まされていない。
「そんなもの飲まされてない。イヤだったの。心底イヤで……。あなたに触れて欲しかった。」
 すると彼は彼女を抱き上げる。そしてベッドルームに連れて行った。
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