セックスの価値

神崎

文字の大きさ
151 / 172
幼馴染

151

しおりを挟む
 映画の撮影はピークを迎え、それと同時進行で敦の所へ演技指導も行っていたのだが、彼の指導はかなりのスパルタで家に帰ってきても撮影の合間も、桂はぐったりしたように眠っていることが多くなった。
 春川も年末に向けて忙しくなっていた。新聞のコラムのためのインタビュー、北川の所の小説の清書、インターネット上のコラム、「花雨」の加筆など、祥吾の資料集めにかまわない分、自分の仕事が多くなる。
 必然的に二人は一緒の家に住んでいながらも、夜遅く桂が帰ってきて眠っている春川をみながら眠りにつき、桂が眠っているのを起こさないようにそっと春川が起きて、朝食の用意をするような生活だった。桂は正月に春川を実家に連れて行きたいと思っていたが、それを話すことも出来ない。当然、セックスをする余裕すらなかった。
「あー。」
 スタジオの本番前、台本に目を通しながら桂はため息を付いた。もう撮影は佳境に入り、彼はぼろぼろの着流しを着てため息を付いた。
「何だよ。でっかいため息だな。」
 声をかけたのは主役の玲二だった。彼も病人の役だったため、少しダイエットをして痩せている。鍛えて痩せると肉が付いて病人に見えないため、食事を抜いているのだという。その辺は、桂も同じだった。彼も投獄されているという設定のために、髭を伸ばしていた。しかしあまり似合わないと、自分でも思う。
「いや。何でもねぇけどさ。」
「あれか?彼女に会えないとか?」
「うーん。会ってるっちゃ会ってるんだけどな。」
「……良いな。会えてさ。」
「お前、そういえば奥さんも子供もいるって言ってたっけ。」
「公表してねぇけどな。奥さん一般人だし。」
 彼はそういって手に持っているお茶を口に含んだ。水分くらいしかとれないのだろう。
「一緒に住んでねぇ、一緒に外に出ることも出来ねぇ。それで家族っていえるかなぁって最近思うよ。」
「……公表しないのか?」
「事務所が許さないし。時間の問題かと思ってたけど、案外ばれないモノなんだな。いっそばれてしまえばいいのに。」
 玲二はそういってお茶をテーブルに置いた。
「桂さんは?公表するの?彼女居るって。」
「彼女って言うか、もう結婚しようかと思ってるし。」
「あー。マジで?大丈夫なのか?事務所OK出したの?」
「うん、まぁ。俺もう良い歳だし、結婚してない方が不自然だろ。」
「けどまぁ……。」
 顔だけでも体だけでも、ましてやセックスの技だけでもない。役者としての実力があるのは、この映画を撮ってみてわかった。波子を愛するような視線、憎しみの顔、捕らえられ拷問される姿は、スタッフの女性が涙するほどだった。
 竜之介に対する同情の余地もあったのだ。
「あんた今から役者だろ?結婚してますって言ったら離れるファンも多いんじゃないの?」
「四十五にもなって、結婚してなきゃゲイかって言われるだろ?」
「まぁ……それもそうか。」
「一応そういう噂もあったしな。」
 だからゲイビに出ないかというオファーもあったが、丁重に断った。男のアレをくわえたり、アナルに入れ込むのはさすがに抵抗がある。
「彼女若いの?」
「若いよ。」
 そのときスタジオのドアから、一人の女性がやってきた。きょろきょろと周りをみて、牧原に近づいていく。その人をみて桂は思わず立ち上がる。
「春。」
 その声に玲二もそちらをみた。だが春川は桂を見ようともしない。
「監督。」
「おー。来たか。まだ少し準備かかるから、ちょっと外出ようか。」
 牧原は立ち上がると、春川の肩を抱くように外に出る。その様子に玲二は少し笑った。
「何だ。あの女よく見るけど、監督の何?愛人?」
「そんなんじゃねぇよ。」
 不機嫌そうにまた桂は座ると、台本を手にした。

 食堂へ行くにはまだ時間がある。キッチンでは食事を担当しているおばちゃんが居るだけで、後は誰もいない。そのおばちゃんにも聞こえないようにと隅の方に牧原は座り、その向かいに春川も座った。
「そろそろクランクアップする。年はまたがねぇ。」
 片隅にあるコーヒーのサーバーからコーヒーを入れると、彼女に渡した。すると彼女はそれを素直に手にする。
「ラッシュみた?」
「そうですね。波子の役が良くなりました。
「正直変わって良かったと思うよ。あんなに演技が出来ると思ってなかった。それに桂もな。」
「えぇ。」
「あんたの推薦だって言ったときは、こいつトチ狂ってんのかと思ったけど、良い仕事をしてくれた。あいつAVから足を洗うって言ってたな。」
「はい。」
「よく知ってんな。」
「一緒に暮らしてますし。」
 そういってコーヒーを口に運ぶ。冷静な彼女に対して、牧原は驚いたように彼女をみた。
「マジで?旦那は?」
「そもそも籍が入ってませんでした。内縁の妻みたいなものですね。」
「内縁の妻を七年もね。あんたは二十五で良いかもしれないけど、旦那は歳なんだろう?」
「あ……。」
 そういえば誕生日が近いはずだ。すっかり忙しさに忘れていた。
「そうですね。五十一になりますか。」
「五十一にもなって女に捨てられるか……なかなか可愛そうな旦那だ。」
「そうでもないですよ。」
「なんで?」
「他の女性が来ていますし、その女性がいなくても他の女性が来るでしょう。」
 もてる人だ。それくらいはするだろう。
「そうか。どっちも不倫ってわけだ。あんたそれ小説のネタにしないのか?」
「どうでしょうか。書くとしたら一人称になりそうですね。」
「他人の目線から見ているだけであれだけエロい文章を書くんだ。一人称だとさらにエロくなるかな。」
「どうでしょう。」
 食堂に桂が入ってきた。監督と春川が話しているのを見て、それに近づく。
「春。」
「あら。どうしたの?」
「もう準備終わったのか?」
「あ、まだですけど。」
 すると牧原は笑いながら言う。
「んだよ。熱いなぁ。お前、春川がきてんのわかってココきたのか?お前が気にするような話はしてねぇよ。」
「春……お前。」
「監督さんに言っても何も世の中にはいわないでしょ?」
「信用されてんな。俺。」
「それにコレがばれたら、自分の首が絞まりますから。」
 その言葉に彼はぞくっとした。
「ライターのばれない方が良いことばかり、私知っていますから。」
「わかった、わかった。いわねぇよ。俺も妻は大事にしたいんでね。」
 穏やかな感じに見えたが、その実状は全く穏やかではなかったらしい。春川はコーヒーを飲み干して、怪しげな微笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...