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町より少し離れたところにある丘の上。そこにこの地域の総本山である大きな寺院がある。そこが紫練が主にいる場所であり、城にいるのは王に呼び出されたときや不幸事があったときなどに限られた。
この寺院での彼女の役割は大きく二つ。一つは僧侶などの修行を見ること。二つは三よりのない孤児たちの世話をすること。
孤児の中には、紅花の側近である真のように腕の立つモノは城に雇われることもあるようだった。
だが彼女にはもう一つの顔がある。
その日、桜が満開になった。孤児たちは僧侶たちと花見へ行くと浮き足だって出て行った。練はそこに残った。浮き足立っている子供たちに手を振り、自室へ戻る。城の仕事が残っているからと、彼女はここに残ったのだ。
机に向かい、その仕事を始める。緑の側近をそろそろ決めないといけないが、選出だけは任せてくれた。あとを決定するのは王であり、彼女に権限はない。ため息を付き候補の資料を見ていた。そこへ一人の男が部屋に入ってくる。背が高く、青い目を持った男だった。だがその眼光は鋭く、練と同じ四十代ほどであろうに若々しく思える。
「練殿。」
「あぁ。帯。」
「そろそろ緑の側近の候補を選出しろと、城から矢の催促です。」
「わかってるわ。」
そう言って彼女はその資料を机に置いた。その資料にはまだ若いが、よその国へ留学しただの、在住していただの、そんな経歴の持ち主ばかりだった。
「言葉が通じても、問題はコミュニケーション能力ね。」
「緑称殿はその辺に関しては文句がありませんでしたからな。」
「あれくらいちゃらんぽらんな方が、こっちもやりやすかったのだけど。まぁ、こっちのことに気が付きそうだったものね。仕方ないわ。今度はある程度鈍感な人選をしましょう。」
「練殿。銘からの伝書です。」
「あぁ。何かしら。」
彼女はそれを受け取る。その手は細く、折れてしまいそうだった。
その伝書を開くと彼女は表情をわずかに変える。そして帯をみる。
「帯。悪いけれど、そうね……明日にでも累の店へ行ってくれるかしら。」
「累の店ですか。」
その練の言葉に、帯は少し怪訝そうな表情になる。
「そう。累が紅花と通じている可能性があるとあるわ。」
不機嫌そうに彼女は、その髪を皿の中で燃やす。
「頼んだわよ。」
今日の食事は、ブリの煮付けと、豚バラの煮込み。いずれも調理する手間が省けているので、今日は割と楽だった。
特に豚バラは口の中にいれたらほろっと崩れ、甘辛い味がご飯を進ませると、ご飯のお代わりをする人が続出する始末だ。ご飯を追加で炊かないといけないかもしれない。そして今日は豚バラを残しておこうと、お皿を用意して別にそれを避けて置いた。すると銘がそれを見過ごさない。
「何で別に避けとくの?」
ブリを食べながら、彼女はそれを聞いてきた。
「特に理由はありませんよ。」
「あなたが食べる訳じゃないんでしょう?だったら誰にとってあるの?」
「銘。知ってて聞くのは意地悪ですね。」
「ふふーん。だってラブラブじゃん。」
そう言って彼女は指でハートマークを作る。
「あのですね。銘。そんなことをこの店で……。」
そのとき、ドアベルが鳴り一人の男が入ってきた。それは港や花街にいる男たちとはまるで雰囲気の違う人だった。濃い紫の装束。僧であることは間違いないが、その眼孔はまるで戦士のようだった。その雰囲気に雑談をしていた人たちも押し黙ってしまう。
その空気を察してか、その男はニヤリと笑った。
「失礼。うまい飯屋があると聞いたのでな。」
「どうぞ。お座りになってください。」
その空気に全く累は動じない。あくまで普通のお客様のように接する。
「帯様だ。」
「帯様。話を聞いてくださいませんか。」
まだ食事中だというのに、箸を置いて男たちがわらわらと群がってくる。その様子に帯はさらに笑う。
「話を聞いてやりたいが、まずは腹ごしらえをしたい。店主、メニューはその先に書いてあったモノだけか。」
「はい。ウチは日替わり二種しかありません。今日はブリの煮付けか豚の角煮です。」
「ではブリをいただこう。」
入ってきたときは取っつきにくい印象だったのに、豪快に笑い、豪快に食事をするその雰囲気に、周りの人たちも笑いあいながら食事に戻る。
しかし銘だけが表情を堅くしている。ブリを食べ終わって、そそくさと出て行ってしまった。
「……。」
累はいつも通りに見える。無駄のない動きをしながら、差し障りのない程度の会話を楽しませている。
「累の様子を見に行って。」
練はそう言っていたが、彼女の取り越し苦労だったのかもしれない。
累は鼠の暗殺者であり、人工生命であるヒューマノイドだ。それを生み出したのは由教授という男。皮肉なことに、彼はヒューマノイドを生み出して、ヒューマノイドに夫婦共々殺された。
それからは鼠のトップである練。そしてその一番の家臣である帯の元で、武術や剣術、射撃を学んだ。
つまり累は帯が父であり、練は母のような存在だった。しかしそのことを表に出してはいけない。練からはいつもそう言われていた。
仏門に使える練はみんなの母ではないといけないからだった。
累に気になるところはないが、そのカウンターの奧にある器は何だろう。
「店主。美味かった。お題はいくらか。」
「七百です。ありがとうございます。」
「この店は何時までしているのだ?」
「材料が無くなり次第終了です。今日は……十五時といったところでしょうか。」
もうブリも角煮もそれほど量はない。あまり出せないだろうと思ったのだ。
「いい店だ。また来よう。」
「お待ちしています。」
まるで初めて会ったかのように、彼女は接する。そう言う風にしておけと彩からいわれていたのだ。
そう。今日は彩から「帯がくる」と聞いていたのだ。さながら予告ありの監査だと思い、彼女はいつものように接客をしていたのだ。知らないのは銘だけだった。
帯は席を立つと、一人の男が店に入ってきた。その男を見て、彼の笑いが止まる。
「……べ……。」
紅花殿。と言い掛けて止めた。
「藍。いらっしゃいませ。」
「累。角煮は残ってるか?」
「えぇ。残しておきました。好きだろうと思ってましたし。」
「わかってるな。」
帯の横を通り過ぎて、彼はカウンターの席に座る。
いつも難しい顔をしている紅花の顔しか知らない。こんなに表情が豊かだったのだろうか。
そして累も僅かながら微笑んでいる気がする。ヒューマノイドが笑うなど聞いたこともない。
イヤ。一度何かの文献で読んだ。
ヒューマノイドが笑うのは、人を愛したときだ。
まさか。こいつら?
店を出て、また振り返った。
「帯様。話を聞いてもらえませんか。」
そう言って話しかけてきた人がいる。それは紅花の側近である真だった。
この寺院での彼女の役割は大きく二つ。一つは僧侶などの修行を見ること。二つは三よりのない孤児たちの世話をすること。
孤児の中には、紅花の側近である真のように腕の立つモノは城に雇われることもあるようだった。
だが彼女にはもう一つの顔がある。
その日、桜が満開になった。孤児たちは僧侶たちと花見へ行くと浮き足だって出て行った。練はそこに残った。浮き足立っている子供たちに手を振り、自室へ戻る。城の仕事が残っているからと、彼女はここに残ったのだ。
机に向かい、その仕事を始める。緑の側近をそろそろ決めないといけないが、選出だけは任せてくれた。あとを決定するのは王であり、彼女に権限はない。ため息を付き候補の資料を見ていた。そこへ一人の男が部屋に入ってくる。背が高く、青い目を持った男だった。だがその眼光は鋭く、練と同じ四十代ほどであろうに若々しく思える。
「練殿。」
「あぁ。帯。」
「そろそろ緑の側近の候補を選出しろと、城から矢の催促です。」
「わかってるわ。」
そう言って彼女はその資料を机に置いた。その資料にはまだ若いが、よその国へ留学しただの、在住していただの、そんな経歴の持ち主ばかりだった。
「言葉が通じても、問題はコミュニケーション能力ね。」
「緑称殿はその辺に関しては文句がありませんでしたからな。」
「あれくらいちゃらんぽらんな方が、こっちもやりやすかったのだけど。まぁ、こっちのことに気が付きそうだったものね。仕方ないわ。今度はある程度鈍感な人選をしましょう。」
「練殿。銘からの伝書です。」
「あぁ。何かしら。」
彼女はそれを受け取る。その手は細く、折れてしまいそうだった。
その伝書を開くと彼女は表情をわずかに変える。そして帯をみる。
「帯。悪いけれど、そうね……明日にでも累の店へ行ってくれるかしら。」
「累の店ですか。」
その練の言葉に、帯は少し怪訝そうな表情になる。
「そう。累が紅花と通じている可能性があるとあるわ。」
不機嫌そうに彼女は、その髪を皿の中で燃やす。
「頼んだわよ。」
今日の食事は、ブリの煮付けと、豚バラの煮込み。いずれも調理する手間が省けているので、今日は割と楽だった。
特に豚バラは口の中にいれたらほろっと崩れ、甘辛い味がご飯を進ませると、ご飯のお代わりをする人が続出する始末だ。ご飯を追加で炊かないといけないかもしれない。そして今日は豚バラを残しておこうと、お皿を用意して別にそれを避けて置いた。すると銘がそれを見過ごさない。
「何で別に避けとくの?」
ブリを食べながら、彼女はそれを聞いてきた。
「特に理由はありませんよ。」
「あなたが食べる訳じゃないんでしょう?だったら誰にとってあるの?」
「銘。知ってて聞くのは意地悪ですね。」
「ふふーん。だってラブラブじゃん。」
そう言って彼女は指でハートマークを作る。
「あのですね。銘。そんなことをこの店で……。」
そのとき、ドアベルが鳴り一人の男が入ってきた。それは港や花街にいる男たちとはまるで雰囲気の違う人だった。濃い紫の装束。僧であることは間違いないが、その眼孔はまるで戦士のようだった。その雰囲気に雑談をしていた人たちも押し黙ってしまう。
その空気を察してか、その男はニヤリと笑った。
「失礼。うまい飯屋があると聞いたのでな。」
「どうぞ。お座りになってください。」
その空気に全く累は動じない。あくまで普通のお客様のように接する。
「帯様だ。」
「帯様。話を聞いてくださいませんか。」
まだ食事中だというのに、箸を置いて男たちがわらわらと群がってくる。その様子に帯はさらに笑う。
「話を聞いてやりたいが、まずは腹ごしらえをしたい。店主、メニューはその先に書いてあったモノだけか。」
「はい。ウチは日替わり二種しかありません。今日はブリの煮付けか豚の角煮です。」
「ではブリをいただこう。」
入ってきたときは取っつきにくい印象だったのに、豪快に笑い、豪快に食事をするその雰囲気に、周りの人たちも笑いあいながら食事に戻る。
しかし銘だけが表情を堅くしている。ブリを食べ終わって、そそくさと出て行ってしまった。
「……。」
累はいつも通りに見える。無駄のない動きをしながら、差し障りのない程度の会話を楽しませている。
「累の様子を見に行って。」
練はそう言っていたが、彼女の取り越し苦労だったのかもしれない。
累は鼠の暗殺者であり、人工生命であるヒューマノイドだ。それを生み出したのは由教授という男。皮肉なことに、彼はヒューマノイドを生み出して、ヒューマノイドに夫婦共々殺された。
それからは鼠のトップである練。そしてその一番の家臣である帯の元で、武術や剣術、射撃を学んだ。
つまり累は帯が父であり、練は母のような存在だった。しかしそのことを表に出してはいけない。練からはいつもそう言われていた。
仏門に使える練はみんなの母ではないといけないからだった。
累に気になるところはないが、そのカウンターの奧にある器は何だろう。
「店主。美味かった。お題はいくらか。」
「七百です。ありがとうございます。」
「この店は何時までしているのだ?」
「材料が無くなり次第終了です。今日は……十五時といったところでしょうか。」
もうブリも角煮もそれほど量はない。あまり出せないだろうと思ったのだ。
「いい店だ。また来よう。」
「お待ちしています。」
まるで初めて会ったかのように、彼女は接する。そう言う風にしておけと彩からいわれていたのだ。
そう。今日は彩から「帯がくる」と聞いていたのだ。さながら予告ありの監査だと思い、彼女はいつものように接客をしていたのだ。知らないのは銘だけだった。
帯は席を立つと、一人の男が店に入ってきた。その男を見て、彼の笑いが止まる。
「……べ……。」
紅花殿。と言い掛けて止めた。
「藍。いらっしゃいませ。」
「累。角煮は残ってるか?」
「えぇ。残しておきました。好きだろうと思ってましたし。」
「わかってるな。」
帯の横を通り過ぎて、彼はカウンターの席に座る。
いつも難しい顔をしている紅花の顔しか知らない。こんなに表情が豊かだったのだろうか。
そして累も僅かながら微笑んでいる気がする。ヒューマノイドが笑うなど聞いたこともない。
イヤ。一度何かの文献で読んだ。
ヒューマノイドが笑うのは、人を愛したときだ。
まさか。こいつら?
店を出て、また振り返った。
「帯様。話を聞いてもらえませんか。」
そう言って話しかけてきた人がいる。それは紅花の側近である真だった。
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