夜の声

神崎

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一年目

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 葵さんの手が、私の首元に延びてきた。

 ビリッ。

 痛い。首元に痛みが走る。そして彼の手に持っていたのは絆創膏だった。そうだった。さっきあの女性からいただいた絆創膏。柊さんとの情事の跡が見えるからって。
「怪我はしてませんね。赤くはなっていますが。虫に刺されたわけでもないのでしょう?」
「……。」
 わかっているくせに。虫さされなんかじゃないことを。だから腕を押さえている力が強くて、逃がさないようにしているくせに。
「やめてください。」
「……信頼しているから、以前こんなことがあってもきっともうしないだろう。そう思っているからここにこれた。だけど、君は私の気持ちをずっと弄ぶようにこの夏はしてきた。そしてこれ。」
 絆創膏を私に見せてくる。
「残酷ですね。あなたは。柊をそんなつもりで紹介したわけじゃないのに。」
「どういったつもりですか。」
「柊ならきっとあなたを突き放し、私にあなたが助けを求めると思った。優しく声をかければ、あなたは私に振り向くと思ってましたよ。柊にもそのつもりで言っていました。」
「……。」
「しかし柊がこんなにあなたにのめり込むとは思ってませんでした。それは計算外。」
「私は柊さんのことが……。」
「少し黙りましょうか。」
 そういって彼は顔をよけていた私の顔を、手で正面に向けた。そして顔を固定されると、彼は私の顔に近づいてくる。だめ。だめだ。
 私は比較的解放されている左腕で彼を押しやった。
「駄目です。」
 顎に置かれている手がはずれ、やっと顔の自由が利いた。しかし彼は顔より下に、顔を埋めてきた。
「だ……あっ!」
 柊さんがつけたその跡とは逆の所に、チクリとした感触があった。彼の唇が私のその肌を吸っていたのだ。
「ついた。」
「……駄目です。こんなこと……。」
「キスが駄目なら、こうしたかった。これでしばらく柊とはセックスできませんね。」
「……最低。」
「何とでも。」
 うれしそうに笑う彼。それだけ人格が破綻しているのだろうか。
「ブラウスを着て、普通にしていれば見えませんよ。」
 やっと腕を放され、私はカウンターから体を起こした。その跡を確認しようとトイレへ行こうとしたとき、彼は私に話しかける。
「今日デートをしたのでしょう。」
「えぇ。」
「でもあなたの最初のデートは私だった。キスも私が最初。」
「でもあなたとはセックスをしていないし、する事もないです。手を繋いで歩くこともない。」
「彼とも手を繋いで歩くことはないでしょう。あいつはそういうことに潔癖だから。」
「でも心は繋がっています。」
「不安定なものですよ。すぐに喧嘩をするし、すぐに別れがきます。そのときは私があなたを受け入れますから。」
「いりません。」
 そのとき店の入り口のドアがノックされ、葵さんはそのドアを開けた。
「はい。」
「すいません。もうお終いですか。」
「今日はコーヒー豆がはけてしまったので。それ以外のものであれば提供は出来ますが。」
「あぁ。良かった。それで結構です。」
 四人組のサラリーマン風の男達が、店内に入ってきた。
 コーヒー豆がはけたなんて嘘だ。きっと隙あれば私に何かしようと思っていたはずなのに。

 家に帰って服を脱いだ。せっかくお風呂に入ったのに、汗をかいてしまった。残念だ。せっかくの柊さんの匂いが台無しだ。
 軽くシャワーでも浴びよう。着替えを持って脱衣所へ向かった。そして大きな姿見の鏡の前にたつ。
「あっ。」
 左側には柊さんの跡があり、そして右側には葵さんの跡がある。葵さんの跡の方がやや濃く見えるのは、それだけ彼が独占したいと思っていたからか。
 どっちにしてもどうにかしなきゃいけない。とりあえず明日だ。首元があまり見えない服を着ないと。このくそ暑いのに。
 シャワーを浴びて、課題を広げた。そろそろ課題も仕上げにはいらないといけない。
 そして二十三時。椿さんのラジオが始まる。

”強くならなければいけないと言い聞かせれば強くはなれません。本当に強い人は、周りにも頼ることが出来る人かもしれません。”

 音楽が夜の闇に消える。高く優しい男の声。ゆっくりとしたバラードは、夏の終わりを告げるようだった。私は携帯電話を手にする。
 今の時間は電話は通じないことはよく知っている。だからメッセージを打った。
「私に何があってもあなたのことが好きです。」
 携帯電話を閉じて、ふと外から夜の空をみる。そして私はまた課題に戻った。
 課題はこなさなければ一年半待つと言った彼に申し訳ないのだ。
 そのとき携帯電話が鳴った。柊さんかと思って驚いてその相手をみる。
「蓮さん。」
 電話にでると、彼は暗い声で答えた。
「どうしました。」
「……支社長が……。」
 その言葉を聞いたとき私は「嘘」だと思った。
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