夜の声

神崎

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二年目

199

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 バイトが終わって「窓」を出る。暗い夜道の路地裏は、さらに暗い。早く大通りに出たいと思った。すると背中から声をかけられる。
「すいません。もう閉店でしょうか。」
 柊さん?に似てる声?振り返ると、そこには藤堂先生がスーツを着てそこにいた。
「藤堂先生?」
「桜さんでしたか。」
「あ、閉店は二十一時なんです。」
「遅かったか。」
 彼はため息をついて、恨めしそうに入り口をみた。
「明日は定休日です。明後日どうぞ。」
「明後日は歓迎会とかで、来れそうにないんですよ。」
「……木曜以外なら、開いてますから。」
「あなたは今から帰るんですか。」
「はい。そのつもりですが。」
「……こんな夜に。」
「二十一時は高校生でも外にいれる時間ですからね。」
「外国では考えられない。」
「ここは外国ではありませんから。」
 私はそういって彼の横を通って帰ろうとした。すると彼も後ろを着いてくる。
「弟を知っていると言っていましたね。」
「はい。」
「何か聞きましたか。」
 私は足を止めて、後ろを振り向いた。そして彼を見上げる。
「何を聞いているというのですか。やましいことでもあるのですか?」
「いいえ。特には。」
 ちょっと気後れした感じ。そういうところは柊さんに似ていない。強引さはないのだ。オールバックでスーツで、目つきが悪い。それだけでヤクザではないかという噂もあるけれど、ぜんぜんそんな風に見えない。柊さんのような強さは無い気がする。
 私は振り返ってまた大通りに出る。するとその出口に、茅さんが立っていた。
「茅さん。」
「待ってた。ちょっと話が……。」
 しかし彼は私の後ろから出てきた人に、言葉を失った。
「桔梗。」
「……茅。」

 お湯が沸いて、私は茅さんが焙煎したというコーヒー豆で、コーヒーを淹れていた。相変わらずいい香りのするコーヒー豆だ。でもこの間飲んだものとは違う。たぶん違う種類の豆なんだろうな。
 茅さんと母さんが対峙したとき、コーヒーの力で空気が軽くなったのを覚えている。だけど今日のこの雰囲気は軽くなるとは思えない。
「連絡一つよこさないから、この国にいることも知らなかった。」
「お前は連絡してんの?」
「姉さんには連絡した。姉さんはこっちに今いないから、勝手にしろとしか言われなかったが。」
「だろうな。」
 コーヒーを淹れて、カップに三つ注いだ。そのうち二つを手に持つと、リビングの彼らの前に置いた。
「どうぞ。」
「桜。ちょっと待ってな。まずこいつからの話を終わらせる。」
「高校生にこんな遅くまで、お前は男の部屋に置いておくのか。相変わらず常識がない奴だ。」
「んだと?」
「だいたいなんだ。その入れ墨は。一つならともかく、どれだけ入れてるんだ。社会人としてどうなんだその格好は。」
 うーん。スーツは着てるけど、たしかにワイシャツの襟から入れ墨が見え隠れしてるもんな。確かに社会人としてどうなんだと言われたら反論できないかも。
「あーあ。この国の奴は固えよ。もっと柔軟にいこうぜ。」
「そこまでまだ寛大じゃないんだ。」
 兄弟喧嘩?もう帰ろうかなぁ。そんなモノに巻き込まれたくないぞ。
「桜さん。あなたは茅をお客さんだと言っていたが、それだけの関係なのか。」
「その通りですけど。」
「葵のところに居りゃ、それだけの関係じゃないかもなぁ。」
「茅さん!」
 私は慌ててそれを否定した。確かに彼とは何もない。今のところ。
「葵か……。」
 苦々しい顔をしながら、彼は目の前のコーヒーに口を付けた。
「美味しい。」
「だろ?百合から送ってもらったんだぜ?」
「姉さんから?」
「お前が全くコーヒーとか興味ない奴だから、俺んところに送ってもらってんだよ。いいもんがあれば、商品化出来るし。」
 何となく口を付けるのをためらった。百合さんから送ってもらったっていうのに。たぶん彼女は、きっと私の何歩先も行っている人なんだから。
 それから柊さんのことも。
「あぁ。桜。コーヒーには罪はねぇよ。」
 茅さんは私の気持ちをわかったように声をかけてくれた。少し微笑んで、私はコーヒーに口を付けた。その様子に、先生は不思議そうに私たちを見ている。
「茅。ずいぶん若い恋人を捕まえたんだな。」
「は?」
 コーヒーを吹きそうになった。
「違いますから。」
「そうまっすぐ否定するな。バカが。」
「だって……。」
「……まるで恋人だなと思っただけです。気にしないでください。こんな人の恋人になったら、あなたの方が大変ですから。」
 先生の言葉に茅さんはムキになったようにいう。
「言っとくけどな、こいつがつきあっている奴の方がよっぽど大変なんだよ。」
「前科持ちが何を言ってるんですか。」
 冷たい言い方で、先生は私を見る。
「私が教師になれたのは、姉のおかげです。そのおかげで姉も前科持ちになりましたが、今は幸せならそれで結構。私も生活できていますから。」
「変な男に引っかかったおかげで、みんなが苦労しただろう。」
「梓兄さんのことか?」
「あぁ。」
「あれは梓兄さんのせいであって、あの男のせいじゃないだろう。」
 あぁ。やっぱりこの人も柊さんのことを知っている。だけど何だろう。あまり茅さんほど恨みがないように思える。
 たぶんそれは彼のさっきの言葉からでもわかる。
「今は生活できているからそれでいい。」
 過去のことは振り返らないような人だ。前向きでうらやましい。
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