夜の声

神崎

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二年目

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 三月。空気が暖かくなり、私は最後の制服に袖を通した。これを脱げばもう着ることはない。部屋を出ると、母さんが笑いながら迎えてくれた。
「あんたの制服姿も見納めねぇ。」
「似合ってないっていわれたことがあるわ。」
「そう?似合ってるわ。コスプレみたいで。」
 誉められてない。母さんはほかのお母さんたちと足並みをそろえたいと、クリーム色のワンピースを着ていた。どこでもあるようなAラインのワンピースだった。
「やぁ。よく似合ってるね。」
 樒さんも部屋から出てきた。彼も今日はラジオ局のお偉いさんと会うらしく、スーツを着ていた。
「まるで親子で卒業式に行くみたいね。」
 少し笑うと、彼は携帯電話を取り出した。
「写真を撮っていいかな。」
 写真はあまり好きじゃない。だけど、いわれたら仕方ないだろう。
 シャッター音がして、顔をゆるませた。
「あんたは撮ってもらわなくてもいいの?」
「私が私の携帯電話にとってどうするのよ。」
「柊さんに見てもらうのよ。」
「……見たいかしら。こんなの。」
「見たいものだよ。最後なら尚更ね。それにしても胡桃でも合いそうな制服だね。今度着て見せてよ。」
「あら。あんたそんなプレイ好きなの?」
 あーあほらしい。私はそう思いながら、もう出て行こうとした。そのとき、玄関からチャイムの音がした。ドアを開けるとそこには茅さんの姿がある。
「よう。」
「どうしたの?仕事は?」
「今日は直接○×市に行くから。ちょっとゆっくり。最後に制服見ておこうと思ってな。」
「全く……。」
 そんなに珍しいもんじゃあるまいし。そう思っていたら、後ろから樒さんがやってきた。
「茅。どうしたんだ。」
「晴れ姿見に。」
「見ておけ、見ておけ。柊の代わりに見ておけ。」
 その言葉はきっと樒さんに悪意はない。だけどその「代わり」という言葉に、茅さんは少しかちんとしたようだった。
「俺、代わりじゃねぇし。」
「あ、嫌みに聞こえた?」
「がっつりな。」
 笑いながら話してるけど、何かとても嫌みに聞こえた。見えない火花が散っているようだ。
「じゃあ、俺、行くから。」
「あ、明日、私たちも行くことにしてるから。」
「そっか。物件。いいの見つかって良かったな。」
 そう。物件を見に行くと、紹介された物件で貸家があったのだ。平屋で古いけれど、庭もあって、部屋が三つ。昔の家っぽく、フローリングの部屋はないけれど、キッチンも広くて良かった。
「茅も一緒に住むの?」
 樒さんの言葉に、私は全力で首を横に振った。
「まさか。」
「そうだよねぇ。男をまた住ませるわけにいかないし、柊が許さないだろう。」
「……えぇ。お世話になりましたし、これからお世話になるんでしょうが……。」
「色々、お世話したんだろ?」
「……どういう意味ですか。」
 樒さんの表情は変わらない。何を知っているというのだろうか。

 卒業式は粛々と終わり、教室に帰ってきた。そして向日葵たちと他愛もない話をするのも、もう終わりなんだと実感する。
「つわり、終わってからで良かったわぁ。」
 向日葵はそう言って自慢げにわずかに大きくなったお腹を見せてくれた。彼女は今この街に住んでいるらしい。
 歳の離れた彼氏は、つきあっているときこそ言い合いを沢山していたみたいだけど今は手のひらを返したように優しくなったという。
「桜は○×市へ行くんだって?」
「うん。」
「いいじゃん。温泉入り放題。」
「遊びに行くんじゃないよ。」
「でも期待はしてるでしょ?」
「まぁね。」
「遊びに行くよ。」
 ふと匠の姿が目に映った。匠は髪を短く切ってほかの男たちと話をしていた。
「ねぇ。桜。柊さんとはどうなってる?」
「柊?あぁ。一緒に行く。あっちで臨時の公務員になったから。」
「そうなの?じゃあ、桜も結婚近いかもねぇ。」
「実感わかないわ。」
 口ではそう言ったが式をしたいという柊さんは、私が卒業する日から、入社をする日までのタイミングを式だと狙っている。
 しかし……あんな洋服着るのか……何か気が重い。それを向日葵に話すと、向日葵は笑いながら「いいじゃん。愛されてるわねぇ。」と言ってくれた。
 正直結婚式とか行ったこともないし、綺麗だなんて思ったこともない。何か辛そうだな。腰回りとか絞められてるし、とかよけいなことばかり考えてしまう。まぁ、着物よりましか。
 やがて保護者が入ってくる。その中には母さんの姿もあった。だけどやっぱり夜の世界が抜け出せていない感じがある。まぁ若すぎるというのもあるけれど。
 そして担任がやってきた。
 このクラスの中は専門学校や就職を希望する人ばかりで、割と早めに進路が決まっていたので、ほかのクラスに比べると今の時期は楽だろう。若い担任は、母さんと同じ歳だという。
「みなさんのこれからを期待しています。」
 彼はそう言って締めくくった。涙はない。今時はドライだと思った。
 バックを持ち、席を後にする。もうここに来ることはないのかもしれない。向日葵もバッグを持って、行ってしまった。母親になると言う向日葵。もうこうして母さんと並んで歩くことはないのかもしれない。
「桜。」
 声をかけられたのは匠だった。
「あなたも色々ありがとう。」
「あぁ。こちらこそ。」
「……匠はどこに行くんだっけ?」
「南の方。結構遠いから、こっちに帰ってくるのもあまりないかも。」
「そう。元気でね。」
「いつかコーヒー飲みに行く。」
「えぇ。是非。彼女と一緒に来て。」
「いねぇよ。今は。」
「そうね。あっちでいい人が出来たらって事。」
 匠は頭をかいて、私に言う。
「竹彦。お前の所の近所に住んでるんだろ?」
「そうね。葬儀屋さんしてる。」
「……。」
「どうしたの?」
「別に。」
 あー。何となくわかった。
「匠。竹彦の家は、南町よ。大通りをずっと行って突き当たりのT字路を右に行ったところの葬儀屋さん。」
「バカ。俺が何の用事があるんだよ。」
「何の用事かしらね。」
 彼はため息をついていった。
「悪かったよ。あいつには。あいつがいた頃、俺んちがちょっとごたごたあって、八つ当たりしてたところもあったから。」
「お父さんから連絡あった?」
「あったとしてもどうでもいい。縁が切れたんだ。」
 ヤクザから逃げられなかった匠の父さんは、高飛びして行方不明になった。それが二年生の頃。匠も大変な時期があったのだ。
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