触れられない距離

神崎

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一人飯

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 次の日の朝方に帰ってきた一馬は、そのまま着替えをする。少し前まで南の国にいて、シャツ一枚でも過ごせないことは無い環境とは全く違いこの国はさすがに寒い。
 普段寒さは強い方だと思うが、沙夜の話では山と海に囲まれたところで雪が降るときもあるらしい。となると相当寒いところなのだろう。シャツの上からセーターを取り出しそれを羽織ると革のジャンパーを手にした。本格的な冬では無いと出さないモノだが、これは手にして持って行けば良いと思う。
 そしてリビングへやってくると響子は朝食の食器を片付けていて、海斗は保育園へ行く準備をしていた。保育園へは弁当を持って行く日がある。今日はその日らしく、幼稚園のバッグに弁当と水筒を入れていた。
「父ちゃん。お帰り。」
「あぁ。ただいま。」
 保育園児が着ている紺色の制服のようなモノと、黄色い帽子を被っていた。引っ越した先の保育園での園服なのだろう。その上からモスグリーンのジャンパーを着ている。見たことの無いジャンパーに一馬は少し首をかしげながら、それでもサイズが最近合っていなかったので丁度良いように思える。
「そのジャンパーは格好良いな。」
「うん。真二郎君が買ってくれたんだ。」
 やはり真二郎か。そう思いながら、一馬は頭を撫でる。
「良かったな。温かいだろう。」
「うん。」
 おそらく外国へ行っていた間にでも買ったのだろう。そういう事をしてくれるのは嬉しいと思う。
 そして響子も一馬のために朝ご飯を用意してくれた。ご飯と味噌汁。それに卵焼きやめざしなんかが置かれる。
「父ちゃん。今日、仕事?」
 準備を終えた海斗は無邪気にそう聞くと、一馬は首を横に振った。
「仕事は今日は無くてな。でも出掛けてこようかと思ってる。」
「お迎えは今日も来てくれるの?」
 その言葉に一馬は頷いた。
「今日はお迎えに行こうか。」
「やった。父ちゃん。今日、電車を観に行こうよ。」
「あぁ。」
 駅と言うよりも遮断機の所に居るだけで海斗は喜ぶのだ。こういう電車なんかが好きなのかも知れない。そう思ったからブリキのおもちゃの車を買ってきて良かったと思っていた。
 すると響子は洗い物を終えると、一馬に食べた食器を片付けて洗濯物を干して欲しいという。あとの掃除なんかはいつも一馬がしている。それは言わなくてもやることだ。
「わかった。」
 海斗を保育園へ連れて行くのだ。それくらいはしておきたいと思う。
 朝食を食べ終わり、そのまま食器を片付ける。そして洗濯物を洗濯機から取り出すと、ベランダに出て行った。ここは静かで電車の音もあまりしないのは、駅からはそこまで近くは無いからだろう。朝方まで飲み屋が呼ぶ声がうるさかったK町とは全く違うようだ。
 確かに子供を育てる環境というのは良いのかも知れない。だが一馬はあの町ではあの町の良さがあると思っていた。確かに表面だけを見ていると愛想笑いの仮面を付けた人ばかりだと思うときもある。だがそれでも「花岡さんのところの息子さん」だと少しも似ていない両親と兄と特段変わった扱いもされなかったし、血の繋がりの無い兄弟が居るとか、叔母が居るとかというのは珍しいことでは無かった。あの土地特有のモノだろう。
 そして寛容なのだ。だが一馬の作り上げた家庭には血の繋がりのある息子が居る。いわゆる普通の家庭だった。確かに一馬はマイケルはもしかしたら弟になるのかも知れないし、父親は本当の父親になるのかも知れない。だが、今更なんだというのだろう。息子を孫だとかと言って見せたくは無いし、響子だって紹介したくない。二人を紹介出来るのは自分を育ててくれた両親とその兄弟夫婦だけだ。他人には関係ない。
 そう思いながら洗濯物を干し終わると、倉庫から掃除機を取り出した。そして掃除機をかける。
 時間は割とゆっくりしているのだ。沙夜とは一緒に行けるわけが無いのだから。
 時間をずらして一馬は沙夜が乗ったその電車の一本あとの電車に乗って行くつもりなのだ。息子を迎えに行くとなるとどれくらい滞在出来るのかわからないが、きっと十七時までには帰れるだろう。そう思いながらリビングに掃除機をかけ始めた。その時、ふと棚に置いてあるものに目を留める。それは小さいモチーフに見えた。
「……。」
 沙夜に一馬が送ったモチーフと似ている。ただあのモチーフの先にあった石は緑色だったが、これは青い石が入っていた。
「ビーズというわけでは無いな。石か……。これが……。」
 その時ふと一馬はいやな想像をさせられる。これは真二郎から送られたモノでは無いのだろうか。夕べ、真二郎はここに泊まっていたのだろう。ソファーベッドがまた倒れていたのだから。
 沙夜に送った石のように、響子にもこういうモノを送ったとしたら。
 だが一馬に何が言えるのだろう。もうすでに真二郎と響子のことを自分が何か言える立場では無い気がしていた。そしてそのモチーフをまた棚にしまう。そしてまた掃除を始めた。

 セーターを着ているが、革ジャンは手に持っていた。昼間はそこまで着るほど寒くないのだから。そう思いながら電車に乗る。そして乗り換えの駅を確認した。いつもの大きな駅で降りて、少し離れた路線に乗るらしい。沙夜が教えてくれた乗り換えの路線はローカル線で、主要な路線からは少し離れている。あまり人がいくような路線では無いのだ。
 そう思いながらホームへやってくる。まだ電車は来ていないようだった。向こうではキヨスクと、立ち食い蕎麦の店がある。美味しそうな匂いがした。だが今は食事は良いだろう。そう思いながら次の電車を待っていたときだった。その立ち食い蕎麦の店から見覚えのある人が出てくる。それは金髪の髪に、ギターは今日は持っていない純だった。
「純。」
 純も今日は仕事を入れていないらしい。おそらく「二藍」のメンツは遥人以外は休んでいるのだ。遥人は相変わらず忙しく休み無く舞台の稽古へ行っている。
「一馬。こんな路線に用事?」
「あぁ……少しな。お前は何か用事なのか。」
 言葉を濁した。こういう時は大体沙夜が絡んでいる。だがもう純はそれについて責めるつもりは無かった。と言うか、責める気も無いのだ。
「沙夜さんなら知ってると思うけど。」
「沙夜が?」
「うん。俺らが外国へ行っている間、両親が逮捕されたみたいでさ。」
「逮捕?」
 純はそう言うが、あまりショックは受けていないようだ。
「詐欺の片棒を担いでいたみたいでさ。弁護士を呼んでくれだの何だのって、会社にも連絡が来ていたみたいだった。でもこれを機会に俺、あの家とは縁を切ろうと思ってさ。その相談を弁護士に相談したら、両親のサインが必要だって言って来たんだ。」
「それって大丈夫なのか?両親はそんな状態ならお前を離さないと思うが。」
「多分な。でも渋ったら俺が受けていたことを訴えるって言うから。」
「……。」
「それから妹のことも暴露するって。罪がきっと重くなるだろうな。」
「だったらお前と縁を切った方がまだ罪が軽くなるか。」
「うん……。もし縁を切らないで罪が重くなる方が良いって言うんだったら、きっとあの両親は反省しているんだと思うよ。その時には黙って弁護士とか紹介するけど。まぁ……無理だろうな。」
 純はそう言ってため息を付く。軽く言っているが、あまり愉快な内容では無いようだ。
「詐欺をしたんだろう。元々は。」
「あぁ……。」
 電車がやってきて、二人はその中に乗り込む。電車の中は暖かいようだ。
「まぁ……複雑なこともあるだろう。明日は仕事か?」
「うん。珍しい仕事だったよ。」
「珍しい?」
「アコギを弾いて欲しいんだってさ。」
「レコーディングか?」
「うん。」
 純はエレキのイメージが強い。なのでアコースティックギターというのに一馬も少し違和感を持った。一馬だって最初はダブルベースの仕事が中心だったのに、「二藍」のお陰でやっとエレキベースの需要が徐々に増えてきたといった感じなのに、いきなり純にアコースティックギターを弾いて欲しいというのは、奇妙だと思ったのだ。一度沙夜に相談してみると良いかも知れない。そう思いながら一馬はその話を聞きながら、徐々に建物が低くなる外の景色を見ていた。
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