ときめき不足の俺が本物のヒロインに出会うまで

音無響一

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第7話 距離を置く

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営業との再打ち合わせは、予想以上に長引いた。

数字を詰めて、リスクを潰して、妥協点を探す。

気づけば夕方だった。

会議室を出ると、彼女が廊下で待っていた。

「どうでした」

短い言葉。

「通った」

俺は息を吐く。

「条件付きだけどな」

彼女は小さく頷いた。

「よかったです」

それだけ言って、先に歩き出す。

並ばない。

距離が半歩遠い。

昨日までと違う。

俺はその背中を見ながら思う。

これが線引きか。

仕事のことは共有する。

でも、それ以上は踏み込ませない。

エレベーター前。

俺が隣に立つと、彼女は視線を正面に向けたまま言う。

「先輩」

「ん」

「私、期待されるの苦手なんです」

唐突。

「ヒロインとか、強い人とか」

静かな声。

「普通でいたいだけなので」

エレベーターが来る。

乗り込む。

二人きり。

鏡に映る距離が妙に遠い。

「俺、そんなに押しつけてたか」

聞くと、彼女は少しだけ考える。

「押しつけ、というより」

言葉を選ぶ間。

「理想で見られると、怖いです」

その一言で、胸が締まる。

俺は気づく。

俺が求めてたのは、恋そのものじゃない。

物語みたいな自分だ。

ぶつかって始まって。

一緒に困難を越えて。

最後は両想い。

その形に、彼女を当てはめようとしてた。

それは、ちゃんと見てるとは言えない。

エレベーターが一階に着く。

扉が開く。

彼女は外に出る前に言った。

「少し、距離置きますね」

あっさり。

でもはっきり。

足音が遠ざかる。

俺はその場に残された。

距離を置く。

それは拒絶じゃない。

でも、甘くもない。

ときめきはある。

でも、手を伸ばせば届く距離じゃない。

外に出ると、夜風が冷たい。

スマホは鳴らない。

社内チャットも静かだ。

現実は、ちゃんと痛い。

それでも。

逃げる気はなかった。

ちゃんと見るって言われた。

だったらまず。

物語をやめるところからだ。

俺は一人で駅に向かった。

今日は、彼女と同じ電車には乗らなかった。
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