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第8話 物語をやめる
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距離を置くと言われた翌朝。
俺はわざと一本早い電車に乗った。
同じホームに立たない。
同じ車両に入らない。
逃げてるみたいで情けないけど、今はそれでいいと思った。
会社に着く。
彼女はもう席にいた。
いつも通りパソコンを開いている。
目は合わない。
挨拶もしない。
仕事だけが流れていく。
昼。
俺は一人で外に出た。
コンビニで適当に弁当を買って、公園のベンチに座る。
少女漫画みたいな恋がしたい。
そう思っていた自分が、少し恥ずかしくなる。
欲しかったのはときめきじゃない。
うまくいく自分だ。
選ばれる自分だ。
ヒロインに特別扱いされる自分だ。
それって結局、自分の話だ。
彼女のこと、どこまで知ってる。
好きなもの。
苦手なもの。
どんな一日を過ごしてるか。
ほとんど知らない。
物語を作る前に、聞くことがあるだろ。
午後。
部長から追加修正の指示が入る。
急ぎだ。
俺は席で資料を叩き直す。
隣の席は静かだ。
しばらくして、彼女が立ち上がる。
俺のデスクに来る。
「そのデータ、去年のやつですよ」
画面を指さす。
「あ」
単純ミス。
「すみません」
「送る前でよかったです」
淡々としている。
でも、助けてくれた。
俺は言う。
「ありがとう」
彼女は一瞬だけこちらを見る。
その目に、昨日ほどの壁はない。
「仕事ですから」
そう言って席に戻る。
それでいい。
今はそれでいい。
夜。
修正版を送り終える。
時計は九時を回っている。
フロアには俺と彼女だけ。
静かだ。
彼女が帰る準備をする。
俺は迷う。
声をかけるか。
物語みたいな言葉はいらない。
謝るのも違う。
俺は立ち上がる。
「送るよ」
それだけ言う。
彼女は少し驚いた顔をした。
「大丈夫です」
「俺が勝手に歩きたいだけ」
正直に言う。
彼女は少し考えてから、頷いた。
二人で夜の街を歩く。
会話は少ない。
でも無理に埋めない。
駅が見えてくる。
改札の前で立ち止まる。
俺は言う。
「ヒロイン扱い、しない」
彼女は静かに俺を見る。
「ちゃんと知るところからやる」
少しだけ息が白い。
彼女は小さく笑った。
「それなら、許します」
初めて見る、安心した顔だった。
電車が来る。
同じ車両に乗る。
でも今日は、物語のBGMは鳴らない。
代わりに、静かな心臓の音だけがある。
ときめき不足の俺。
今は足りてるかどうか分からない。
でも。
少なくとも、逃げてはいない。
俺はわざと一本早い電車に乗った。
同じホームに立たない。
同じ車両に入らない。
逃げてるみたいで情けないけど、今はそれでいいと思った。
会社に着く。
彼女はもう席にいた。
いつも通りパソコンを開いている。
目は合わない。
挨拶もしない。
仕事だけが流れていく。
昼。
俺は一人で外に出た。
コンビニで適当に弁当を買って、公園のベンチに座る。
少女漫画みたいな恋がしたい。
そう思っていた自分が、少し恥ずかしくなる。
欲しかったのはときめきじゃない。
うまくいく自分だ。
選ばれる自分だ。
ヒロインに特別扱いされる自分だ。
それって結局、自分の話だ。
彼女のこと、どこまで知ってる。
好きなもの。
苦手なもの。
どんな一日を過ごしてるか。
ほとんど知らない。
物語を作る前に、聞くことがあるだろ。
午後。
部長から追加修正の指示が入る。
急ぎだ。
俺は席で資料を叩き直す。
隣の席は静かだ。
しばらくして、彼女が立ち上がる。
俺のデスクに来る。
「そのデータ、去年のやつですよ」
画面を指さす。
「あ」
単純ミス。
「すみません」
「送る前でよかったです」
淡々としている。
でも、助けてくれた。
俺は言う。
「ありがとう」
彼女は一瞬だけこちらを見る。
その目に、昨日ほどの壁はない。
「仕事ですから」
そう言って席に戻る。
それでいい。
今はそれでいい。
夜。
修正版を送り終える。
時計は九時を回っている。
フロアには俺と彼女だけ。
静かだ。
彼女が帰る準備をする。
俺は迷う。
声をかけるか。
物語みたいな言葉はいらない。
謝るのも違う。
俺は立ち上がる。
「送るよ」
それだけ言う。
彼女は少し驚いた顔をした。
「大丈夫です」
「俺が勝手に歩きたいだけ」
正直に言う。
彼女は少し考えてから、頷いた。
二人で夜の街を歩く。
会話は少ない。
でも無理に埋めない。
駅が見えてくる。
改札の前で立ち止まる。
俺は言う。
「ヒロイン扱い、しない」
彼女は静かに俺を見る。
「ちゃんと知るところからやる」
少しだけ息が白い。
彼女は小さく笑った。
「それなら、許します」
初めて見る、安心した顔だった。
電車が来る。
同じ車両に乗る。
でも今日は、物語のBGMは鳴らない。
代わりに、静かな心臓の音だけがある。
ときめき不足の俺。
今は足りてるかどうか分からない。
でも。
少なくとも、逃げてはいない。
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