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第四十五話「いきなり駅弁スタイル?(後編)」
しおりを挟む「う゛ぇぇぇぇぇぇぇん゛」
数枚の壁を隔てて聞こえてきたのは……なんとも汚らしい泣き声だった。
いや、声自体はとても可愛らしいんだけどね。
「うっぐ……うぐ……う゛ぇ……うぇ……びえ゛ぇぇぇぇぇぇん゛」
このなんとも特徴的で愛くるしい声は……聞き間違えるはずもない。フィルナのものだ。
「ア゛ルク゛ぅぅぅ~……う゛え゛ぇぇぇぇん゛、ア゛ル゛ク゛ぅ゛ぅぅ~! びえ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇん゛」
一体どうしたというのやら。ゴキブリでも出たのか?
俺は扉を開けるとすぐにフィルナの寝室に割り当てた昨日の部屋へと向かう。
すると……。
「どこぉ~……? どこにいるのぉぉ~……アルクぅぅ~……ア゛ル゛ク゛ぅぅ~……う゛ぇぇぇぁぁぁぁぁん……」
あいも変わらずに俺を求める声。寝ぼけてでもいるのだろうか。まったく可愛い奴め。
俺は扉を開き中へと入り込む。
「どうした? 俺ならここにいるぞ」
そこにいたのは、ベッドの上にへたり座り込み泣きはらすフィルナの姿だった。
寝起きのせいか、ボサボサに乱れた短めの金の髪。
いつもの可愛らしいワンサイドアップが無いせいで、その控えめで全体的に凹凸の少ない細く小柄でかつ最低限の筋肉をたずさえた中性的なシルエットは、成人前の幼い美少年のようにも見えなくはない。
だがそのパッチリと開かれた可愛らしい大きな目、綺麗な長いまつ毛、なによりその、新雪の中に生命の色をほんのりと垂らしこんだかのような美しい白の肌。その中にぽつんと芽吹いた春の息吹のように鮮やかな花の蕾にも似た桜色の唇。
それらが、彼女が紛れもなく乙女であることを示す可憐な美しさを表していた。
……まぁ、もう乙女では無いんだけどね。俺がすでにおいしくいただきましたのでね。
「あ……」
フィルナはほけ~っと、可愛らしい淡いピンクの寝間着姿でこちらを見つめている。
そういえば昨日ルティエラが着替えさせてたんだっけ。
うんうん、よく似合ってるぞ。
呆然とした無表情で呆けていた彼女、その表情が一瞬でぱぁっと朗らかな喜びに満ちた顔へと変わっていき、やがてその美しい海のように青い瞳をたずさえた可愛らしい大きな目を見開いて――。
「いたー!」
全力ダッシュで飛びついてくるフィルナ。
瞬間、ふわりと漂ってきたのは香水の匂いなどではなく――。
きっと寝汗のせいだろう。いつもより強めに鼻腔をくすぐるのは、ミルクめいた子供っぽいものと果実のような匂いの入り混じった優しくも甘く芳しい香り。
――俺の大好きなフィルナの匂いだ。
布団に入っていたばかりだからなのだろう、寝起き特有の暖かな温もり。それを全身で受け止める。
「うわぁぁぁん! アルクぅぅ~! 会いたかったよぉぉ! 怖かったよぉぉぉ!」
顔を俺の胸に顔を埋め、えぐえぐとすすり泣くフィルナを強く抱きしめる。
……きっと後で胸元が鼻水と涙で凄いことになっていることだろうが、愛するフィルナの体液ならば全て許される。
「よしよし」
その柔らかな髪を優しく撫でる。
そうやってフィルナが泣き止むのを待つ。
しばらくの間あやしていると。
「うぅぅ~……よかったぁ。夢じゃなかったぁ」
安堵した表情で落ち着きを取り戻す。
「どうしたんだ? 一体」
聞いてみると。なんともおかしな話だ。
いや、何がおかしいって、フィルナも俺と同じだったからだ。
なんでも、目が覚めたフィルナは一人見知らぬ部屋にいる事実に静かに驚愕したらしい。
――記憶が無い。
獣魔大乱が起きてジョサリムの街を守るために戦いに出た。
そして疲れ果てて一旦外壁付近の休息所へ帰還した。
そこで、古翼竜と激しい空中戦を行っている俺の姿を遠目に見た。
勝てるのか? あんな化け物相手に無事に帰ってきてくれるのか?
心配と不安に押しつぶされそうになりつつも、体は休息を求め、己の意思とは無関係にその意識を閉ざす。
無事に帰ってきて、泣いている俺を見た。
そして、自分が死んだとでも思った? みたいな感じの話をして、ずっと一緒にいると約束した。
そんな、優しい夢を見た気がする。
というのがフィルナの最後の記憶であったらしい。
まぁ、確かにここに連れてきた頃にはもうぐっすりおねむだったもんな。
「うぅぅ……みんな死んじゃって、私だけここにいるんじゃないかって……う゛ぇぇぇぁぁぁぁぁん」
なんせ戦いがどうなったか知らないまま眠りにつき、眼が覚めたら知らない天上。しかもボロッボロの屋敷の中ときたもんだ。
本当はあの戦いで……俺も死に、セルフィもルティエラも死に、街は滅び、軍は全滅し、敗走部隊に意識のないまま連れ去られ、たまたま運よく生き残った自分だけが助かりここにいる。
そして、死後魂となった俺が夢の中に出てきてくれたのではないか? あれは全部夢だったのではないか?
なんて状況を夢想してしまったらしい。
平成辺りに流行った泣きゲーアニメの展開だな、それ。
今時そんな欝展開なんぞやろうもんならネットで即叩かれて大炎上するわっ!
……英雄譚とかの読みすぎかな? 妄想たくましすぎだろ……。
「でもね……でもね……」
なにより怖かったのは、今までのが全部夢で、俺とも出会っておらず、その記憶が全て幻だったのではないか、という不安だったらしい。
そう、それは今朝俺が感じた不安と同じものだ。
――だから。
「よしよし」
俺はフィルナを強く抱きしめその頭を優しく撫で続ける。
「ここにいるよ。もう離さないから」
「うん、ずっと。ずっと一緒にいて……」
フィルナは俺の胸に顔を埋めながら安殿の涙を流し続けた。
「アルクぅ……アルクぅぅ……好きっ……好きぃぃっ……!」
「あぁ、ずっと一緒だ」
「好きっ……好きぃぃっ……アルクぅぅ……!」
そんな風に二人で熱く愛を語り合っていた訳なのだが。
開きっぱだった扉の先から気配を感じ、振り返る。
寝巻姿のセルフィとルティエラが立っていた。
「ずるい……二人だけで朝っぱらからおっ始めるなんて、ずるいの……」
もへ~っとしたいつもの無表情顔で非難の声をあげるセルフィ。
「それと、ちゃんと“する時”は静寂かけないとご近所迷惑なの。マナーなの……」
ん? 一体なんの事だ?
俺達は別段、全年齢サイトでは表現できないようないかがわしい行為など一切している訳ではない。
これからおっぱじめてしまいそうな程に燃え上がっていたのは確かだが、まだその時ではない。
――が、よくよく冷静に己の現状を振り返ってみると、その理由を理解できた。
息を荒くして俺の胸へと押し当てるように顔を埋めながら、すすり泣くように俺の名を連呼し続けるフィルナ。その両手は当然しっかりと俺を強く抱きしめており、俺もフィルナを強く抱き“抱えている”。なにより、フィルナのその柔らかな両脚は俺の腰の後ろ側へと回され、がっちりと締め付けるように絡み付いていたりする。
そう、これはいわゆるだいしゅきホールド状態。
そしてタンクトップと短パンという質素なフィルナのこの寝間着。どうやらちょうど扉側からは角度的にギリギリ死角になっているようで、セルフィから見ればフィルナの美しくも淫らな御御脚しか見えておらず、その短パンはまさにシュレディンガーの猫のごとく存在と不存在の間に覆い隠されているわけで……見えないということは無いものと同じく考えられてしまうわけで……。
つまり、はたから見ればどう考えてもこの状態はまさに、俗に言う駅弁スタイル。対面立位でいたしながらフィルナが喘いでいるようにしか見えないわけで――。
「え? ……ふぇぇ!? て、てっきり泣いているのを慰めていらっしゃるものかと……し、失礼しました……」
我がパーティの純心なる清涼剤、ルティエラだけは誤解せずにいてくれたようだ。
が、セルフィの余計な一言が逆に意識させてしまったようで彼女にまで誤解が浸透してしまったようで――。
「ち、違う違う、これは――」
慌てて立ち去ろうとするルティエラに必死に現状を説明しようとするものの、
「ルティ。ここは逃げる場面じゃないの。むしろ決意を見せるべき時なのっ」
「決意? それは一体……」
「アルク、私たちも混ぜやがれなの……っ!」
なんか頭の沸いた戯言をほざき始めたセルフィに対し、
「た、多人数同時接続プレイ。は、話には聞いたことがありますです……け、けど」
さすがは我がパーティの良心、純情可憐なルティエラさん。恥じらう心は有してくれているらしい。
「けど? ルティは興味なしなの?」
「うぅ……ひ、人並みには……その、あ、あります……の、です」
残念、うちのパーティにそんなうぶな子はいなかったよ。
まぁ今さらだし、俺としては嬉しい限りなんだけどね。
「じゃあ、今度みんなで一緒にする?」
クルリと振り返り、シュレディンガーの短パンを見せることで未挿入の事実を晒して誤解を解く。
ついでに、みんなにお誘いをかけてみる。
なんのお誘いかって? ○ックスさ!
「ふぇ? 一緒にって、何を?」
現状を一人理解できていないフィルナが上目遣いに俺へと尋ねてくる。
「セッ○スなの」
そんなフィルナへとセルフィは、恥ずかしげもなく、こともなげに、何を当たり前のことを、と言わんばかりに俺の代わりにその答えを言い放つのであった。
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