魔術師セナリアンの憂いごと

野村にれ

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第1話

まだ結婚するつもりはなかった2

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 結局、マージナルは何度か会いに行ったが、セナリアンは不在。セナリアンが王都にいる際にグロー公爵邸を訪ねても、たまたま休みなどということはなく、両親とお茶して帰って行くなど、ほとんど会うことはなく、時間だけが過ぎた。 

 セナリアンは自分のことには無頓着である。案の定、結婚式のドレスにすら興味が無かったので、疲れないなら何でもいいと、自分のことを一番分かっている女性陣に選ばせ、サイズだけ合わせて、結婚式を迎えることになった。何だか豪華になったが、仕方がない。

「あら、今日だったかしら」

 結婚式の朝、セナリアンの言葉に母・ルシュベルだけは笑っていたが、さすがに皆は驚いた。

 マージナルに憧れた者たちは最上級の美しさに胸の高鳴りが抑えらず、あまり表に出ないリリアンネの妹という認識しかなかったが、大したことないのだろうと、心の中で貶してやろうと思っていたが、現れた容姿に息をするのを忘れたほどであった。

 リリアンネと比べてという扱いになると思われたが、身長や体系は似ていたが、印象の強い髪色が大きく違い、リリアンネは母親と同じオレンジベージュで、セナリアンは父親と似たグレーベージュ。瞳もリリアンネは父親と同じグレー、セナリアンは母親と同じアンバーの瞳。

 顔の造形はリリアンネは母親によく似ており、美しいと評されているが、セナリアンは両親どちらかに強くは似ておらず、美しいとも、可愛らしいとも言える絶妙な辛さと甘さを持つ顔立ちである。

 そして、持って生まれたというべき意志の強い佇まいに、凛としたリリアンネの方が声を掛けやすいほどで、本人は顔が怖いのでしょうと言っているが、無暗に微笑むような質ではなく、笑えばルージエ家特有の柔らかい笑顔の持ち主である。

 両母親、伯母、リリアンネの意見で、レースがふんだんに使われ、スッキリしたシルエットのドレスはマージナルを虜にした。

 羨ましい、悔しい、でも美しかった。これがセナリアンへの感想であった。

 結婚式には国王夫妻、リスルート殿下の姿もあり、二人の門出に花を咲かせた。

 そして、花嫁の父が入場から大号泣しており、妻に涙を拭ってもらい、静かにしなければならないため頑張っていたが、耐え切れず漏れた声に、花嫁の祖父母に小声で何度もうるさいと叱られ、終いには小突かれているのが印象的であったそうだ。


「大事にする、苦労は掛けない」

 マージナルが初夜の前に言った言葉だった。正直、セナリアンは信用していない。これまでの経験から絶対に迷惑を掛ける顔だと思っている。

 翌日にはマージナルは仕事に行き、セナリアンは公爵家の仕事を教えて貰うことになったが、事前にどのようなことをしているかは既に頭に入っており、ルージエ家と扱うものが違うだけで、やり方としてはあまり変わらない。むしろ、在庫管理の書類が一律になっておらず、公爵夫妻に助言し、領地に行って指導までしたほどである。

「新婚生活はどうだ?」
「ええ、滞りなく」
「こんな時でも無ければ休みにしてやりたいところだがな」
「早く解決するのが一番ですから」

 リスルート殿下はマージナルとセナリアンの結婚式の翌日である本日、リリアンネ・ルージエとの婚約を発表した。

 前回の婚約が解消になった原因が再び起こるのではないかと危惧しており、新たな婚約者はルージエ家で、マージナルも家族になったため、うふふな新婚生活とはいかない状況であった。

「早く家に帰りたいであろう?」
「勉強しているようですから、帰っても邪魔になるだけです」

 その割には仕事が終わると素早い動きで帰って行き、しかし一週間が経つ頃、急ぎではない書類もやるようになっていた。心なしかペースも遅い。

「何かあったのか」
「妻が領地に行きました」
「もうか?」
「ええ、一通り教えてもらったので、後は向こうでと」

 魔術師に加え、領地管理、商品管理・開発、ルージエ家とコルロンド家に任された仕事があるため、領地が過ごすことが多い点を理解していただけるのであればという条件で結婚しているので、領地に行くことを止めることはできない。

「賢いのだな」
「ええ、元々やっていたことも多かったようで。邸を用意してあったので、ルージエ家で付いていた者を既に行かせてあるからと、一人でさっさと行ってしまいました」
「安全なのか」
「ええ、土地だけでいいと、コルロンドの魔術師が総出で引っ越ししたそうです。護衛はいるから大丈夫だと言っておりましたし。何があったらお知らせ下さいとだけ」
「コルロンド家なら安心だな。領地が代わっただけという感覚なのであろう」
「ええ、ルージエ家の領地にもまだ行くこともあると」
「まあ、今はその方が安全かもしれぬな」

 妻の居ない邸に帰ることに寂しさを感じながら、書類を届けるために廊下を歩いていると、女性が何やらぶつぶつ言っているのが聞こえ、昼休憩は終わっている時間帯で、泣いているのか、愚痴でも言っているのかと思ったが、どうやら手元が動いているのが分かった。確か、伯爵家の次女で、文官をしているのではなかっただろうか。

「休憩ですか」
「グロー様、はい。急ぎの書類で昼休憩が遅れて、今休憩しています」
「そうでしたか。刺繍ですか、可愛らしいですね」

 手元の布にピンクの薔薇が刺繍されており、男性が持つには難しいが、女性が喜びそうだと感じた。

「ありがとうございます。趣味でして」
「良いご趣味をお持ちで。では、お邪魔しました」

 問題はなさそうなので去ろうとしたが、言葉を続け始め、声を掛けてしまったので、一応聞くこととした。

「本当はどなたかに差し上げることが出来れば良いのですが」
「そういうものですか」

 マージナルは母から女性から受け取れば、好意を受け取ったと勘違いされると忠告され、その手の物を受け取ることなく過ごし、リリアンネの婚約者になったので、家族以外から貰ったことが無かったのだ。

「ええ、自分が作ったものを身に着けていただくというのは嬉しいものです」
「ハンカチとかかな?」
「そうですね、あとは男性だとタイとか」
「時間がかかるものですか」
「そうですね、得意不得意はあると思いますが、時間はかかると思います。その分想いを込められると言いますか」
「素晴らしいですね、お邪魔してすみませんでした」
「いえ、褒めて頂きありがとうございます」

 マージナルはいいことを思いついたと、セナリアンに頼みたいことがあるので、時間が出来たら、こちらに寄って欲しいと手紙を出した。王都に行く用事があるので、その時に寄りますと返事が来て、一人部屋で飛び跳ねた。

「妻として刺繍をしてもらいたい」
「ええ、どのようなものがよろしいですか」
「得意ですか」
「あまり比べたことが無いのですが、母やお姉様よりは上手いとは思いますが」
「身に着けるものがいいのですが」
「そうですね、ではハンカチ、タイ。あとはリボン、ドレス、髪留め…男性は無理ですね」
「ハンカチとタイかな」
「分かりました、公爵家の紋章でも入れましょうか」
「ああ、あと違う物も作ってもらえるか。デザインは任せる」
「分かりました、色は今付けているような色でよろしいでしょうか」

 マージナルは通常業務であれば、タイ、タイを止めるアクセサリーは自由であるため、髪色からダークブルーの色のタイをすることが多い。

「ああ、それで。ありがとう」
「いえ、この程度なら」

 翌日からマージナルはご機嫌だった。セナリアンが邸にいること、自分のために刺繍をしていること、幸せでしかない。やっと手に入れた至上の宝こそがセナリアンなのだ。

 皆はリリアンネと会うことはあっても、セナリアンにまず会うことがないので、見掛けると気付かないか、リリアンネにどこか似ているところはないかと探していたくらいの人物である。

 そのリリアンネを気に入ったのが王太子であるリスルートだった。貴族らしい女性が好みだったようだ。

「機嫌が良いな」
「妻に刺繍を頼んだのです。これで当分帰りません」
「なるほど」
「文官の女性が刺繍をしていて思いついたのです」

 翌日には新しいタイをして出勤して来た。タイを嬉しそうに触りながら、顔が完全にだらけているが、刺繍の出来は気になるところである。

「見て下さい」
「もう、出来たのか?」

 そこには敢えて目立たぬようにタイより少し明るい同じ色味の糸で、写したような公爵家の白鳥の紋章が美しく刺繍されていた。

「子どもでも出来るレベルだと言っておりましたが」
「これがすぐ出来るものなのか?予め作って置いたわけではなく?どうして浮き出ていないんだ?」
「執事からずっと刺繍をしていたと報告を受けましたし、確かに私もしばらく掛かると考えておりました。浮き出ていないのは、私には分かりません。プレスしたと言っておりましたが?」
「そういうものなのか、その次はどうする気だ?」
「本人も楽しくなってきたようで、今日は新しい糸を見に行くと言っておりました」
「それは良かったな」

 セナリアンはある理由から刺繍が好きだった。家族や近しい親族は知っており、おかげで刺繍が趣味だった女性たちは、セナリアンを前に刺繍が得意などと言えなくなったのだ。
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