魔術師セナリアンの憂いごと

野村にれ

文字の大きさ
4 / 228
第1話

まだ結婚するつもりはなかった3

しおりを挟む
 リリー・モジールが本屋で選んでいると、横から名を呼ばれ、振り向くと学園でのクラスメイトだったエリーチカ・バーチャスであった。特別親しいというほどではないが、友人を含めて話すことは何度かあった間柄である。

「卒業以来ね、王宮に勤めているのよね?」
「ええ、文官をしているの」
「王宮なら、マージナルお兄様に会うこともあるの?」
「親戚だったわね、たまにお会いするわよ」
「私もよく公爵邸に呼ばれるのよ」

 エリーチカは男爵家ではあったが、グロー公爵家の親戚であることが誇りのようで、婚約者でも狙っているのかと思ったら、それは難しいと誰かに話しているのを聞いたことがあり、魔力の関係かなと考えていた。

「この前、刺繍を褒めてもらったわ」
「あなた得意だものね」
「趣味なだけよ」
「謙遜しちゃって。マージナルお兄様も見惚れたのではなくて?結婚したというのにね、困ったものよね」
「でも奥様は、いえ、何でもないわ」
「何?あのお飾り夫人のこと?」
「お飾りって失礼じゃないの!」

 エリーチカは見下す発言は多く、聞かれていなければ言っていないのと同じだと、どこで聞かれているか分からないと言っても、大丈夫だと取り合わず、いつか痛い目に遭うのではないかと周りでは囁かれていた。とりあえず相変わらずで元気そうなので上手くやっているのだろう。

「有名よ、婚約者を王太子様に譲って仕方なく娶った妹って。まあほとんど領地に籠っているからほとんど会ったことも無いのだけど。で、何かあったの?」
「いや、マージナル様が奥様の刺繍は子どもにでもできるようなものだと言ってらしたようなの」

 リスルートとマージナルの会話を盗み聞きしたメイドの噂話であった。それでも喜んでくれる夫で幸せねと嫌味を言われていたのだ。

「ふふふ、刺繍も出来ないのね。仕方ないわよ、社交も駄目、いくら侯爵家って言ったって、王都じゃ恥さらしだから領地に押し込めてるのよ。いずれ相応しい人に代わるんじゃないかしら」
「そうなの?」
「ええ、そうらしいわよ。リリーさんもお兄様がお好きなの?」
「尊敬はしているわ」
「それだけぇ?協力してあげてもいいわよ」
「そんな、奥様もいるのに」
「だからお飾りだって言っているでしょう!あんな出来の悪い人が親戚なんて嫌だわ、あなたの方がお似合いよ?ねっ」
「刺繍を褒めてもらったから、プレゼントしたいくらいは」
「良いじゃない、出来たら家に持って来てよ、渡してあげるわ」
「いいの?」
「勿論よ、私は親戚よ。お飾り夫人がますます霞んでしまうわね」

 薔薇の刺繍を褒めてもらったので、別の薔薇を刺繍したタイを作ってエリーチカに渡すと、明日ちょうど公爵邸に呼ばれているから、渡してくれることになった。後日、とても喜んでいたと、いずれ夜会で付けると言っていたと、いずれお誘いがあるかもしれないわねと書かれていた。リリーは手紙をぎゅっと抱き締めた。


 リスルートとマージナルは同級生の婚約を祝う夜会に出席するため、着替えを行っていた。ギリギリになることから、リリアンネとは会場で待ち合わせることになっている。

「セナリアン嬢は欠席か」
「はい、私は護衛くらいに思ってください」
「その割にはそのタイは凄いな」

 マージナルが自慢げにぴらりと上着からタイを出すと、リスルートは目を大きくした。広げると、見たこともないほどに神々しく、どこを褒めたらいいのか逆に分からないほどであった。

「天才なのではないかと思うのですが」
「その通りだな、随分細い糸も使っているのだな。これは宝石か?」
「そうなんです、小さくて使い道のない物を使っているようです。豪華にし過ぎたから出番がないかもと言っておりましたが、今日こそです」
「私より豪華ではないか?リリアンネにも出来るのか」
「妻の腕がいいゆえ、仕方ありません。お姉様よりは上手いと言っていましたが。ただ私が作ったと絶対に言うなと言われました、前に頼まれて嫌な目に遭ったことがあるようで。自慢したいんですけどね」
「私にはいいのか」
「殿下は頼みにくいでしょう?婚約者の妹になんて」
「意地が悪いな」

 マージナルはタイを褒められると、大切な贈り物で、誰からかは内緒だと微笑んでいた。誤解を招くのではないかと思ったが、リリアンネも微笑んでいたので、まあいいかと考えることにした。

「あのタイ、セナが作ったんでしょう?」
「やっぱり分かるか」
「ルージエ周りなら分かると思いますよ、敵うものはおりませんから」
「そんなにか」
「ええ、横で見たこともありますけど、凄まじいスピードと集中力と想像力なのです。もう誰も刺繍が得意だなんて口が裂けても言えませんわ」

 刺繍をしたことがない私でも分かる。刺繍が得意だと言って、セナリアンの作品を横に並べられたら、鼻で笑われてしまうだろう。

「そういえば、嫌な思いをしたことがあると聞いたが」
「ええ、ありましたわね。母がご友人にセナの刺繍のハンカチを貸して差し上げたんですよ。それをなぜかそのご友人の娘が、婚約者のお母様に自分が作ったものだと嘘を付いたんです」
「貸したのにか?どうせバレるだろう」
「ええ、その通りです。それなのに母にバレたら破談になるかもしれない、娘のために作って欲しいと泣きついたようでして、一度作ったとして、その後は努力してできるようになるのか、それとも一生作れというのかと、友人をひとり無くしたと言っておりましたわ」
「そのような愚かなことをする者がおるのか」

 侯爵夫人だったから良かったが、もし自分より爵位の低い者であったら、一生縛り付けて刺繍をさせられていたかもしれない。

「褒められたかったのかもしれませんけど、努力してできるものですか!あの子の図案を見ていると頭が火を吹きそうになりますもの」
「確かに目を見開いてしまったよ」
「ええ、私も誕生日にクッションカバーをおねだりしましたもの」
「貰ったのかい?」
「ええ、花がいいと言ったら、様々な花が絵画のように刺繍されていて、本当に美しいの。しかも両面ですわよ?圧巻というべきですわね。しかも大きめなのに、たった三日で息抜きの合間に作ったと言っていて、この子はどうなっているのかと思いましたわ」

 クッションで三日ならタイ、ハンカチならあっという間であったであろう。マージナル、読み違えたな。

「ルージエ家には結構あるのか」
「ええ、息抜きによく作っておりますから。今年の母の誕生日もクッションでしてね、母は猫が好きなので、表は可愛らしい顔だったのですけど、裏は牙をむいている顔でしてね、父にイラっとした時に、これを向けるとよろしいですわと笑っておりましたわ」
「ルージエ侯爵…」
「お祖父様もお祖母様もこれは良いなって大好評でしたから、誕生日に贈るのではないかしら。リスルート様も欲しいようでしたら、セナに頼んでくださいね。私は嘘は付けませんから、ふふ」

 後日、ルージエ邸で見せてもらうと、みごとな美しい花に飛び出して来そうな猫であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

処理中です...