魔術師セナリアンの憂いごと

野村にれ

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第1話

まだ結婚するつもりはなかった4

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 リリーは既に結婚している二人の友人と休日にお茶をしていた。

 子爵家に嫁いだ友人がマージナルが出席した夜会でタイを褒められて、惚気ていたという話を聞き、自分が贈ったものだと思った。刺繍の柄が分かれば間違いに気付けたのだが、リスルート殿下の側にいたため、近付くことが出来たのは一部のみで、情報不足であった。

「素晴らしいって皆が羨ましがっていたそうよ。リリーも刺繍が得意だったわよね?私は苦手だから、本当に羨ましいわ」
「マ、マージナル様はタイを何て仰ってたの?」
「贈り物だって。誰からって聞くとそれは秘密だと、奥様がいるのに恋人かしら?想い人かしら?って勘ぐられていたそうよ。きっと好いた方からいただいたのよ」
「政略結婚だものね、恋人くらいいるわよね」
「上手くいっていないらしいわよ」
「私も聞いたわ、夜会もいらっしゃらなかったようですし。何も知らないんでしょうね、お可哀想」

 リリーにとって憧れの人ではなく、想い合う二人となった。友人は私がそのタイを刺繍したと言ったらどうなるだろうか、マージナル様と結婚したら何て言うだろうか、惚気たらどんな顔をするかしら、そんなことを考えていた。

 王宮でしか会うことは出来ないが、マージナルを見掛けると、常に慌ただしくしており、声を掛けられる状況ではなかった。

 心のままに動くなら、すぐにでもお心を聞き、側に寄り添いたかったが、仕事の邪魔をすることはできない、公にできない関係でも不貞と取られたくないと、自分に酔いしれていた。

 それからなかなか見掛けることもなくなったが、使用人にもマージナルには素晴らしいタイを贈ってくれる想い人がいると噂になっていて、笑みが零れた。

 そんな折、街中で目に入ったのはマージナルの妻・セナリアンだった。なぜ顔を知っているのかは父の付き添いで何度かルージエ家の商会に行ったことがあり、一度見たことがあったからだ。美しい人だとは思ったが、マージナルの妻になった時は驚いた。似合わないという意味ではなく、二人が結びつかなかったのだ。

 でも婚約者の妹という立場の頃に夜会で見掛けたことがあると言っていた友人は、暗い色味のマージナルに、明るい色味のセナリアンは一枚の画のようだったと言い、二人を大変お似合いだと称していたので、私の先入観なのかもしれない。

「あの、マージナル・グロー様の奥様ですよね?」

 気付いたら思わず声を掛けており、不快な顔ではないが、ただ真っ直ぐに見詰める顔は美しかったが、敵わないとは思わなかった。

「突然、お声を掛けて申し訳ありません」
「いえ、何か御用かしら?」
「私、モジール伯爵家リリーと申します。王宮で文官をしております」
「ええ」
「大変申し訳なく思っているのですが、実はマージナル様のタイを贈ったのは私で」
「あなたが噂の?文官ということは優秀なのね」

 怒鳴られる覚悟はしていたリリーだったが、先ほどの誰だお前の顔から、一気に上から下まで見られている。

「いえ、まだ未熟者です」
「公爵家に入るつもりはあるかしら?」
「えっ?」
「今日は予定があるから、入るつもりがあるのなら明日、仕事が終わってから、公爵家の別邸にいらして下さる?門番には伝えておくわ」

 あまりの可憐さに、何か裏があるのか、公爵邸に行けば、酷い仕打ちが待っているのではないか、既婚者に贈り物をしたのは私だ。責任を持って行かなくてはいけないと思うことにした。政略結婚と聞いている、愛人にされるのだろうか。でもこんなチャンスはない、リリーは勢いに任せて、飛び込むしかないという覚悟をした。

「モジール伯爵令嬢がいらっしゃいました」
「お通しして」
「よろしいのですか」
「ええ、失礼の無いようにね」

 リリーは執事に応接室に通され、セナリアンはワインを片手に、大量の書類に目を通しながら、既に待っていた。

「厚かましく来させていただきました」
「いえ、まもなく彼も戻ると思いますので。そちらに掛けてらして」

 全てが高級品であろう家具に緊張しながら座ると、セナリアンも書類の手を一旦止めて、向かいに座った。

「お忙しいようで、なかなかお話する時間が無くて」
「それはお寂しかったでしょう」
「お怒りではないのでしょうか」
「無いわ、ただの政略結婚よ。ご実家は何か有益なことはあるかしら?」
「領地は綿花が盛んです」
「持参金と慰謝料は出せるということでいいのよね?」
「離縁されるのですか」
「当たり前じゃない、妻が二人なんて不衛生だわ。愛人にされると思った?」
「っはい」

 こんなに簡単に憧れていたマージナルの妻になれるのだと、声が大きくなってしまった。

「それでも来たってことは随分愛しているのね」
「申し訳ありません。持参金と慰謝料は急なことでしたので父に確認をしてからにはなりますが」
「こちらも父が何と言うか分かりませんが、なるべく穏便に収めさせるわ」
「ありがとうございます」

 マージナルは邸に帰ると、執事・ローダンから応接室で奥様が女性とお待ちですと伝えられ、どういうことだろうかと首を捻った。

「どうして伯爵令嬢がここに?知り合いだったのかい?」
「奥様にお誘いいただきまして」
「噂を耳にしまして、彼女に公爵家に入るつもりがあるということだったのでお呼びしましたの」
「ちょっと待ってくれ、まず噂とは何だ?」
「タイですわ、彼女に贈られたタイを付けられて夜会に出られたのでしょう?恋人に貰ったと噂になっているそうよ」

 セナリアンは噂を耳にしたわけではなく、わざわざ知らない令嬢に教えてもらったのだ。

「何の話だ?君に物を貰ったことは無い。そもそも私は家族以外の女性からの贈り物は受け取らないことにしている」
「えっ?」
「違うの?」
「夜会で付けていたのはセナのタイだ。あの神々しい」
「でっ、でも奥様のタイは子どもでも出来るような物だったと…あっ」

 マージナルはリリーを鋭い目つきに睨み付け、大きく溜息をついた。

 この前、確かに話し掛けはした。好きだと言ったわけでも、一緒に出掛けたわけでもないのに、何を勘違いする要素があるのだ。伯爵令嬢ではあるが、どこの伯爵家だったかも覚えていない。

 そもそも刺繍だってどのようなものか聞けば、自分ではないことは分かるのではないか。

「それは謙遜だ。君は私にタイを渡したのか」
「いえ、エリーチカ・バーチャスが渡してくれるというので頼みました…」
「私はエリーチカからそのような物は預かっていない!タイを取って来る」

 マージナルはずかずかと応接室を出て行き、セナリアンは席に戻って再び書類に目を通し始め、リリーは手をぎゅっと握りしめていた。

 戻って来ると夜会に付けて行ったのはこれだと、箱に入ったタイを取り出した。リリーは立っていたら後ずさりしたと思うほど、まさに神々しい品だった。公爵家の紋章の白鳥に様々な鳥たちが身を寄せ合ったり、羽ばたいたり、宝石のようなものもあしらわれ、気高しく美しかった。私が作った方が子どもでも出来るというレベルだ。

「あら、それは私が作ったものね。噂は間違いということかしら?」
「奥様、グロー様、申し訳ありませんでした。私はグロー様に憧れていたので、勘違いしました」
「そのようね、残念だわ。マージナル様、この方では駄目なの?」
「何を言っているんだ!ありえない」
「そう、なら車を用意しましょう」
「いえ、自分で帰れますので、こちらで失礼します。グロー様も申し訳ありませんでした」

 リリーは何度もぺこぺこと頭を下げて、逃げるように帰って行った。

 自分がこんなにも愚かだと思わなかった。エリーチカが嘘まで言うとは思わなかった。全ては妻を貶めるためだったのか、私を貶めるためだったのかは分からないが、関わるべきではなかった。

 仕事は辞めたくは無いが、辞める覚悟をしておくべきだと、寮ではなく、実家に帰って両親に話すと今まで聞いたことのない声で怒鳴られ、公爵家に謝罪に行くと父は飛び出して行った。

「想い合っていると思っていたのか」
「ええ、恋人だと噂になっていたようでしたし、本人からも自分だと聞いたものですから」
「エリーチカが勘違いさせるようなことをしたのかもしれない。まさか噂になっていたとは、私に聞いてくれれば良かったじゃないか」
「あなたの性格から、言いにくいのかと思いまして」
「どうするつもりだったんだ?」
「お譲りするつもりでしたわ、元々この席は姉から譲られた席でしょう。見合った方にお譲りするのが本来の形でしょう?」
「それは」
「賢そうな方だったから、こちらの家に良き方だと思いましたのに」

 マージナルはエリーチカに忠告に行ったが、どうにも話が伝わっているとは思えず苛立つこととなる。
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