転生者はチートを望まない

奈月葵

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1巻

1-2

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 光った? みんなは水晶玉が光ったと言って興奮している。確かに赤く光っているようにも見えるけど、小人の可愛さに興奮したのは私だけだった。ひょっとして、みんなには小人が見えていないのかな。

「赤く光っていますので、火の精霊との相性が良いですね。輝きもなかなか強い。魔力が高いようです」

 魔術師が嬉しそうに解説してくれる。ガイが手を離すと、小人も手を下ろした。
 私以外の人には、水晶玉が光って見えていただけらしい。赤色の光は火の精霊との相性が良いと言う。――ひょっとして、小人は精霊なのだろうか。赤い服の子は嬉しそうだったし。
 けど、なんで私、いきなりえるようになったんだろう。確か精霊をるには特別な目が必要だったはず。
 火魔法を使うクーガーさんの周りでも、これまで火の精霊をた覚えはない。前世の記憶が戻ったからえるようになったのかな?

「じゃあオレ、学園に入れるんだな」
「ええ。この村からはあなただけです。しっかり学んでください」
「オレだけ? ミラも調べてくれよ」

 ガイが私を振り返り、周りもこちらを見る。注目再び。だから私は五歳だってば。

「名簿によれば、彼が最後だが」

 他の三人より少し年配の騎士が、羊皮紙ようひしを手に村長さんに確認を取る。

「ええ。ミラはまだ五歳ですから」
「十日後には六歳じゃん」
「じゃが試験を受けるのは、六歳以上と決まっておるからのぉ」
「いえ、六歳以上になる子供ですよ」

 魔術師の訂正に、村長さんはぽかんと口を開けた。お母さんもイーナさんも唖然あぜんとしてた。
 大人達は長年、試験の時点で六歳になっていなければ、受けられないと思っていたようだ。

「なー、結局ミラは試験受けれるのか?」

 黙れおバカ。ああ、三年の猶予ゆうよがなくなってしまった。黙ってたら受けずに済んだのにー。

「はい、君も水晶玉に手を置いて」

 魔術師にうながされては逃げられない。観念して前に出ると、小人達――推定精霊達が、キラキラした笑顔で迎えてくれる。そんな期待いっぱいな目で見ないで欲しい。
 精霊達はそれぞれ服と同じ色合いの髪と瞳をしていて、耳の先がとがっている。遠目には色違いのチュニックに見えたが、フリルが入っていたり、アクセサリーを着けていたりして、なかなかお洒落しゃれさんだ。私は覚悟を決めて、水晶に手を置いた。

「おお!」
「なんだこれは」

 ガイの時とは違う反応だ。精霊達は……全員踊りまくっていた。

「……よ、四色の乱舞!?」

 精霊達は飛び跳ね、手を振り、水晶玉の中をクルクル回っている。大はしゃぎだ。みんなには四色の光が、かわるがわる点滅して見えるらしい。
 チートキター!! 

「何という輝き」

 魔術師がガッチリと私の手を握る。

「ようこそ、フィーメリア王国魔術学園へ」
「あははは」

 もう笑うしかないね。
 水晶玉から私の手が離れ、踊るのをやめた精霊達は互いにハイタッチを交わす。愛らしくも小憎らしい。ええい、この小悪魔共め。


「この子達が魔術師……ですか」

 村長さんからの伝令によって試験結果を知らされ、仕事を早退してきた両家の父親は、そろって唖然あぜんとしていた。
 私達は今、私の家でガイの家族共々、マント男、もといスイン・クルヤード氏に学園への入学手続きのための説明を受けている。試験の時にいた騎士様達は、村長さんと一緒に帰って行った。

「ええ。ガイ君は火属性、ミラさんは四属性すべての適性を持っています。つきましては魔術学園での学習によって資質を伸ばし、いずれは魔法騎士か宮廷魔術師を目指していただければと思います。通常ですと、魔法の習得には精霊協会に習得料を払う必要がありますが、学園は国立ですので国が支払います。そして魔力測定試験による合格者は、在学中の学費、寮費、その他の費用すべて、国と支援者となる貴族が負担いたします」

 立て板に水のごとく説明を始めたスインさんだったが、ここで一度言葉を区切った。
 精霊協会は知っている。どこの村にも規模は違えど必ずあって、魔法を管理している施設の事だ。生活にお役立ちの魔法から戦闘用魔法まで、あらゆるものを扱っているらしい。でもイルガ村じゃ役場に近い扱いだ。だって、魔法を使える人がほとんどいない。私が知っているのはクーガーさんぐらいだ。
 新たに習得する人がいないなら、教える人も必要なかろうと、ここ数年王都から派遣される事もなかった。窓口係のおじいちゃんは、村人その一と呼べそうな一般人である。あ、確かハンターギルドの窓口も兼任してたかな。魔物は滅多に持ち込まれないけど。
 たまーに出没する、群れからはぐれたらしい魔獣――イノシシとかシカの変化したもの――の肉は、村人の胃の中に収まっちゃうしね。

「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
「いやその、うちのせがれがまさか試験に通るような魔力持ちとは思ってもみなくて、その……」
「わかります。けれど今の世では、魔力は貴族だけが持つものではありません。暗黒期以降、魔術師の血は広くたみの血と交わったのですから」

 説明が途切れたのは、呆気に取られている父親達が気になったからだったらしい。スインさんは二十代前半の見た目に似合わぬ落ち着きで頷いた。

「じゃが、血は薄まっておる。多少の魔力持ちでは学園には入れぬ足切り制度があると聞いた覚えがあるんじゃが」
「そうなの? おじいちゃん」

〝暗黒期〟という単語に疑問を覚えたけど、質問のタイミングを逃してしまったからしかたない。後で聞こう。さしあたって学園の入学条件の方が気になる。魔力があれば全員入れるわけじゃないのか。

「うむ。クーガーは昔試験に通らなんだが、当時の試験官であった魔術師殿が言っておったのだ」

 おじいちゃんは重々しく頷いて、クーガーさんが学園には入れなかった事を教えてくれた。

「通らなかったからと言って魔力がまったくないとは限らぬから、身分証を作る機会があれば、魔力値を確認するようにとな。実際、隣村との交易のために通商用カードを作らせてみれば、多少の魔力はあったのじゃ。だからあやつはハンターに弟子入りし、修業して魔法を使えるようになったのじゃよ」

 ハンターとはハンターギルドに所属し、依頼を受けて魔獣や魔物の討伐、商隊の護衛や薬草の採取などをう人達の事を言う。能力順にランク分けがされていて、最初はみんなFランク。実績を積んでE、Eプラスと上がっていき、Sランクが最高ランクとなる。ちなみにSランクは人外レベルだそうな。
 つまりは魔法とかバンバンぶちかます、魔王みたいな人なのかな? って、そこまで考えて気がついた。私ってば魔力チートなんだから、Sランクを目指そうと思えば目指せるんじゃないのかな。そしたらいずれ左団扇ひだりうちわな生活ができるかも! 
 トラブルが舞い込む事は置いておいて、前向きにチートを活用する事を考えるも、すぐに問題点に気がついた。
 戦えないじゃん私。護身術をかじった事もないよ。
 魔力チートだけど、魔力頼みの大技しか使えないんじゃ、後方からの攻撃しかできないし、場合によっては当たらない事もある。かと言って、前線に出て敵の間合いに入ってしまったら、私みたいな運動神経のない人間は逃げたくても身体が動かないだろう。
 たとえ薬草採取であっても魔獣に遭遇しないとは限らない。あらゆる戦闘技能必須の職業だった。ハンターになるなど夢のまた夢、やはり堅実に宮廷魔術師こうむいんを目指すのが一番か。
 過去に行われていたという足切り制度の事をスインさんに尋ねると、彼は苦笑した。

「足切りは今もあります。学園のレベルを一定以上に保つ目的もありますが、世知辛い事に、予算や支援する貴族の問題でもあるのですよ」

 村を出て学園に入った子供達は基本的には国の支援を受けるが、里親のように密接なサポート支援を行うのは貴族だそうな。学生寮に入らず、支援者である貴族の屋敷から学園に通う子供もいる。
 貴族は優秀な子を支援する事がステータスとなっていて、ゆえに、誰でも無制限に受け入れてくれるわけではない。国の財源にも限りはある。これらの理由から、一定以上の魔力がなければ水晶は反応しないようになっているそうだ。
 水晶が光る、イコール〝魔力持ち〟なわけではなく、イコール〝基準値以上の魔力持ち〟が正しいのだと言う。
 その反面、費用の一切を自費でまかなえるお貴族様には足切りなどない。
 貴族は血筋ゆえに一定以上の魔力を持っている子供が大半だが、仮に魔力が低い場合は二通りの道がある。「きたえ上げてくれ」と、学園の魔術師クラスか魔法騎士クラスに入れられ、しごかれるスパルタコースと、「恥をかきたくないなら武をきわめろ」と、魔力の必要ない騎士学校でしごかれるコース。
 どちらにしてもしごかれるとは、貴族の子ってのは大変だね。

「水晶の反応からして、ガイ君とミラさんの魔力は学園入学予定者の中でも上位に入るでしょう。特にミラさんの四属性持ちというのは希少ですから、学園入学の書類にサインをいただけましたらすぐにでも、上司に報告したいと思っています。支援者として名乗りを上げるであろう貴族を選定する必要がありますから」

 そう言ってスインさんは四枚の羊皮紙ようひしを取り出した。装飾過剰なアルファベットもどきがびっしりと書き込まれている。
 うわー、これがこの世界の文字か。学校に通うなら覚えなきゃいけないんだよね。大丈夫かな私。前世じゃ英語は大の苦手教科だったんだけど。あ、アラビア数字発見。ラッキー。これで十進法なら計算は楽勝だ。四則演算に暗算どんとこい! 

「それぞれのご家族と学園側の分です。学園側のサインは私が代行いたします。内容をご確認ください」

 お父さん達は羊皮紙ようひしを手に取り、じっくりと読み始めた。
 私が真剣な表情のお父さんの顔を見上げたり、読めない書類を隣から覗き込んだりしていると、ぽんと大きな手が私の頭の上に乗った。お父さんの手だった。

「行きたいか?」

 私は首をかしげる。

「行かないといけないんじゃないの?」

 お父さんは少しだけ困ったように笑った。
 試験に合格したら、絶対に学園へ入学しないといけないわけじゃないんだろうか。スインさんを見上げても、彼も微笑むだけで何も言わない。

「オレは行く! ミラは行きたくないか? 絶対イヤか?」

 ガイが私の手を取って、じっと見つめてきた。私は、今度は反対側に首をかしげる。
 行きたいか、行きたくないか。そりゃ、できることなら行きたくないけど、改めて自問してみる。
 魔力チートである以上、今後その副産物である面倒事は嫌でも舞い込んでしまうだろう。その対応策は学んでおきたい。ここで拒めば、今後、先ほど聞いたような好条件で魔法を学ぶ場を得るのは難しいだろうし……

「行く」

 戦闘職は論外だけど、宮廷魔術師としてチートを上手く生かせば、高収入を得られるかもしれない。日本での生活ほどは無理でも、かなりいい暮らしを望めるかもしれないし、仕送りができれば親孝行できる。

「行ってもいい? お父さん」

 見上げると、お父さんはもう一度頭をなでてくれた。

「わかった。行ってこい」

 そうと決まれば実家で用意して持たせた方がいい物だとか、夏休みや冬休みに帰省する事はあるのか、その際の費用はどこが持つのか等々、細々した質疑応答が交わされた。そして最終的にサインする事になった。

「さて、では私はそろそろおいとまいたします。出発は三日後の予定で、それまでは村長さんのお家に泊めていただく事になっております。何か質問等ございましたら、お気軽に声をかけてください」

 スインさんは貴族なのに終始偉ぶる事なく、丁寧に頭を下げて家を出て行った。私達も深く頭を下げて見送って、彼の背中が見えなくなってから行動を開始した。すなわち買い出しである。
 今日は十二月の第一週二日。新年を迎え、一月第三週一日から新学期開始だ。イルガ村から王都までは馬車で五日もあれば着くらしいけど、支度金でもある助成金の到着を待って準備を始めていたのでは、授業開始までに王都に辿り着けないかもしれない。
 支援者が決まれば挨拶あいさつもしなければいけないから、その日程も考慮して村を出発する必要がある。そんなわけで、貯蓄を切り崩して旅の準備をする事になった。乗合馬車代だけは、助成金がないと厳しいみたいだけど。
 方々ほうぼうに手配し、一ヶ月後の出発日の三日前にはすべて揃う手筈てはずを整えて、家族団欒だんらんで夕食を囲んでいると、スインさんが調査隊隊長のルーペンス・キーナンさんをともなって、再び我が家を訪ねてきた。

「急な話で申し訳ないのですが、三日後の我々の出立に同道していただけますか?」
「上司に連絡をしましたところ、四属性のお嬢さんを護衛して戻ってこいと命じられまして」

 スインさんの言葉をおぎなうように、隊長さんは言った。

「それは頼もしくてありがたいお話ですが、三日後ですと、物資の手配が間に合うかどうか」

 お父さんが難しい顔をする。
 この世界の旅は前世のお手軽な旅行と違って時間もかかるし、獣はもちろん、野盗に魔物、魔獣と遭遇する可能性もあって、危険がいっぱいだ。だから乗合馬車は御者ぎょしゃに武術の心得があったり、ハンターを護衛に雇っていたりして、その分が料金に加算されている。つまり馬車代はお高いのだ。
 けれどスインさん達は一行の馬車に乗せて行ってくれると言う。学園出身の魔術師と現役騎士の護衛付きだ。

「物資の手配は可能な限りで構いません。我々には非常用の携帯食がありますし、食料は次の村でも買い足します。子供達に必要な物も、道中適宜てきぎ購入して行きますので」
「無理をお願いしますので、費用はもちろん我々が負担しますし、支援者が決定するまでの滞在先は、クルヤード家が引き受けさせていただきます」

 物資は隊長さんが手配し、王都での滞在先はスインさんが請け負ってくれると言う。
 私は父の袖を引いて、「その方が安全なんだよね」と聞いた。父は黙って頷く。

「なら、騎士様達と一緒に行くよ」

 両親や村に心配をかけずに済むなら、準備期間の短さは甘んじて受け入れましょう。六歳の誕生日を家族と一緒に過ごせなくなったのは寂しいけれど、今生こんじょうの別れになるわけじゃない。



   第二話


 そんなわけで、馬車の旅なう。
 同乗者は魔術師スイン・クルヤードさんとガイ、そして四人の精霊達。御者ぎょしゃ役の騎士はパナマさん。軍馬に乗って馬車の左側を警護するのは、ルーペンス・キーナン隊長。右側に騎士一行の最年少、グゼさん。後方担当はブルムさん。
 出発までおよそ一ヶ月あった準備期間を大幅に短縮し、スインさん達と同道する事になった私とガイは、試験の三日後に村を出た。調査隊の巡回はイルガ村が最終だったから、後は五日かけて王都に帰るだけ。といってもずっと馬車に乗っているわけではなく、村や町があれば立ち寄って食料なんかを買い込むし、宿にも泊まる。
 とりあえず、次の村まで約二日はかかる。
 急な出発にもかかわらず、村人達があれもこれもと餞別せんべつ代わりに色々くれたから、非常食に手を出さないでもよくなったと隊長さんが言っていた。ありがたい事である。
 昼食を取る予定地点まで、馬車にガタゴト揺られる。初めての遠出に興奮していたのは最初のうちだけ。変化の乏しい道に飽きた現在、馬車内では魔術の基礎講座が開かれていた。

「魔術とは術者がイメージした現象を、かてとなる魔力と引き替えに、精霊達に起こしてもらうものです。ひとに応じてくれる精霊は四種族おり、それぞれ火・水・風・地を操り、各属性の魔術を火魔法・水魔法・風魔法・地魔法と呼びます」

 話題の精霊達はといえば、試験の時に入っていた水晶玉の中から出て、好き勝手に遊んでいる。

「イメージが明確でないと、精霊は術者の望みを叶えられません。また、魔力が足りなければ、どんなに明確にイメージしても、魔力に応じた規模でしか実行できません。そして精霊の種族ごとに魔力の味の好みがあり、魔術師の魔力属性は、これによって分類されます」
「つまり、オレの魔力は火の精霊が好きな味って事か?」

 手を挙げて問うガイに、スインさんは肯定する。

「ええ。ミラさんのように、すべての精霊に好かれる方は極稀ごくまれです。ですので、火属性の魔術師が水の魔法を使いたい時は、水属性の魔術師が魔力を込めた魔道具か、魔石を使います」
「魔道具か魔石?」
「魔力の使い道が決められている道具を、魔道具と呼びます。例えば……試験の際に使っていた水晶玉は、各属性の魔術師が魔力を込め、試験判定を精霊に願った魔道具です」

 まさかの精霊式コックリさん。

「使い道を自分で決められるのが、魔石。魔獣や魔物の核であり、彼らが有していた魔力が込められています。それを使い切っても、属性に合った魔力を込める事が可能です。チャージ回数に限度はありますがね」

 リサイクル可ですか。エコですね。
 スインさんが左腕をローブから出す。年中ローブを着込んでいるのか、なまっちろい腕だ。その腕には、赤、青、緑の石がついた腕輪がめられていた。

「青い石が水の魔石です」
「なら、赤いのが火だろ」
「その通り。では緑は何だと思いますか?」
「うーん」

 腕組みして悩むガイに微笑んで、スインさんは先ほどからだんまりしている私に目をやり、ギョッとした。

「ミ、ミラさん、顔色が悪いですが……」
「……はく」

 私は根性で馬車の後ろに駆け寄り、リバースした。
 村を出て、馬車に揺られる事三時間。見事に馬車酔いしました。遊んでいる精霊達を眺めたり、魔術講座に集中したりしてみたけれど、抵抗むなしく完敗。だって凄い揺れるんだもん。
 道は舗装なんてされてないから、めっちゃ揺れる。仮に舗装されていても、前世でよく車酔いしていた私は酔ったかもだけど。
 考えたら、今まで馬車に乗った事なんてなかったんだよね。馬車は村長さんの家に一台しかない。町に用事がある人達の中で代表者を決め、その人が馬車に乗って行くのだ。町に用のない私に乗る機会はなかった。
 ガイはピンピンしてるけど、あんな野生児と一緒にされてはかなわない。なんせ奴は、ターザンごっこ的な遊びが大好きなのだ。三半規管がバケモノである。

「ほら、水だ」

 馬車を止め、パナマさんが革袋をくれる。

「ありがとうございます」

 息も絶え絶えに礼を言い、水を口に含んで酸っぱいものを無理矢理飲み下した。すすいでもう一口飲みたいが、我慢だ。旅において水は貴重品。

「口の中酸っぱいだろ。すすいでいいぞ」
「でも……」
「グゼが水属性だから、足りなければ作らせる。心配しなくていい」

 凄いな水属性。水を作れるんだ。お言葉に甘えて口をすすぎ、最後にもう一口水を飲んだ。

「もう大丈夫かな?」

 馬車を降りたスインさんに聞かれて頷くと、彼は私が地面に吐いた諸々もろもろに向かって右手を上げた。

「では、地魔法の実践です」

 気分の悪さも忘れて凝視ぎょうしする。ガイも身を乗り出した。

「我が魔力をかてに成せ」

 その言葉と共に、手の平から黄色い光がたまとなってあらわれる。それを見た黄色い服の精霊が、ぴょいっと馬車から飛び出て、光のたまを食べた。

「大地に溝を」

 精霊が片手を振り上げ、スインさんの呪文と共に振り下ろす。ザクッと音を立て吐瀉物としゃぶつののる地面がへこみ、へこんだ分の土がその側面に山を作る。スインさんは山を踏み崩して、溝を埋め戻した。

「はい、おしまい」

 最後は人力ですか。てか、せっかく呪文の前半はカッコいいのに、後半がイマイチだ。ここはやっぱり『大地溝グランドグルーヴ』とか……って中二病が再発!? 

「野営地でのゴミや、狩った動物の血抜きをした場所なんかは、ああして埋めるのがマナーだ。そのままにしておくと、獣や魔獣が寄ってくる」

 パナマさんの解説に、私はガイと共に頷いた。

「もっとも、魔獣や魔物を倒すと魔石が手に入るから、路銀や魔石が心もとなくなれば、ワザと呼び寄せる」

 おい。

「手に負えないのが来る危険もあるから、勧めはしませんがね」

 馬車へ乗り込んだスインさんが、一言加えた。やっぱり危ないんじゃないか。私達がいる間は、ご遠慮いただきたい。路銀も魔石も節約に協力は惜しみません。

「そうだな、ハンターギルドでSランクなら余裕だ」
「Sって、世界で五人しかいないっていう最強連中じゃないっすか」

 グゼさんからパナマさんにツッコミが入った。そしてSランクの話題で思い出したのか、ブルムさんから「そういえば」と声が上がった。

「今朝、定期報告で来た伝達鳥でんたつどりで聞いたんだが、先日の魔力喰まりょくぐらいの複数目撃情報の件、近隣の村から合同で、Sランクのハンターに調査と討伐の依頼が出されたらしい」
「マジですか、ブルム先輩」
「ああ」

 グゼさんの問いに、ブルムさんが頷く。

魔力喰まりょくぐらいが目撃されたのは確か、この丘を越えて馬車で一日西に進んだ先の森だったはずだ。だがSランクは五人とも遠方で仕事中だから、すぐには動けないらしい。代わりにBランクの十人がその依頼を受けたそうだが……」
「おいおい、そんな情報が入ってたなら報告しとけ。目撃現場から距離があると言っても念のためな」
「すいません隊長」

 ブルムさんは申し訳なさそうに謝罪した。
 何やら大変な話みたいだね。
 それにしても、この世界に〝報連相ほうれんそう〟の概念はないんだろうか。報告・連絡・相談は大事だよ? 電話がなくともせっかく魔法という通信手段があるんだから、もっと活用すべきだと思う。
 ちなみに、伝達鳥でんたつどりというのは通信魔法の一つだ。相手に届くまで少し時間のかかるところは手紙に似ている。スインさんの説明によれば、情報の正確性を保つため、顔見知りの風属性同士でしかやり取りできないらしい。魔石では行使できない特別な魔法なんだとか。

「しかし魔力喰まりょくぐらいが複数いるなら、せめてAランク十人だろ。真偽の調査だけならともかく、下手に手を出して討ち漏らしがコッチに来たりしねーだろな」
「縁起の悪い事言わんでくださいよ、キーナン隊長」

 グゼさんが顔色を悪くして訴えるのに、私は心の中で同意した。
 そうだそうだ。〝噂をすれば影がさす〟ってことわざを知らないのか。もしくはフラグが立つとも言う。

「わかった!」

 突然声を上げたガイに、みんなの視線が集まった。

「緑は地だ!」

 まだ考えてたのか。

「……風じゃないの?」
「緑の大地って言うじゃん」
「ガイ、それは植物を指すんじゃないかな」

 スインさんは〝地魔法〟を使うと言っていた。彼の手からあらわれた魔力は黄色かったし、応じた精霊も黄色の服を着ていた。何より、呪文が「我が魔力をかてに」だ。

「ミラさんが正解です。ひょっとして、魔力がえていますか?」

 スインさんの問いに、私は内心焦った。


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