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ツンデレ婚約者との物語

ツンデレッ!

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 私の婚約者である、一つ下の幼い少年はこう言った。

「僕は、お前なんか認めないからな!」

 真っ直ぐな眼差しを私に向けて。



 私、エリス・ファラブスは伯爵家の娘である。
 三つ上の二十歳である兄は、婚約者と仲良く並んでパーティーに参加している。
 今年も社交シーズンの到来の時期が来た。
 まだ相手の居ない紳士淑女は、結婚相手を探すのに大忙し。
 既に婚約者の居る者は、相手との良好な関係を見せつけている。
 私は、そんな皆の姿から、そっと隣に立つ婚約者である少年を見た。
 銀色の髪と青い目を持つ美しい婚約者の名前は、ジーク・ベルフェート。ベルフェート侯爵家の嫡男さまだ。今年から社交界にデビューする十六歳。
 そして、私の幼い頃からの婚約者でもある。

「ジークさま、デビューおめでとうございます」

 ジークにエスコートされながら、私は微笑む。
 ジークは、頬を赤らめた。

「ふんっ、お前なんかをエスコートするはめになるとはな」

 そう冷たく言い放つジークの様子に、周りの紳士淑女の皆さんがぎょっとした顔になる。
 私とジークが婚約者なのは、周知の事実だ。
 そして、ジークは見た目ならば完璧な美少年。そんな美少年が婚約者に暴言とも取れる言葉を吐いたのだ。驚きもするだろう。
 ……あーあ、初日からこれじゃあ、ね。明日から噂になるだろうな。
 ベルフェート侯爵家の嫡男さまは、私との婚約が不本意なのだ、と。
 家柄もジークのが上だし、私の容姿はそこそこ。釣り合いは取れていない婚約だ。
 そもそも、両家の親たちの仲が良いから成立したものだし。不満なのも仕方ない、か。
 ……と、普通は思うのだろう。
 実際のところは、ジークは私を見ようとはしないけれど、頬は赤いままだし。私が手を添えている腕は、私が力をちょっと入れただけで、震えている。緊張しているのだ。私に触れられたから。

「ジークさま、今夜は良いものになると良いですね」
「まあ、お前と一緒だから、どうなるかな」

 言葉は乱暴だけど、向けられたジークの私を見る目は少し熱っぽい。潤んでもいる。嫌いな相手を見るには、少々熱すぎる。
 そう、ジークは。この完璧美少年は、ツンデレなのである。
 因みに、この世界にツンデレという言葉や概念はない。
 なのに、何故私がジークをツンデレと称したかというと。
 私には前世の記憶があるからだ。
 前世の私は日本人だった。ツンデレという概念を生み出した素晴らしい国、日本。ああ、懐かしい。
 そんな私だから、内心は私を好きなのに言葉はトゲトゲしいジークを、ツンデレ美少年と呼んでいる。心の中だけで。
 まあ、私以外だったら、ジークには嫌われていると勘違いしただろう。彼は、成長するにつれ、ツン度がアップしているから。
 だが、ジークは人前ではツンツンしているが、幼い頃から私にべったりだったし、贈り物も欠かさない。
 私へ贈るお花を摘みに、泥だらけになってくるほどだった。
 私はその行動をデレだと理解していたが、周りにはやんちゃな子供が形ばかりの婚約者に花を渡したとしか見られていない。悲しい現実だ。
 好きでもない子のために、お花をあげるなんて偉いわねーという空気だった。
 だけど私は知っている。お返しに渡した栞を、ジークは今も使ってくれていることを。ジークの家に遊びに行った時に、ちょうど本を読んでいた彼が件の栞を挟んでいたのを見たからね。
 私はジークの不器用な愛情を再確認し、感動すら覚えたものである。
 だが、もう一度言おう。
 この世界にツンデレを理解する者はいない。
 貴族特有の腹の探り合いはできるのに、恋愛に関しては真っ直ぐに愛を捧げるのが美徳とする世界だから。言葉では伝えないジークの愛は、皆には見えないだろう。
 つまるところ。
 ベルフェート侯爵家の不本意な婚約者のレッテルは、貼られたままなのだよ。
 まあ、私は愛されていると分かっているから平気だけど。

「曲が変わります。ジークさま、踊りましょう」
「……し、仕方ない。お前しか居ないからな」

 そう言う割には、ジークの声は弾んでいる。
 だから、言葉にしろよ。また周りに誤解されたぞ、きっと。
 私はそっと息をはき、ジークと共にダンスの輪に入るのだった。


 社交シーズンも中盤。
 その頃には、デビューしたての者も慣れてくる。
 私も一年前はそうだった。
 ジークも慣れたようで、友人も増え楽しそうにしている。
 因みに、今回のパーティーでも、ツンデレ発言を連発された。

「エリス、よろしいの?」
「シャルロッテ、何のことでしょう?」

 ジークとのダンスが終わり、私は親友のシャルロッテを含む友人数名と話していた。もちろん、皆女の子だ。

「だって、エリス。ジークさま、貴女に酷いことばかりおっしゃっているわ」
「そうですわ。確かにエリスの方がお家の爵位は下ですけど。でも婚約者なのですよ?」
「立場は対等ですのに……」

 シャルロッテを含む友人たちは、一様に表情が暗い。
 彼女たちの中で、私は婚約者に冷遇されているかわいそうな友人なのである。
 いや、言葉はアレだけど。態度では、デレているから。
 今だって、ジークは友人らと話ながらも、熱い視線を私に向けているし。
 だから、態度で示せよ、とは思わんでもない。
 さも今、視線に気づいたという振りをして微笑めば、睨まれた。耳は赤いけど。

「まあっ。婚約者が笑いかけたのに、睨むだなんて」
「いえ、あれは……」
「エリス、気にしてはいけませんわ」
「わたくしは、大丈夫です。ジークさまは、優しい方なんですよ」
「庇われるのですね。エリスは優しいのに、あの方ときたら」
 ……余計に誤解が深まってしまった。
 私の友人ですらこうなのだから、周りの私とジークを見る目は好奇に満ちている。
 ツンデレ文化を浸透させるには、時間がかかりそうだ。
 こんな感じだからジークの家と繋がりを持ちたい、年頃の娘が居る男性たちは積極的にジークに売り込みに行くし。
 婚約者の居ない女の子たちも、ジークに群がったりしている。
 婚約者の居る男性に言い寄るのは、はしたないことだというのが常識なのに、彼女たちに遠慮はない。
 それだけ私を軽んじているのだろう。

「……困ったものですね」

 私はツンデレな婚約者に、苦笑を浮かべるしかなかった。


 ある日、両親がジークの家に行くと言うので、私も付いて行くことにした。
 ジークのご両親は気さくな方で、何故この優しい親からツンデレな子が生まれたのか理解できないぐらいだ。

「やあ、皆さん。いらっしゃい」
「侯爵さま、お久しぶりです」

 両親たちが和やかに挨拶をする。
 ひと通り会話が終わると、ジークのお父さまが眉を下げた。深刻そうな表情に、私は何事かと見る。

「エリス、噂は聞いている」

 そうジークのお父さまが言うと、通された応接室がシンと静まり返る。え、何?
 ジークのお母さまが、悲しそうに私を見た。え、何なの。

「あの子ったら、社交の場でも貴女に酷いことばかり言っているのでしょう?」
「え、いえ……」

 言葉はああだが、態度はデレているから気にしてないです。

「良いのよ。あの子、今日は出掛けていて居ないの。貴女の本音を聞かせてちょうだい」

 ジークのお母さまに言われ、私は自分の両親を見た。二人まで、深刻な雰囲気だ。
 ちょっと待って。今日は、和やかなお宅訪問じゃないの?
 おい、ジーク。お前のせいなんだぞ。何、呑気に出掛けているんだよ!

「ほ、本音と言われましても……」
「良いんだ。君の辛い気持ちは分かっている。この婚約は解消されても仕方ないと私は思っているんだ」

 ジークのお父さまから爆弾発言きた!
 私の両親は何も言わないけど、お前の気持ちを尊重すると空気が言っている。

「……え、えっと」

 結局、その日。
 混乱しすぎた私は、何も言えなかった。
 いや、突然決めろと言われても……。優柔不断な日本人気質が出てしまったのである。
 だから、ジーク。頼むから、皆の前でも分かりやすいデレを見せろよ。お前のせいだぞ。



「……お前を見ていると、苛立つ」

 ある日のパーティーで、ジークは眉を寄せて言った。
 はいはい、私のことが好きで思春期だからイライラしちゃうんですよね。まだ十六歳だから。

「それは、申し訳ありません」

 あのな、婚約を解消する話が出てんの。今更、恋心を持て余してる発言やめてくれよ。現状を正しく見てよ。
 私こそが、イライラしていた。
 それでも、心ある紳士や淑女、友人たちの心配してくれる眼差しに見守られていたので、私は平常心を保ちジークの隣に立ち続けていた。
 だと、言うのに!
 ジークのやつ!

「お前とは違い、心穏やかに居られる相手を見つけた!」

 と、その日のパーティーで嬉しそうに言った。
 そう、この世界にツンデレの概念はない。
 つまり、ジーク自身もツンデレを知らない。
 私は、それを失念していた。
 ジークは自分がツンデレであることを分かっていなかったのだ!
 つまり、私への恋心も無自覚なままだったわけだ。

「彼女なら、僕は苛立つこともなく、自然体で居られるんだ」

 晴れやかな顔で、婚約者である私に言うジーク。
 あのな、ジーク。
 お前は、生粋のツンデレなの。
 苛立ちの感じない異性はな、お前にとったら友情なんだよ。
 ツンデレにならない時点で、その感情は友愛なんだ。気づけよ。
 そうやんわりと、あくまでも遠回しに指摘しようと思った私だけど。
 ジークが振り向いた先に居た少女が、優越感に満ち満ちた勝ち誇った笑みを浮かべているのを見た瞬間。
 プツンと、何かが切れた。

「よくよく考えれば、僕がお前なんかに……」
「ジークさま」

 私は、ジークの言葉を遮った。
 ジークは不機嫌な顔をしていたが、かまわずに微笑みかける。

「わたくし、貴方のこと。弟のようにしか思ってませんの」

 ジークの目が見開かれる。
 ジークの浮かべた表情に満足を覚え、私は踵を返した。
 そして、体調不良を主催者に訴え、パーティーを後にした。
 馬車に揺られ自宅に着くと、早い帰宅に両親とパーティーに出席していなかった兄が驚きつつも、私を出迎えてくれる。
 私は、家族に悲しげに微笑みかけた。

「ジークさまとの婚約、解消したいの」

 私の発言に、家族は驚かない。
 兄が労るように、私の肩を抱いた。

「今まで、よく耐えたな」

 家族の優しい眼差しを向けられた心の中で、呟く。
 思い知らさせてやる、と。
 こうして、私はジークの婚約者ではなくなった。


 社交シーズンも終盤に差し掛かる。
 私は婚約解消の傷心を理由に、引きこもっていた。
 実際は、ジークとジークの関心を引いた少女のことを考えていただけだったが。

「そろそろ、良いかな」

 呟く。
 ジークと婚約を解消して、そろそろ歪みが出てくる頃合いだ。
 ジークは、少女への友愛を恋と勘違いしている。
 婚約も解消され、少女に贈り物を選んだりしているだろう。あいつは、マメなやつだから。
 そして、気づき始めたはずだ。
 選んでいる物が全て、私を基準にしていることに。
 贈る相手を思い浮かべる時、少女ではなく私に思いを馳せていることを。
 少女も理解し始めているだろう。
 エスコートしてくれている少年の視線が、自分に向いていないことに。
 ジークも気づくだろう、エスコートしている相手への違和感に。
 相手へ向ける感情に熱がこもらないことを。
 私は呼び鈴を鳴らした。
 近々、とあるパーティーに参加する旨を伝えるために。


「まあっ、エリス。体調不良はもう大丈夫ですの?」

 兄にエスコートされ入った会場にて、シャルロッテがやってきた。

「エリス。私は友人たちと話があるから、君も楽しんできなさい」

 兄に言われ、私はシャルロッテと一緒に友人たちの輪に入る。
 皆、口では私を心配しているが、目はキラキラしている。
 私の不幸を喜んでいるわけではない。そんな子たちではない、皆良い子だ。

「エリス。貴女の言った通りでしたっ」
「どのパーティーでお見かけしても、元気がないんですっ」
「あれだけ熱を上げていらしたのに、今では素っ気ないんですのよっ」

 皆、語尾が嬉しそうに弾んでいる。
 社交界に出ない間、彼女たちから心配する手紙がひっきりなしに来ていた。有り難いことだ。
 でも、あんまり心配させるのも悪いから、その内私を蔑ろにしたジークや、ジークに近づいた少女の愛は冷めると教えてあげたのだ。
 そもそも、恋じゃないし。友情だし。
 半信半疑だった彼女たちだが、どうやら私が出ていないパーティーでのジークたちを見て、溜飲を下げられたようだ。
 ということは、やはり今日のパーティーに参加したのはタイミングが良かったみたいだ。

「今夜は、ジークさまいらしてないですわ」
「そうですね。主催の方は、ジークさまのお家とは相性が悪いですから」

 まあ、参加できないのを知っているから、来たんだけどね。
 私の言葉に、シャルロッテたちは心得たとばかりに上品に笑う。

「分かってますわ、エリス」
「わたくしたち、貴女が社交界に復帰したと、それとなく広めますわね」
「それを知ったジークさま、どんな顔をなさるかしら」

 シャルロッテたちは楽しそうだ。
 私は良い友人を持てたと、心から感じた。

「皆さま、ありがとう」

 私の心からのお礼には、優しい笑顔が返ってきた。
 皆、本当に心配してくれてたんだな。
 ジークよ、お前のせいだからな!


 それからの私は不規則に、パーティーに参加した。
 だが参加する回数は、極端に減らす。私はレア度の高い存在になるのだ。
 参加するパーティーには必ずジークが居た。
 友人情報によると、私が社交界に復帰してからは、殆どのパーティーに顔を出しているという。
 目的は当然、私だろう。
 不規則、なおかつめったに出てこない相手を待つには、手当たり次第に参加するしかない。
 今日の私は、従兄にエスコートされていた。従兄は既婚者である。
 兄は本日は婚約者と一緒だ。いつも私に付き合ってもらっていたら、悪いもんね。

「おやおや、君が言ったように本当に熱い視線だねぇ」
「そうでしょう?」

 従兄には事前にジークの性質を話してある。従兄は、態度で示す愛妻家なので、言葉にしないジークのことを疑っていたようだが。
 私を見るジークの目に、確信を持ってくれたようだ。

「まったく、若い。青臭い。愛は、形で示してこそだというのに」
「そうですねぇ」

 まったくだ。従兄を見習え、ジーク。

「では、私は手はず通りに君のそばから離れないようにしよう」
「お願いします」

 私は、徹底的にジークを焦らすのである。
 婚約が解消された相手に近づけば、好奇の目にさらされてしまう。
 だから、ジークは私が一人になるのを狙うはずだろう。甘い、甘すぎる。私はそう易々と一人になるつもりはない。
 給仕から手渡されたシャンパンを、従兄の隣で飲んでいたら、ジークのそばに件の少女が近づくのが見えた。
 にこやかに、だがどこか必死にジークに話しかけているが、ジークは上の空だ。彼の視線は、完全に私に固定されている。
 少女はジークの腕を引っ張るが、やんわりとはがされてしまう。
 必死だからこそ、少女は気づいていない。周りから自分がどんな目で見られているかなんて。
 彼女は、婚約者のある男性に近寄った。その直後、婚約は解消されてしまった。良識を重んじる人々の間で、どう見られるかなど想像に容易い。
 だが、私は同情はしない。
 そもそも、ジークの周りを取り囲んでいた少女も、ジークの関心を引いた少女も。皆、常識がなかったのが、悪い。
 まあ、一番悪いのは周りに誤解を与えて、更に自分の中にある恋心を自覚してなかったジークだけど。
 そのジークには、私自ら罰を与えているから、良いのだ。
 ふと少女がジークの視線を辿り、私と目が合う。その意味に気が付いたのか、少女は信じられないと目を驚愕に開いた。
 うん、そうなの。
 ジークは、ずっと私を見ているの。
 少女から視線を外し、シャンパンに口を付ける。

「……もう、良いかな」

 ひっそりと、呟いた。


 私は、幼いジークに恋をした。
 外面は繕っているけれど、私は性格が悪い。自覚はある。
 だけど、優しい両親や兄のために、せめて外面だけでも良い子を演じてきた。
 そんなある日、ジークと引き合わされた。
 出会った当初。ジークは、幼心にも私の本性に気が付いたのか。

「お前、何か変だ!」

 と、指差した。たいへん失礼なガキであった。
 周りの大人を慌てさせたジークだったが、目は本当に澄んでいた。
 私はその目に惹かれたのだ。
 そして、ジークは行動も可愛かった。
 口は悪いのに、私が絵本を読んであげると目を輝かせていたし、お菓子をあげれば頬を赤くして喜んだ。
 そんなジークに好意を持つのは、早かった。
 ジークのために、性格の悪さはどうしようもないが、淑女らしくなるよう頑張った。
 ジークがツンデレだと分かってからは、デレの部分にときめいた。
 はっきり言おう。私は、ジークが好きだ。大好きだ。
 だからこそ、長年育てた私への恋心に無自覚だったのには腹が立った。
 そして、ジークのデレも見抜けない者が、ジークの関心を引いたのには、もう腸が煮えくり返るかと思った。
 だから、私は誓ったのだ。
 ジークの愛が誰にあるのか。
 ジークは誰を愛しているのか。
 思い知らさせてやる、と。


 次に参加したパーティーで、私は一人庭に降りた。
 パーティー会場からは、それほど離れない。あまり遠くに行くのは、危険だし。

「エリス……っ」

 私が一人になって、すぐさま声がかかる。
 振り返らずとも分かる。ジークだ。
 というか、久しぶりに名前で呼ばれたな。いつもは、お前だったもんな。
 私はゆったりと、後ろを向く。

「まあ、ジークさま。お久しぶりです」

 微笑んで言えば、ジークは泣きそうな顔をした。美少年はどんな顔をしても、様になるものだ。

「……どうして、僕を避ける」
「避けてなど」

 まあ、全力で避けてたけどな。
 だって、ジークのそばにはいつも件の少女が居たからねー。あの子見ると、お腹がムカムカするから。あと、お仕置きのつもりだったし。

「避けてただろっ!」

 怒鳴ったジークの声は、既に涙が滲んでいる。
 私は小首を傾げた。

「仕方ありませんでしょう? わたくしたち、もう婚約してはいないうえ、一緒に居たら、あの方にも誤解されますよ」

 件の少女を強調すると、ジークは言葉に詰まった。まあ、痛いところだもんな。

「今日はあの方、ご一緒じゃないのですね」
「あいつは……」

 おお、友情とはいえ好感を持った相手をあいつ呼ばわりとは。
 ……さては、前回のパーティーでひと悶着あったな。
 ジークは、気まずそうに私から視線を逸らす。

「あいつは、違ったんだ」
「違った?」

 分かったうえで聞き返す私、やっぱり性格悪い。
 ジークは、ぎゅっと拳を握った。

「あれは、恋なんかじゃ、なかった……」
「まあ」

 いや、知ってたけどね。
 ジークは、私を見た。熱い眼差しを向けてくる。

「お前に、エリスに、弟としか思われていないと知って。離れて初めて気づいた」

 弟発言なかったら、自覚しなかったのか。
 やはり偽りも本音も、言葉で伝えるのは大事だ。

「僕は、ようやく苛立ちの理由が分かったんだ」
「……」

 私は黙って、ジークの言葉を聞く。
 ジークはぐっと唇を引き結んだ後、口を震わせて開く。

「僕は、弟は嫌だ……!」

 そして、苦しげに眉を寄せた。

「婚約者じゃないのも、もう耐えられない……!」
「ジークさま……」

 今度は私の声が震える。
 演技じゃない。
 だって、だって!
 あのツンデレジークが、態度ではなく! ようやく言葉で私への好意を口にしたのだ! 喜ばないはずがない!
 ここまで来るのに、長かった……。
 ジークの言葉の余韻に浸っていると、いつの間にか彼が目の前に居た。びっくりだ。

「エリス」

 乞うように、名前を呼ばれる。

「今までの僕の非礼、すまなかった。何度でも、謝罪をする。だから……っ」

 ジークの目から、涙がこぼれ落ちる。

「もう一度、僕と婚約してほしい」

 悲痛なまでのジークの懇願に、私はゆっくりと心からの微笑みを浮かべた。


 ツンデレの概念がない世界で、これからもジークを狙う輩は居るだろう。
 だが、心しておけ。
 ジークの本当の心を分かるのは、私だけ。
 何度だって、思い知らさせてやる。
 それが、私の愛だ。


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